軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep39 ロック・ビートル戦

俺の見つめる先、まず先陣を切ったのはのの猫であった。

彼女は魔速型の最高速で駆け抜け、ロック・ビートルとの距離を詰める。ロック・ビートルは近付かせないように迎撃しようとするが、先程までと異なり注意すべき人間が増えたことで隙が生まれる。

結果、数秒とかからずに彼女は彼我の差を埋める。足さばきのフェイントで砲撃を誘発し、着実に距離を詰める彼女は勢いそのままに、手にしていた剣をはるか上空へと放り投げた。

分かりやすい視線誘導。

しかしフェイントで焦ったロック・ビートルの意識は剣へと向かい、僅かな隙が生まれる。

その隙を逃すことなく、のの猫は大きく跳躍。

一瞬にしてロック・ビートルの意識外へと抜け出す。

ロック・ビートルが反応できないその行動は――当然どこかに潜む狙撃手により撃ち抜かれる……はずだった。

「……ファイアボールが来ない?」

困惑したような白木の声に、俺は自慢するように答えた。

「そりゃ、周りをよく見ろって死ぬほど教えたからなぁ。落ち着けばすぐに見つけられるし、こそこそ隠れて魔法撃つだけのモンスターなんか、一瞬で 服従(・・) させられるさ」

視界の隅。

派手に動いていたのの猫の陰に隠れて、七規が曲がりくねった木の上に隠れていたスケルトン・シャーマンに『ドミネーション』を行使しているのが見えた。

本来の彼女なら、もっと早く動けていただろう。

だが極度の緊張は思考能力を奪い、行動を制限する。

特に幸坂さんが 先輩探索者(・・・・・) として、七規を庇護対象と扱っていたのなら、彼女自身に戦う意思が生まれるはずもない。

別にそれが悪いわけでは無い。

何しろ彼女は新人なのだから。

だが、それ以上に七規には才能がある。のの猫の啖呵で緊張が解かれた彼女は、先程まで怯えていた存在だったが故に狙撃手の視界から消え――結果、最高のパフォーマンスを見せたのだ。

『GI、GIGUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼』

狙撃手の喪失を悟ったロック・ビートルが奇声を放つ。

その音に怯む者など存在しないが、問題なのはその音波。

空中に居たのの猫の軽い身体が衝撃で弾かれ、後方へと弾き飛ばされる。特に問題なく着地した彼女へ角の先端が向けられ——砲撃。

迫りくる岩の弾丸に対し、のの猫は無手。

このままでは肉塊と化すだろうが——そこに一人の女性が割り込んだ。

「流石にッ——もう、見飽きたッ!」

両手の盾を構えた彼女は膨大な質量の弾丸を真正面から受け止め、足裏で大地をガリガリと削りながらも、横に逸らしきった。

先ほど俺が止めたのに続けて二発も防がれた事もあり、ロック・ビートルが一瞬動揺した。してしまった。この戦場で、気を逸らしてしまった。狙撃手が居る状況ならそれも許容されただろう。

