軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep51 経験の差

人の皮膚を破り、肉を裂いて、骨を砕く感触が氷の槍越しに感じられる。

生温かい血液が手を濡らし、人を害したのだという罪悪感が心を抉った。

「ぁああッ! 痛い、痛い痛い痛いッ! ぁぁぁぁああ――ッ!!」

少女の絶叫が鼓膜を揺らす。口の端から血泡を吹き出し、ボロボロと涙と鼻水を流しながら俺を睨みつける。ふらふらと力ない彼女の腕が俺の肩に触れた。細くて、華奢で、か弱くて――ただの女の子の身体だ。

「っ、おい! 降参しろ!! 早く!」

「……」

しかしサドラは何も返さない。

ジッと俺を見つめるだけ。

「聞いてるのかよ!!」

「殺すのではなかったのか?」

「……っ!」

凍てつくような声色に、俺は息を飲んだ。

おかしい。この二人は仲間のはずだ。

なのにこんなにも冷酷になれるものなのか?

サドラに焦った様子はない。

彼はただ淡々と俺を見つめている。

もしかして、少女は仲間ではないのか?

体よく俺に処理させようとしているのか?

何が目的だ。何を企んでいる何を、何を――。

「……やだぁ」

腕の中の少女が震える。

「……っ」

「やだぁ、死にたく、ない……っ!」

吐血し、虚ろな瞳が俺を見つめる。

弱弱しい手が腕を掴んでくる。

「……」

「や、だよぉ……かぁさん……」

刹那、俺は酷い自己嫌悪に陥る。

何をしているんだ俺は。

こんな子を傷つけて、その命を奪おうとしている。

「ぁ、あぁっ!」

俺は慌てて氷の槍を抜き、その傷を塞ごうとして――彼女が鋭い八重歯で首筋に噛みつこうとしたのに気が付いた。咄嗟に上体を後ろにそらして回避したが、僅かに反応が遅れて皮膚を数センチほど抉られる。

少しでも遅れていたら重要な血管が引き千切られていただろう。

困惑する俺に、少女は嘆くことを止め――小さくため息を吐いた。

「……失敗したのだ」

次の瞬間、少女の身体が腕の中から消える。

透明化ではない。

物質が消滅したのだ。

「……ぁ、え? ……っ!?」

困惑する間もなく、サドラとクァンの攻撃が迫る。慌てて回避しながら距離を取ると、先程の少女がヤトラの側に姿を現していた。身体には穴が開いており、表情は苦悶に満ちているが、泣き叫ぶようなことはない。

「フィカティリア大丈夫? ……すぐに治すから」

「ありがと、ヤトラ」

そうしてケモ耳少女――フィカティリアに回復魔法を行使するヤトラ。見る見るうちに傷口が塞がり、物の数秒で彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねるまでに回復していた。

どうやらヤトラの役割は『ドミネーション』でこちらの思考を攪乱するだけでなく、回復の役割もあったらしい。

……って、そうじゃなくて。

俺は言いようのない苛立ちを覚えながら、サドラを睨みつける。

「どこまで……どこまで計算しているッ!」

「おかしなことを聞く。当然どこまでも、と答えるのが正解だろう。まぁ、流石に彼女も心臓を貫かれていたら死んでいただろうが……ここまでの貴様の行動を見ればそれはあり得なかったしな。それとも、もう一度人質に取らせてやるから、今度は心臓を狙ってみるか? ん?」

「ふざけんなよ、お前!」

「ふざけているつもりは微塵もないのだがな」

ため息を吐くサドラの下に、傷を癒したフィカティリアが並ぶ。

「ごめん。あれを避けられるとは思ってなかったのだ」

「敵の反応速度が想定を超えていただけだ。気にすることはない。あの忌まわしき剣聖が化け物と称するだけのことはある」

サドラは大きくため息を吐くと、全員に聞こえるように声を張る。

「ここからは第二作戦へと移行する。さっさと討伐して国へ帰るぞ」

その言葉に各々返事を口にする決戦騎士たち。

俺は静かに警戒しながらぼやいた。

「随分と余裕だな。無事に帰れるとでも思うのか?」

しかしサドラは酷く不思議そうに小首をかしげ――。

「むしろ帰れない道理はないだろう。特に貴様を――外敵を排除する覚悟すらない者を相手に、致命的な怪我を受けることも、ましてや敗北することもあり得ない」

「俺がこの苛立ちをきっかけに、殺意を抱くとは思わないのか?」

「 思わない(・・・・) 。無理な人間は一生かかっても人を殺せない。もしかすれば貴様は、自らが死に瀕すれば殺害もやむなし、と考えているかもしれないが――断言しよう。それは有り得ない。貴様は一生、誰も殺すことができない。故に我々は安心して、貴様を駆除できる。何しろ、死ぬ危険性がないのだから」

