作品タイトル不明
ep28 時雨雫
side水瀬七規
せんぱいが三船町を出発した日の午後、私は幸坂さんと夜叉の森ダンジョンに来ていた。当然、ダンジョンに潜るためだ。
最初はせんぱいが居ない間は潜らないつもりだったけれど、いつまでも甘えている訳にもいかない。無事新人研修も終わったということで、せんぱい抜きで潜ることになったのだ。
とはいえソロはまだ早い。
今回はパーティーメンバーである幸坂さん。そして何度か夜叉の森ダンジョンに潜っている間に仲良くなった白木さん、江渡さん、友利さんを含めた計五人で潜る手筈になっている。
(私を除いて全員Cランク……頑張らないと!)
ふんすと意気込んで夜叉の森ギルドに入ると、そこには白木さんたちが。
「やっほー! 七規ちゃん! 今日も可愛いねー!」
「あ、ありがとうございます」
ぎゅーっと抱き着いてくる白木さん。
彼女たちは全員高校二年生で年上の為、私は可愛がられてばかりだ。
色んな意味で後輩すぎることが少し悔しい。
それでいて、唯一の年下であるシャルロッテちゃんにお姉さんムーブかましているのだから、情けなくて涙が出そうだけど。
「それじゃ、着替えに、行こっか」
「ですね」
既に白木さんたちは全員武器や防具を装備済み。
時間は有限なので、急いで着替えに向かう。
——と、その時。
自動ドアが開いて二人の女性がギルドに現れた。
帽子を目深にかぶり、メガネを掛けた少女と、大きな荷物を背負った女性。
(……え、あの人って)
眼鏡こそ掛けているが、間違いない。
「……のの猫?」
呟いた瞬間、視線が合う。
彼女はニコリと微笑んで、受付嬢の入江さんの下へと向かった。
「……知り合い?」
「……いえ、せんぱいが好きな、ダンジョン配信者の人です」
ここ数日、私はせんぱいと良く過ごしている。
一緒にいる時間が長ければ、必然これまで知らなかったせんぱいの一面も見えてくる。
のの猫はそんな内の一つ。
なんでもせんぱいは彼女の師匠をしているのだとか。
のの猫の配信を見るせんぱいの顔は、私を教えている時と同じで真剣でかっこいい。シリアスな顔から打ち出されるスパチャの文章は何故か気持ち悪いけど、そんな不器用なところも可愛くて好き。
なんて言えば、また「恋に盲目すぎる」って言われるかも。
でも本当のことだから仕方がない。
とにかく、私はのの猫をライバル視していた。
同じ師を持つ者として。
そして……せんぱいが好意を寄せる相手だから。
「……」
「嫌い、なの?」
「別に、嫌いって訳じゃ……ただ、嫉妬してるだけです。せんぱいには私を見て欲しいから」
そう呟いた瞬間、ぎゅっと白木さんに抱きしめられる。
「か、か、可愛すぎかよ~! 七規ちゃんと結婚した~い!」
「揶揄わないでください! き、着替えてきます!」
そうして私は初めてせんぱい抜きでダンジョンに潜るのだった。
もう何度も潜っているはずなのに、鼓動が早くなる。
絶対的安全圏から、危険区域へ。
これが私の、ダンジョン探索者としての第一歩だ。
§
時雨雫。
二十五歳。
スレンダー体型の美女。
モデルとしても活躍するAランク探索者。
同じパーティーメンバーである雲龍礼司と交際しているという噂もあるが真偽の程は分からない。ネット上では二人がくっついていると確信するカプ厨と、絶対ないと否定する勢力で別れているとかいないとか。
そんな有名人と、俺はカフェでお茶していた。
「……」
「……」
互いに無言。
注文したアイスコーヒーの氷がカランと音を奏でるのみ。
き、気まずい。
俺はストローを咥え、コーヒーで喉を潤してから口を開いた。
「あの、それで何の用でしょうか?」
当然ながら、俺と時雨さんに繋がりなどない。
精々同じAランク探索者というぐらいか。
あとは彼女の彼氏(?)であるレイジと少し因縁があるくらい。
そんな俺の問いに、時雨さんはストローでコーヒーを一口。
噛み癖があるのかぺしゃんこになった先端を口から離して、答える。
「見てみたかった、最強を」
「ほう……ほう?」
「相馬創くん。レイジを超えた日本最強」
「いやぁ、どうなんですかね。俺がダンジョン攻略できたのは運の要素もありましたし、レイジ……さんとは戦闘スタイルも全然違うので、一概にどちらが強いかとは言えないのではないかと」
本心では『いや、日本最強は俺でしょ』と思っていたりするけど、謙遜って大事よね。
特に彼女はレイジのパーティーメンバー。
いくら俺がレイジ嫌いだとしても、それをこの場で持ち出すのは子供すぎる。
「それはそう。だけど、強さの指標はもっと単純」
「というと?」
「直接戦ったら、どっちが勝つ?」
それは単純な話だな。
だが、そうなると答えは決まっている。
「俺ですね。実力というよりは相性的な問題で。レイジ……さんと一対一なら負ける未来は想像できません」
「そう。……なら、キミが日本最強だよ」
「……ありがとうございます」