だが、狙撃手はいない。

そして、邪魔が入らない状況で魔速型相手に気を逸らすなど万死に値する。

岩の弾丸の陰からのの猫が最高速で駆ける。

反応など許さない。

一秒足らずでロック・ビートルとの距離を埋めると、彼女は大きく跳躍し——先ほど視線誘導に投げていた剣を空中で手にした。

――戦闘は時間感覚を狂わせる。

自身が追い詰められている時の極限状況において、それは顕著であり——のの猫が剣を投げてから掴むまで僅か十秒ほど。

その時間を、ロック・ビートルは永遠にも感じていたのだろう。

完全に意識外となっていた剣による、直上からの攻撃。

「これで、終わりだ――ッ!!」

俺の憧れた魔速型の一撃が、ひび割れていたロック・ビートルの兜を砕き——その巨体は地面に倒れ伏した。

しかし警戒は解かない。

動かなくなったロック・ビートルを見つめ——見つめ続けて、その身体がダンジョンに溶けて消えるのを確認してから、大きく息を吐き出す。

「……っ、ふぅ。終わったにゃ~」

大きく伸びをしたのの猫は、安堵した様子で尻もちを着くのだった。

§

戦闘が終わり、俺は周囲を警戒。他にモンスターの気配がないことを確認してから小さく息を吐き、全員を集めて状況確認を行う。

七規は無事。

幸坂さんは左腕が折れているかもしれないとのこと。

のの猫は足や腕、腹や頬などいたる所に傷を負っているものの、どれも軽症で動くのに支障は無いとのこと。

やはり一番の重症は白木だったらしい。

彼女のバスタードソードは半ばからぽっきりと折れており、応急処置を施した今でもなお、彼女の汗は止まっていない。

「だいじょ~ぶい、痛みには強い方だから」

結局、強がる彼女に頼るしかないのだ。

俺は自分の無力さに嫌気が差しつつも、今後の動きを思考。

救援組がこの階層に到着するのはほぼ不可能。ある程度階層を下って合流するしかない。だが、その為には七規たちの休憩が必須。モンスター討伐は俺一人で十分だが、移動する体力が彼女たちにはない。

そして――ちらりと俺はダンジョンの一角へと視線を向けた。そこには何もない。何も居ないし、誰も居ない。

けれど。

「さて……」

「せんぱいどこか行くの?」

「あぁ、少し気になることがあってな」

「なら私も——」

「いや、七規は白木を看といてくれるか? 幸坂さんと猫ちゃ——のの猫さんもお願いします。もしモンスターが襲って来たとき用に、氷で申し訳ありませんが武器と盾、後は簡易の壁を用意しておきますので」

「……え、え?」

淡々と進める俺に、七規は困惑。

一方で幸坂さんとのの猫は何かを感じ取ったのか、静かに周囲を見回してからこくりと首肯を返した。

「気を付けて」

「あとで色々話したいこともあるから、絶対帰ってきてくださいね。相馬さん」

「……はい」

やべー、最推しと喋っちゃったよ。

テンション上がるなぁ~。

正直入江さんを馬鹿に出来ないぜ。

やっぱ嬉しいもんよ、推しとの会話は。

そんなことを思いながら、俺は四人から離れる。

向かうのはロック・ビートルの立っていた場所。

その地面の一角に、階下へと続く階段があった。

足を掛けて下へと向かった先は——六十七階層。

俺は階段を下りきると、通路をアイスエイジで 封鎖(・・) 。

小さく息を吐いてから六十七階層を見回す。

そこは六十六階層から木々をすべて取り払い、紫の草原と濃い霧が特徴的な階層だった。

そしてその深い霧の中に、人影を見つける。

(……こいつか)

六十六階層に辿り着いた時。

俺はすぐに視線を感じた。

あの日と同じ――白木たちと知り合ったあの日、二十二階層で感じた視線と同種の、こちらを観察するような、舐め回すような視線。

俺は小さく息を吐く。

「はぁ……。一度なら勘違いかとも思いましたが、二度目ともなれば流石に気付きますよ」

「……」

無言の人影に向かい、問うた。

「あなたはどちら様でしょうか?」

すると、返って来たのは沈黙。

しかしそれも長くは続かず、聞こえてきたのは女性の笑い声だった。

「かかっ、そんな怖い顔をするでないわ、 汝(うぬ) よ。それではまるで、 妾(わらわ) が血も涙もないモンスター、つまるところ敵対者のような態度ではないか。悲しいのう、悲しいのう。悲しくて涙がちょちょ切れてしまいそうなのじゃ」

飄々とした態度で近付いてきたのは、言葉遣いに反して年若い女。

見た所、二十代半ばと言ったところか。

真っ白な着物に身を包み、真っ白な扇子で口元を隠す彼女は、透き通るような青い髪を揺らして、こちらを舐めるような視線で射貫く。

興味。

侮蔑。

敵意。

殺意。

視線が合った瞬間、俺は直感した。

——この女は敵である、と。