軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

02

「……ちっ」

バランスが崩れてテレンスがたたらを踏んだ。クロエが慌てて踏ん張って支えたことで二人して転倒するという一番の最悪は免れた。けれどもやはり人目をひいた。

もともと悪い方面で目立っていた二人だ。

久しぶりにダンスを踊れてクロエは嬉しかったのだけれど。

「あ、あの、ありがとう、テレンス……」

けれどテレンスは返事もなく。その顔には嫌々踊ったと書いてあった。

「……あの」

踊り場からのエスコートも嫌だとさっさと先に行ってしまう。

一曲終わり端によった途端に、テレンスは友人たちに声をかけられた。

「さっきのダンス。危なかったな」

「テレンス、お前が支えてやれよ」

「そうそう、いつもクロエ嬢に助けられているじゃないか」

二人のダンスはいつもこんな感じだから。

いつしか歩調も合わないし、こうしてエスコートも最小限。二人のダンスは危なかしいと、皆が。

テレンスの友人たちも学園に入学した頃はクロエとの背のことでからかっていたが、いつしか――自分たちのからかいのせいで二人が気まずいのは駄目だと反省したのだ。

大人にならねばだから。

さすがに卒業間近になっても それ(・・) は駄目だろう。

自分たちも卒業後は婚約者と結婚を控えていたり、家を継がない次男三男は就職を……と、いろいろきちんと考えなければならないところだ。

「……こいつが背が高すぎるからバランスが悪いんだ」

頑なになっているテレンスには届かないのが、友人たちの悩みどころだ。

彼らにしてみたら次男であるのに婚約者によって子爵位を継げるテレンスはずいぶんと恵まれているのだが。

けれども彼らが婚約した学園の始まりの頃にそう――やっかみと羨ましい気持ちで、そうからかった自分たちが悪いのだけれど。

「良いよなぁ、婚約者が爵位持ちなんだって?」

「羨ましいよ。俺なんか兄貴が三人もいるから卒業したら文官の試験受けなくちゃでさ」

「俺も俺も。でも俺は兄貴が領地手伝ってて言ってくれてるからありがたいかなぁ。計算得意で良かったよ」

「俺も婚約者の家に婿入りなんだけどさ、あちらは親父さんが厳しくて」

「ああー、わかるー。テレンスは良いよなぁ。うるさくて怖い存在、いないんだろ?」

「……おい。それはさすがに」

あ、と慌てて彼らは口を閉じた。

存在――すなわち、クロエの両親が亡くなったことを。

さすがにそれは言ってはいけなかったと彼らも反省だ。

だから今はネージェン侯爵家に預けられたグラフティー子爵家を、学園卒業後に継ぐクロエにテレンスが婿入りして助けるという形だ。

本来ならば次男であり継ぐ爵位のないテレンスには、クロエという婚約者はとてもありがたく大事にしなければならない存在なのだが。

……が。

「ずっと、一生、あんな壁みたいな女を押しつけられるんだぞ! 爵位と引き換えに人生を棒に……そうだ、壁じゃなくて棒か! いや柱か!? ははは――」

そんな風に笑うテレンスに友人たちは何度か止めるように言ったのだが。自分たちも同類に見られていると、婚約者や姉妹たち、身内の良識ある女性たちから嫌われかけて。

いつまで学園に入学したばかりのことを引きずっているのか。いつまで子供でいるつもりなのか、と。

もうあと少しで卒業――大人になるのに。

テレンスの顔立ちが良く華やかなことに。そのあたりで人気があるのがクロエも女生徒にやっかまれていたが――きちんとしている女生徒ならば、婚約者がいる相手は駄目だと解る者たちは……もう離れた。

残っているのはテレンスを観賞用と割り切っている者か――それでも外見に心底惚れてしまった者たちだ。

クロエが、継ぐ爵位でテレンスを縛り付けている――と。

むしろテレンス自身がそう思い込んで吹聴しているのが。

テレンス、確かに顔も良いが成績もそこまで悪くはない。

ネージェン侯爵が友人の忘れ形見を任せようと思ったほどに。確かに婚約を結んだ三年前――学園に入るまでは。

そうした者たちは、二人はネージェン侯爵家が結んだ縁だと――テレンス自身も把握できているのだろうかと、心配になっているが。

昨年、先にネージェン侯爵令嬢のセリーヌが卒業してからは――監視が外れたと、ますますクロエを蔑ろにするテレンスに。

「あの、もう一曲……」

「は? お前みたいな下手くそと踊れるか。婚約者の義務だから一曲だけでも踊ってやったんだからいいだろう?」

「……はい」

クロエがダンスが好きなことをテレンスは知っているのに。婚約者となったばかりの、まだお互いに歩み寄ろうとしたときに。お互いの好きなことを語りあったこともあったからだ。

きっとテレンスは忘れている――そしてクロエが、ダンスが「下手なのに好き」だと、誤解している。

今日もクロエを蔑ろにして友人たちの話も聞かないで。彼女を壁の花にして自分の取り巻きである女生徒たちの方に行ってしまった。

友人たちは申しわけなさそうにクロエに頭を下げた。

テレンスがあんな風にクロエに上から目線なのはどうしてだろうと。

彼らもまさか信じられないのだ。

テレンスが未だに入学当初にからかわれた背のことを――今やクロエを逆恨みしているだなんて。

「いや、顔と成績は良いけど……性格が悪い」

結論は、そこ。

――いざとなれば友情は切られよう。

先頃からテレンスの顔に惚れた女生徒たちに彼が言う事もある。

「クロエなど、俺が引き取ってやらないと貰い手がないだろう。子爵位がついてくるとしても……」

そう――親もいなくて、身内からも引き取りを 拒否されて(・・・・・) 、侯爵家に拾ってもらったようなクロエ、と……。

「侯爵も優秀な寄り子貴族が欲しかったのだろう。お荷物なクロエを片付けたくもあったのだろう……やれやれだ」

そんな誤解――思い込みをテレンスがしているだなんて。

寄り子貴族を贔屓しないために――生前の友好を控えていたために。

グラフティー子爵家をネージェン侯爵家がそこまで大切にしていると知るものの方が少なく。

それはクロエが弁えていて、公の場では侯爵家の皆様から控えて接しているのもある。また侯爵家の皆様もクロエを――後のグラフティー子爵を贔屓していると思われるのは、クロエの為にならないと我慢なさっていて。

だからテレンスのように学園の一部では、クロエは親戚からも引き取りを拒否されて仕方なしに侯爵家が育てることになった――居候、やっかいものである、と――誤解を。

クロエがテレンスに「隣を歩くな」と言われ続けて。

テレンスや一部は、彼こそが 我慢(・・) をしていると思っていた。

クロエも自分の背が伸びたことは気にしていた。彼を傷つけていることは申しわけないと思っていた。

クロエだって女の子だ。高い背に、ダンスを申し込まれないことに傷ついていないはずがないのに。

そのために遠慮して三年間。

そしてクロエが自ら怒るタイミングを逃したのもまた、三年間。