因みに相性という意味では同じAランクの富岡さんは厳しいかも。
倒す倒さないという意味ならまず勝てない。
殺す殺さないの話なら一瞬で勝てるけど。
「……」
「……」
と、そこで再度沈黙。
だって『見たかった』という言葉が事実ならもう目的は達成されているし、俺としても別段話すことは何もない。
美人と、それも国内で大人気の時雨雫とお茶しているという現状にはグッとくるけれど、それだけだ。
「……えっと、もう用がないのであれば俺はこれで」
と、席を立とうとすると、待ったがかかる。
「ねぇ相馬くん。聞いていい?」
「はい? 何でしょう?」
「……ダンジョンの最奥って、どうなっていたの?」
その瞳は、今までに見せた事が無い程に見開かれ、真剣だった。
思わず生唾を飲み込んでしまうほどに。
「まぁ、真っ白な空間でした」
「キミもそう言うんだ」
キミも、というのは俺以外のダンジョン攻略者。
現Sランク探索者も、真っ白な空間だったと話しているからだ。
攻略直後の彼らのインタビューは今も動画サイトで閲覧でき、当然俺も視聴済み。
「私はね、正直強さとかどうでもいいの。レイジが最強とか、相馬くんが最強とか、他の誰が最強とかも、はっきり言うと興味ない。探索者として成り上がるだとか、名声とか、お金とか、あって困る物じゃないけど、欲しい物じゃない。私は——この目でダンジョンの最奥を見たい」
「……」
「第何階層を突破したとか、突破に時間が掛かったとか、Aランク探索者だとかBランク探索者だとか、どんなモンスターが居るのかとか、どうやって倒すのかとか、強敵を倒した達成感とか、雑魚を一掃した爽快感とか、魔石とか、魔導具とか、ダンジョン内で手に入るありとあらゆる物事も感傷も感動もどうでもよくて——私は、私はただ、 何があるのか(・・・・・・) 、そもそも ダンジョンとは(・・・・・・・・) 何なのか(・・・・) 。それを、この目で見たい」
「……そう、ですか」
思わず圧倒され、そしてその答えを知っているがゆえに、言葉に詰まる。
そしてその違和感を目の前のAランク探索者は見逃さなかった。
「? ……言葉に詰まった?」
「……っ」
じろっとした瞳が俺を見つめてくる。
どうしよう、と考える。
ここまで知りたいのであれば、教えてもいいかと思わないでもないが、これに関してはギルドから口止めされている上に、俺自身広めるべきではないと確信している。
ダンジョンは異世界人が地球侵略のために作ったトンネルで、それが世界中に開通させられてます、なんてパニック待ったなしだから。
時雨さんが外に漏らす様な人とは思えないが、人の口に戸は立てられない。
だから、なんとか誤魔化さないと……いけないのに。
「何か知ってるの? ねぇ、何を知っているの? 教えてくれないかな? 誰にも言わないから。ねぇ、何があるの? ダンジョンの最奥には何があるの? 何を見たの? 何を聞いたの? 何を感じたの? ダンジョンって何なの? どうしてモンスターが生まれるの? 魔石って何? 何で言葉に詰まったの? 何を知ったの? 知ってるよね? さっきの反応はそうだよね? 他のSランク探索者は誰も何も知らなそうなのに、それとも彼らも知ってるの? 相馬くんだけが特別なの? 或いは三船ダンジョンが特別だったのかな? 三船ダンジョンに何があったの? それをどうにかして、私に教えてもらえないかな? 教えて欲しいな。その為なら何でもするよ? 私があげられる物なら何でもあげるよ? 何が欲しい? 何が必要? お金? 地位? 名誉? 何でも言って。私の持ちえない物でもいかなる手段をもってしてでも手に入れてあげる。それともこの身体かな? いいよ? 教えてくれるならあげる。自分で言うのもあれだけれど、世間一般ではかなり綺麗な方みたいだし。それとも他の女の子かな? 知り合いをたくさん紹介してあげるよ? 何でも言って。何でも叶えてあげるから。だからさ、ねぇ、ねぇねぇねぇ。教えて?」
「……」
人形のように綺麗な顔が眼前に迫る。
鼻先が触れそうになり、息遣いが唇を擽る。
……あれだな。
こういうのって、普通怖いのかもしれないけど、顔が良いからドキドキする。
俺ってば欲求不満だからな。
美人にされて困る事とか何もない。
「えっと……何も知らないって言えば信じてくれますか?」
「無理。キミは何かを知ってるって確信したから」
ならば、仕方がない。
俺は溜息を吐いてから伝えた。
「誰にも言っちゃダメって言われてるんで、お教えできません」
「……」
「まぁ、その内——少なくともAランク探索者には話が行くと思うので、その時まで待っていただけたらと」
「……」
「時雨さん?」
「……」
俺の言葉を受け、彼女は無言のままに顔を離すと、立ち上がる。
そして伝票を持つと、そのまま会計を済ませて帰ってしまう。
な、なんだったんだ?
困惑しつつ、俺も喫茶店を後にするのだった。