軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep34 未探索領域

「……ッ、がっ、はぁッ、はぁッ!」

幸坂さんの下に駆け寄ると、彼女はふらふらとした足取りで立ち上がろうとしていた。私は咄嗟に彼女を支えて怪我の具合を確認。頭から流れた血が頬を伝い、地面を赤黒く濡らしている。

「幸坂さん!」

「……大、丈夫っ。一瞬、気を、失った、だけ、……だからっ……はぁッ!」

血の気の混じった荒い息を吐き出しながら、幸坂さんは背中に装備していた盾を両腕に装着すると、はるか遠くにシルエットだけ見えるロック・ビートルを睨みつけた。

これだけの重傷を負って尚、幸坂さんにくじけた様子はない。

瞬間、再度ロック・ビートルの角が明滅。

砲撃——と悟ると同時に、私をのの猫さんが。幸坂さんを白木さんが抱えて飛び退く。

破砕音と共に、地面が抉れた。

幸いなのは、他にモンスターの姿が見えず、目下の敵が目の前のロック・ビートルのみということか。

機動力のある二人に担がれながら、幸坂さんは淡々と状況を分析し——口を開いた。

「とりあえず、目標は、この階層からの、脱出に、しようと思う」

そんな彼女に、白木さんが走りながら異を唱える。

「で、でも、この階層はモンスターも少ないっぽいし、あれも砲撃がメインですよ。どっか隠れる場所探して救援を待つって手もあるんじゃないっすか!? 江渡ちゃんも友利ちゃんも二十二階層だし、そっちの配信者さんのカメラマンも居ること考えたら、ギルドへの報告もやってくれてると思いますし!」

「……確かに、それもある。けど、救援がいつになるか、分からない。この階層、知らないって、言ってたけど……白木ちゃんは、どこまで潜ったことが、あるの?」

「……五十八階層です」

「夜叉の森ダンジョンは、現在六十二階層まで、攻略、されている。……白木ちゃんの、知らない、攻略済み、階層なら、問題ない……けど、正直、未探索領域の、可能性の方が、高い。もし、六十二階層より、深かったら……まず、間に合わない」

通常、ダンジョン攻略は時間が掛かる。

誰かが一度攻略した階層ならまだしも。

未探索領域と成れば話は別。

レイジのような最強クラスの探索者が集まったパーティーなら、八十階層以上でも一週間で攻略できることもある。しかし、そんなのは当然、例外中の例外。

普通の探索者では不可能。

特に、夜叉の森の最高戦力はBランク探索者が数人。

未探索領域を攻略し、私たちを救出する。

食料や水も少ししかない事を考慮すると、タイムリミットは五日ほど。

それもモンスターと戦い生き延びた上での最大時間。

実際は、もっと短く――何なら、モンスターに殺される確率の方が高い。

「……」

別所からAランク探索者を呼ぶ手もあるけれど、夜叉の森ダンジョンは都心部から離れている。

三船町より発展している夜叉の森ダンジョンだが、それでも地方都市レベル。

Aランク探索者は都心部在住が多いので、ここまで来るのに時間が掛かる。

そして何より、一番頼れるせんぱいも現在東京だ。

「……ぇ」

あれ?

これ、もしかして……。

気付いた瞬間、全身が震え出す。

探索者になる時、当然覚悟していた。

命を落とす可能性のある職業。

事実、両親は命を落とした。

せんぱいも、腕を失った。

ちゃんと、理解していたはずなのに……なのに。

「……っ」

怖い。

生きて帰れる可能性が、ものすごく低い現状。

死が、首に手を掛けている状況。

恐怖が全身の力を奪う。

「……大丈夫」

それは、私を背負って砲撃を回避しているのの猫さんの言葉だった。

彼女は私を安心させるように、続ける。

「まだ、絶望するには早いから」

次いで、幸坂さんも口を開く。

「そうだよ。まだ、何も試してない。何にも、抗ってない。……こんな状況で、絶望して、諦めてたら――相馬くんに合わせる顔がないよ」

「……っ」

そうだ。

せんぱいは、諦めなかった。

ダンジョン内でどんな恐怖を見たのか、話を聞いただけの私に分かるはずもない。分かるのはせんぱいたった一人で——そう、彼は一人で、絶望に抗った。

腕を失って、足を失って、目も失って。

ダンジョンの外で見つけたせんぱいの姿を見れば、彼がどこまで、どれだけ抗い続けたか理解できる。

私は——水瀬七規はそれを知っている。

知っているというのに、何故こんなところで諦められるのか。

諦めていいのか?

立ち止まっていいのか?

絶望に身を震わせ、死におびえるために探索者になったのか?

——違う。

絶対に違う。

「私は、せんぱいの隣に立つんだ」

唇を噛みしめる。

心を奮い立たせる。

恐怖を塗りつぶし、絶望を嚥下する。

「絶対、生きて帰る」

そう言葉にした瞬間、震えが止まった。

「よし、そうと決まればまずは状況把握から」

言葉を切り出したのはのの猫さん。

彼女は移動中もせわしなく視線を動かし、この階層を分析していた。

常に周囲を観察し続ける動きはどこかせんぱいに似ていて、彼女がせんぱいの教え子なのを理解させられる。

「階層はかなり広い。半径数キロはありそうかにゃ。上層へ向かう階段はまだ見つかってない。けど、同時にモンスターもロック・ビートル以外見つかってないのは朗報だにゃー」

「にゃるほど」

「真似しないでよ、えっと……白木さんだっけ?」

「そうにゃ~、これかわいいにゃ~。今度から使っていくにゃ~」

「私の専売特許が……」

にゃふふふふ、と笑う白木さんに、肩を落とすのの猫さん。

しかしすぐに気を取り直すと、状況把握を続ける。

「こほんっ――とにかく、すぐに逃亡は難しいのが現状。隠れるのも……この視界の悪さで正確に私たちを狙ってることから、視力がすごくいいか、視力以外の何かで感知している可能性が高いにゃ。……白木さんは何か知ってる?」

「白木にゃんは何も知らないにゃ。モンスター関係は全部江渡ちゃんに任せてたにゃ」

「……とにかく、隠れるのも避けるべき。こうして移動を続けても、相手の攻撃が止むよりこっちの魔力が尽きるのが早いと思う。……だから」

のの猫さんはちらりと幸坂さんに視線を向けた。

「——戦う、って?」

無言でうなずくのの猫さん。

「幸坂さんが重症なのは、理解してる。敵の戦力も強大……だけど、逃げも隠れも出来ないなら……それしかないかにゃ~って」

きっと彼女自身、分の悪い賭けと理解しているのだろう。

だからこそ、自嘲するように口端を歪める。

一方の幸坂さんは顎に手を当て思考を巡らせる。

「因みに白木にゃんは馬鹿だから、みんなの指示に従うにゃ~」

「だからそれのの猫さんのやつ~」

こんな状況にもかかわらず、どこか能天気な二人。

いや、こんな状況だからこそ、能天気に振舞っているのかもしれない。

全員不安だし、恐怖がないわけない。

でもそれを発露させてギスギスしても何のメリットもない。

だからこそ、全員が全員最善のパフォーマンスを維持できるようにいつも通りに振舞っているのだろう。

そんなやり取りを耳にしつつ、幸坂さんは思考を終え。

ゆっくりと言葉を紡いだ。

「分かった。——ロック・ビートルを、討伐しよう」