軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep61 最悪の神

(……なんでこんなことに)

ボクは、戦闘の最中にそう思った。

全ての始まりはあの竜人族の女と、吸血姫ルナリアが現れたことだった。

彼女たちは、ボクたちの崇拝する神を利用すると言い出した。

より正確には、神を祀る神殿に出現している『ダンジョン』を使って、異世界に攻め込むと。

ふざけるな! と言った王様は死んだ。

すると、ルナリアと名乗った女が魔道具を使った。

なんでも、昔ギュスターヴという学者が作り出した魔道具なのだとか。

その効果は、モンスターと深くつながるということ。

王様や女王様を除いて、大半の同胞に知能はない。

王族でもないのにボクみたいに自我のある個体は珍しい。

そんな自我がない同胞たちとも、ボクはそれなりに仲良くやれていた。

なのに、同胞たちは魔道具を使われた瞬間、ルナリアに付き従った。

前までボクの言葉に反応してたのに無視をして、まるで別の存在になったみたいだ。

同胞たちは彼女に従うようになった。……ううん、同胞だけじゃない。

ボクも同じだ。ボクは自我こそあれど、力はない。

逆らえなかった。

やがて、ボクたちは神殿を侵し、ダンジョンを通って異世界へと向かった。

でも、怖くなんかない。だって指揮を執るのは女王様だ。

すごく強くて、頼もしくて、優しくて……女王様は敵の一番強い人と戦うらしい。ボクたちは露払いしかできないけど、そんな女王様と一緒に戦えることが、なんだか誇らしかった。

ボクたちは頑張った。

女王様が一番強い敵と戦っている間、他の敵を倒して、倒して、頑張ろうとした。

だけど……あれ?

敵は聞いていた話よりずっと手強かった。

身体能力も、魔法の力もボクたちの方が上だ。

何人かはあと少しで殺せそうなところまで大怪我を負わせられた。

だけど、あと一歩のところで下がられる。

連携……そう、連携だ。

ボクたちはルナリアたちに従っているだけなのに、彼らは連携している。

連携して、倒すんじゃなくて、耐えるように戦っている。

だから、あと一歩が届かなくて、それがむず痒くて……女王様早く、助けてって思っていたら――。

女王様が、殺された。

(……なんで、こんなことになってしまったんだろう)

もう何度目かになる問い。

そんなの魔王のせいに決まっている。

けど、逆らえなくて、ボクは弱いから、何もできずにこんなところで、大切な女王様が殺されるのを見ているしかなかった。

女王様を相手にしていた敵が、ボクたちの相手を始める。

その実力は圧倒的で、次々同胞が殺されていく。

ボクも、殺されるのかな。

殺されるのだろう。

侵略したんだから、殺されて当然だ。

……ボクに、もっと力があればよかったのに。

もっと力があれば、あいつらを倒せる力があれば。

(悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しいッ!!)

自分の実力が、自分の情けなさが、大嫌いだ。

女王様に頼るだけじゃダメだった。

ごめんなさい、国王様。

ボクたちが、彼女を守らなきゃいけなかったのに。

でも……最後まで戦います。

国王様。天使の園の民として、ボクは諦めません。

死ぬ気で……いいや、死んでも、一矢報いてやる。

(ボクが、ここにいる証明をして見せるッ!)

そんな時―― 光(・) が現れた。

光は人の形をして、ボクに向かって何かを差し出しながら告げた。

『キミにしよう。キミが一番、強い』

§

俺の目の前に現れたゴブリンは、強い殺意を少女へとむけていた。

対する少女は、ゴブリンを見つめて顔を歪める。

『なるほど。亜獣の英雄ですか……嫌な気配は感じていましたけれど、これまた飛び切り面倒なのが入り込んでいたものですね』

「えっと……」

『貴方……もしかして最近、自分が人間とは違うなと感じるようなことが起こっていませんでしたか?』

「……っ、なんでそれを」

『やはりそうですか。……まったく、どうしてあなたの中に入り込んでいるのかは知りませんが、そこの彼は神話時代の亡霊です。その精神力は他者の意思を容易に上回る……むしろ、今こうして乗っ取られていないのが不思議な程ですね』

