作品タイトル不明
第一王妃は、僕の母親ではなくなりました。
「ハロルド! 出ていらっしゃい!」
扉を激しく叩く音と一緒に聞こえる、キンキンと耳障りな声。
ひょっとしなくても、これってマーガレット、だよね?
「……いかがなさいますか?」
「ああ、いいよ……僕が出るから……」
面倒な予感しかしないけど、それをモニカに押しつけたくはない。
僕は肩を落とし、扉へと向かう。
「マーガレット妃殿下……こんな朝早くから、何の用ですか?」
「いいからここを開けなさい! あなたに話があります!」
扉越しに用件を尋ねるも、聞く耳を持たないマーガレットは、扉を開けろの一点張りだ。
仕方ないのでゆっくりと扉を開けると……っ!?
「本当に……情けない……っ!」
顔を真っ赤にしたマーガレットは、勢いよく僕の頬を叩いた。
「情けない! 情けない! 情けない!」
「…………………………」
繰り返し頬を叩くマーガレット。
どうせ、昨日の夜カーディスを退けたことに対する怒りだろう。
僕は無言で、マーガレットの平手打ちを受けていると。
「っ!? は、離しなさい!」
「いいえ。 私の(・・) ハル様を傷つけるのなら、たとえ第一王妃殿下でも……ハル様の実の母親でも、 絶対に(・・・) 許さない(・・・・) 」
「な……あ……あ……っ!?」
血塗られた赤の瞳に変化したサンドラがマーガレットの腕を握りしめ、ニタア、と口の端を吊り上げる。
その恐怖で、マーガレットは先程までの勢いを無くし、小刻みに身体を震わせた。
……このままじゃいけない。
「ハル様……」
「僕は大丈夫、大丈夫です。だから……」
サンドラを抱きしめ、 諭(さと) すように耳元でささやく。
こんな女のために、大切な彼女の手を汚させたくない。
でも……きっとマーガレットは、サンドラを 敵(・) と認識し、危害を加えてくるだろうなあ……。
その時は、絶対に僕が彼女を守るけど。
「マーガレット妃殿下、お帰りください。どうせカーディス兄上のことでしょうが、僕はもう、アイツとは兄弟でも何でもない。もちろん、あなただって僕の母親なんかじゃないんだ」
「あ……ま、ま……っ」
僕は明確にマーガレットを拒絶し、そのまま廊下まで押し退けると、扉を固く閉ざした。
「ふう……これは、みんなと一緒に離宮にでも移ったほうがいいかもね」
深く息を吐き、僕はおどけてサンドラとモニカに告げる。
このままここにいたら、絶対にアイツ等がちょっかいをかけてくると思うし……って。
「サンドラ?」
「悔しい……悔しい、悔しい、悔しい! どうして 私の(・・) ハル様が、いつまでもこんな悲しい思いをしなければならないんですか……っ!」
サンドラが、僕の胸の中で 嗚咽(おえつ) を漏らす。
僕のために泣いてくれるのは嬉しいけど、それ以上に、僕は大切な彼女を泣かせてしまったことが申し訳なかった。
前世の記憶を取り戻してから、もう二年以上も経っている。
今さらマーガレットへの想いなんてとっくに消え去っているから、悲しかったりつらいなんて思いはこれっぽっちもない。
だから、サンドラには『僕は気にしてない』『こんなことで悲しんでほしくない』って、そう言いたいんだ。
なのに僕は……その言葉を告げることができず、ただ、抱きしめることしかできなかった。
◇
「みんな、こんなところに部屋を移らせてしまって、ごめんね?」
リゼ達に離宮に移動してもらい、僕は平身低頭で謝罪する。
あのままだと絶対にカーディス、マーガレット、ウィルフレッドと、余計な連中が絡んでくることは間違いない。
仕方ないとはいえ、まさか夏休み初日からこんなことになってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。
「うふふ、お気になさらないでください。むしろこちらでしたら、誰にも邪魔されずに楽しめますから」
「そのとおりです!」
クリスティアの言葉に、カルラが鼻息荒く追随する。
まあ、まさしくそのとおりなんだけどね。
「それより、見たかしら? あの『 穢(けが) れた王子』ったら、誰彼構わず学院の生徒を連れてきたせいで、侍従や衛兵達が困り果てていましたわ」
口元に手を当て、リゼが悪女らしく 嘲笑(ちょうしょう) を浮かべた。
確かに彼女の言うとおり、まさか知り合いですらない有象無象まで招き入れるなんて思いもよらなかったよ。
おかげで招待された生徒の数は百名規模まで膨れ上がり、部屋もまともに用意できないみたい。
さっき様子を探りに行ったモニカが、嬉しそうに報告してくれた。
「それより、今日は王都に連れて行ってくれるんだよね? 私、すっごく楽しみにしてたんだから!」
「お、おう! 任せとけ! 王都のことなら、このロイド=サンクロフト様が誰よりも詳しいからな!」
「えへへー……屋台でお肉を食べよっと」
相変わらず肉一直線のリリアナはともかく、ユリ達も気にしてないみたい。よかった。
「うん! じゃあ、早速王都の街に繰り出そう!」
僕達は馬車に乗り込み、意気揚々と王宮を出た。
そんな僕達を忌々しげに見つめる、マーガレットに気づきもしないで。