「えっ」

『何はともあれ、あなたの精神に対する影響は、間違いなくそのゴブリンが要因です。今はまだ僅かな歪みで済んでいるのかもしれませんが、いずれ完全に飲み込まれ、精神を乗っ取られるでしょう』

……何それ怖っ。

チラッとゴブリンを見る。

ゴブリンは気にした素振りも見せずに、少女へと殺意を向け続けていた。

俺に対して隙だらけの背中を晒しながら。

「……」

『さて、神話時代の亡霊風情が……今を生きる彼に取りつき何を企んでいるのですか? かつてそうしたように、此度はこの世界を犯すつもりでしょうか? ゴブリンとは元来、男を殺して女を犯す、畜生にも劣る害獣なのですから』

『GURRRRRRRRRR……ッ!』

『あぁ、怖い。私を犯すつもりでしょうか? ……あなたは少し動かないでくださいね。大丈夫、私がすぐにそれを成仏させて、あなたを解放して差し上げますから。その後、力を受け取って、あなたは英雄になるのです』

優しさと慈愛の満ちた表情で、語りかけてくる少女。

そんな彼女に、俺は――。

「あ、あの……」

『どうかしましたか? 大丈夫です。そのゴブリンは強いですが、全盛期に比べてかなり力が落ちているように見えます。私の敵ではありません。それとも自分の手で倒したいのですか? 確かに、精神を乗っ取ろうとした大罪人を許容は出来ませんね。それでしたら、先に力を渡しますので、私の手に触れて――』

「い、いえ、そうじゃなくて……遠慮します」

『……それは、どういうことでしょうか?』

「こういうことです」

俺は静かにゴブリンの隣に並び立つと、氷の剣の切っ先を少女へと向けた。

だが、少女に焦りはない。

優しさと慈愛に満ちた表情で、ただ少し困った様子で眉根をひそめる。

『これは困りましたね。どうしてそうなるのでしょうか? そこまで精神の乗っ取りは進んでいないと思うのですが……』

「なら、一つ答えてください」

『何でしょうか?』

「彼はどうして、貴女にここまで怒っているんですか?」

『……』

「理屈は不明ですが、このゴブリンとは 繋がっている(・・・・・・) から分かります。彼は、貴女に対して強い殺意を抱いている。貴女に関係するもの全てを、この世から消し去りたいと考えている」

『それは、私の存在がそのゴブリンにとって邪魔だから――』

「そうじゃありません。彼が抱いているのは『憎悪』。邪魔だから、敵だからじゃなくて……もっと強い悪感情。分かりやすく問い直すなら……貴女は彼に、何をしたんですか?」

問いかけると、少女は優しい笑みを浮かべながら頭を掻く。

目を細め、俺とゴブリンを交互に見やる。

流れるような美しい白髪を軽く手で梳いて、ため息を吐いた。

『はぁ……。少し遅かったですが、一応合格といったところでしょうか』

少女は小さく息を吐き、先ほどまでと何ら変わらない――優しく慈愛に満ちた、聞きほれそうな声色で続けた。

『何をしたかと聞かれると、答えは簡単です。森の奥で平和裏に暮らしていた“亜獣の国”のモンスターを片っ端から虐殺しただけでございます』

「……っ」

『当然ながら“モンスターだから”なんて下らない理由ではありません。私はただ、生き物を殺すことが大好きなだけですので。だから、モンスターも殺しましたが、平等に人間も殺しました。男も女も、子供も老人も、戦う者も逃げる者も、隠れる者も投降した者も、みんな平等に、生きていることを、生まれて来たことを後悔する程の苦痛を与えて、ざっと数千万人程虐殺しました』

「な、なんで――」

『言ったでしょう? 好きだから。ただ、それを見たかったから殺しただけです。……まぁ、その結果として、そこのゴブリンや他の神々が共闘。数に圧された私は討伐され、死を迎えた。……はずだった』

少女は両手を広げ、純白のドレスを翻しながら続けた。

『なのに、何の因果か私は目覚めた。私の 中(・) で暴れるあなたたちを見て、興味が出て……そして、もう一度絶望を撒き散らしたくなりました』

うっとりとするように、灰色の世界で少女は嗤う。

「お前、何なんだよ!」

『ふふっ、そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。……私の名前はアンキ。かつては 最悪の神(・・・・) とも恐れられたこともある、そこのゴブリンと同じ――神話時代の亡霊ですよ』

最悪の神。

その単語は、フラウの口から告げられたものだ。

テスタロッサたちが話していた内容の中に『最悪の神の膝元』という言葉があった。

(ここで、それが出てくるのか……ッ)

アンキの言っていることはほとんど理解できない。

だが、敵だということだけは確かだ。

「俺に何をするつもりだった」

『約束通り、あのモンスターを殺して差し上げましたよ。その後、あなたの身体を乗っ取って、一人でも多くの人間を殺して回ったでしょうが』

「……」

『知っていますか? 人が絶望する瞬間は、何物にも代えがたい芸術なのです。特にその絶望が自分の手で引き起こされたものであるなら、それは絶頂をも超える悦楽と言えましょう!』

俺は目の前の少女を、純粋に気持ち悪いと思った。

苦手だとか腹立たしいとか、単なる悪感情ではない。

関わりたくない。関係したくない。心の底から、嫌悪した。

だというのに、少女の笑みは優しいままだった。

人を惹きつける美しい笑顔で、目元には慈愛を宿し、声は心を震わせる。

アンキ(コレ) は人の姿をしているだけの異形だ。

俺は小さく深呼吸して、口を開く。

「それにしては、ちゃんとモンスター自体は討伐するんだな」

『えぇ、そうでなければ、あなたは希望を抱かないでしょう?』

「何の話だ?」

『相馬創……絶望とは希望の果てにしか存在していないのです。あと少しで強敵を倒せる、これが終われば幸せになれる、苦しみから解放される、妄執から解き放たれる――そういった、人生を変える希望を与え、踏み躙るからこそ面白いのです。故に……こういうことは 面白くない(・・・・・) のですっ!』

にこやかに言い終えると同時、少女の姿が消え――再び現れたかと思うと、その手には何かが握られていた。

(……)

それは五つの物体。

丸みを帯びたそれは……生首だ。

「……は?」

左手には礼司と時雨さん。

右手には、幸坂さんと、フラウと……。

「……七規」

『はぁ……やはりそうですよね。この程度です。こんなものは何も面白くありません。だからこそ、私は希望を持たせてから絶望に叩き落すのが好きなのですよ』

「……」

『さて、それであなたはいかがなさいますか?』

「……殺す」

『……あはっ』

俺は怒りに任せて一歩踏み出し――ぐっ、と襟首を後ろに引っ張られた。それは、これまで干渉を避けていたゴブリンによるもの。

「っ、邪魔を――!」

『……』

ゴブリンは何も言わず、軽く短剣を振るう。

たったそれだけの行動で、大気を揺らすほどの斬撃が放たれ――アンキが動揺した素振りで後方へと大きくジャンプした。その際、手にしていた生首も全て取り落とす。

否、首が落下することはなかった。

生首すべて空中に浮遊した後、掻き消える。

『幻覚ダ。アレハ、現実ニ虚構ヲ混ゼ込ム魔道具ヲ使ウ』

「……っ、声が」

聞こえてきたのは、ダンジョンで俺に話しかけてきた者の声。

そしてそれはおそらく……目の前のゴブリンの声だ。

『あらら、声が届かないよう妨害していたのですけど……油断しましたね』

どうやらこれまでずっと話さなかったのは、何かしらの妨害工作をアンキが施していたからのようだ。思えば彼女は最初に自らを魔道具使いと紹介した。

世の中には未知の能力を秘めた魔道具が多い。

異世界の、それも神と呼ばれる者なら、当然俺の知らない道具も多数所有しているのだろう。

「……悪趣味な」

『仕方ありませんよ。私は道具に頼らないと何もできない人間なのですから。……ただ此度は少し違います。道具に頼らずとも、できることがもう一つ』

そういってアンキはエンジェル・ロードへと近づくと、その足元にそっと手を触れた。

『そう、例えば渋谷ダンジョンの主として、頑張り屋さんのモンスターに 祝福(・・) を授けるとか……ですね』

次の瞬間、灰色の世界にひびが入り、空がパズルのように崩れ始める。

色が戻り、音が聞こえ、空気が頬を撫でる感触を浴びて……時間が再び動き出したことを悟る。

気付くとアンキとゴブリンの姿は消え、白昼夢でも見ていたのかと錯覚しそうな状況の中――最後にアンキが触れた、エンジェル・ロードへと視線を向ける。

そして俺は――。

エンジェル・ロードの身体が漆黒に染まるのを目撃した。

(……ナイトメア種ッ)

冗談じゃない。

ただでさえ種族進化を続けて未知数の相手だというのに、そこに加えてナイトメア化。間違いなく、神に匹敵するのではなかろうか。

……けど、逃げるわけにはいかない。

ここで立ち上がって、立ち向かわねばならない。

「無理だ相馬! 今は逃げて態勢を立て直せ!」

バドラクルスの言葉に、俺は首を横に振る。

「悪いがそれは無理だ。俺は誰も犠牲を出したくない。もし仮に、最初の犠牲者が生まれるとすれば、それは俺でありたい」

「なんでっ!」

なんで……なんて、そんなの理由は一つに決まっている。

まったくもって自分でも馬鹿だと思うけど、ずっと変わらない――変えることができない本能。

「そういう人間だから、かな」

刹那、声が聞こえた。

『ソレコソ英雄タル証明。――手ヲ貸ソウ』

ドクン、と心臓が脈動し、視界が赤く染まる。

胸に焼き付いたサファイアから、俺のではない別の誰かの魔力が、全身に駆け巡る。

(この感覚は……っ!)

思い出すのは、三船ダンジョンで亜獣の国と対峙した時のこと。

あの時も俺は諦めないと強く願った。

願い――ダンジョンが応えたんだ。

今みたいに。

視界に映る自分の身体が、黒く染まっている。

「……お前、それ……」

「どうやら、ゴブリンさんは神が嫌いらしい。俺も一緒だ」

意味が分からないと困惑の表情を浮かべたバドラクルスだったが、最終的には呆れたように苦笑を見せた。

「応援ぐらいしかできないぞ」

「応援で力が湧いてくるって言ったのはお前だろ」

そんな彼らを横目に、俺は一歩前に出る。

勝てるかは分からない。

エンジェル・ロードの時点で、勝ち目はなかった。

向こうがナイトメア種になり、俺もナイトメア種になった。

これでトントンか俺が僅かに劣っているか。

戦力的に絶対的優勢ではない。

だが、俺が出せる最高の状態が――今であることは間違いない。

静かに息を吐き出すと同時、ふと一人の騎士が舞い降りてきた。

砕けて半分ほどになってしまった盾に、ボロボロの鎧。

満身創痍の決戦騎士――サドラは、俺を守るように天使へ盾を向けた。

「お前、サドラ……なんで」

俺の言葉を無視して、決戦騎士は声を張り上げる。

「立て、騎士よ! 我らが本懐の怪物討伐だ! 我々の敗北が決まった今、これ以上無辜の民を傷つけることは許されない! 恥の上塗りはやめ、相馬創と協力し、これを打倒する! ――『決戦騎士』の名をこの地に示せ!」

それは、これまで耳にしたサドラのどの言葉よりも重く、真剣で――騎士の本音だと、俺は思った。