サドラは剣を構えると、静かに伝達する。

「『決戦騎士団』よ、構えろ。――シーフォース王国を守る為、正義を執行する」

「「「はっ!」」」

その言葉を皮切りに、全員の雰囲気が変貌する。

口を閉ざし、表情を消し、じろりと舐めるような瞳でこちらを観察。正面にはサドラとフィカティリアが立ち、後方にクァンとヤトラが並ぶ。先程までどこか勝ち目が見えていた布陣にフィカティリアが加わったことで、隙が消える。

(来る――)

次の瞬間、サドラが大きく踏み込んだ。

同時にフィカティリアも姿を消失させ、後方では魔法使い二人が詠唱を開始する。

「『ライトニングスラッシュ』!」

クァンが大きく魔法を口にすると同時、夥しい数の雷撃が宙を舞った。先程から上級魔法を連発しているというのに、魔力切れを起こす気配がないのは、彼女が人間とは異なる種族であるからか。

そんな寸感を抱きつつも魔法を回避し、サドラを迎撃しようとして――彼の速度が数段階上がっているのに気が付いた。魔力で身体強化しているだけではない。先ほど同様に風魔法による突風を背中に浴びているのだ。

(……っ、『ライトニングスラッシュ』と口に出して意識を向けさせながら、無詠唱で風魔法を行使したか)

クァンの技量に舌を巻きつつ、俺は氷の剣を生成。

「舐めるな!」

迫るサドラに対し、俺は全身に魔力を流して、動きを読むように剣を振るう。初撃は盾で防がれるが、開いた側面から『No.1アルファ』の殴打を叩き込む。

しかしサドラは騎士剣でいとも簡単に力を受け流すと、返す剣で太腿を狙ってきた。

咄嗟に後ろに飛んで回避しようとして――トンっと何かにぶつかる。

「変態は、危なくなるとすぐ後ろに飛ぶのだ」

それは姿を消していたフィカティリアの声。

動き出しを潰されたことで、俺の身体はサドラの射程圏内に留まる。迫る銀線に対し、俺は太腿に『アイスエイジ』を鎧のように展開し、寸でのところで騎士剣をはじくことに成功した。

「チッ」

「離れろッ!」

二人に距離を詰められていたので、俺は再度『インフェルノ』を発動させて 追い払う(・・・・) 。慌てて回避する二人だが、距離が近すぎたために騎士服と肌の一部が焼けていた。

(今だ――!)

俺は追撃を仕掛けようとして、クァンが弓を構えているのが視界に入った。

「『ウィンドブラスト』」

風魔法により加速した矢は、当たれば致命傷間違いなし。

回避を試みても風魔法なら軌道を変えることぐらい容易だろう。故に俺は『アイスエイジ』で防ごうとして――。

「『ドミネーション』」

「ぐっ――」

頭が真っ白になり、数秒のラグが発生。

『アイスエイジ』の展開が間に合わないと直感した俺は、『No.1アルファ』を使って叩き落とそうとするが……案の定、矢は直前で軌道を変えてアルファの横をすり抜けた。

「……あぐぁッ!」

直前で足を動かし直撃こそ回避したが――それでも皮膚を裂かれて肉が抉られ、骨の一部が露出している。

(くそっ、くそくそくそっ!)

痛みが心臓を締め付ける。怪我の度合いで言えば『亜獣の国』ほどのものではないが、それでも肉を抉られる激痛は慣れそうにない。

氷魔法で止血して、足を動かす。

大丈夫だ。まだ戦える。

筋肉がないから動かしにくいけど、そこは魔法で補えばいい。

(それよりも今は……)

視線を決戦騎士たちに向けると、丁度サドラとフィカティリアの治療が終わった所だった。

俺が傷を塞いでいる間に、彼らも回復する。

それどころか、戦闘中だろうと動きを止めることなくヤトラの回復魔法を受けられるだろう。どうしようもなくなった時だけ今のように下がり、クァンが時間を稼ぐ間にヤトラが回復魔法を行使すればいい。

(戦い慣れているにも程があるだろ……!)

圧倒的なまでの戦闘経験の差が、彼我の間にはあった。

(どうする……どうする、どうする……どうするどうするどうするッ!)

思考がぐるぐると空回る。

本当は分かりきっている答えから、必死に目を逸らして考える。

「回復の時間をありがとう。では戦闘を再開しようか」

そうしてサドラが前線を張り、フィカティリアの姿が消える。

クァンが魔法を使い、ヤトラが援護する。

俺はそれを死に物狂いで耐える。

耐えて、耐えて、耐えて。

打開策を模索する。

けど、何も思い付かない。

だって、答えは当に出ているのだから。

『殺セ』

ドクンと胸の魔石式機構が震え、幻聴が聴こえる。

そうだ、殺せばいい。

それしかないのだ。

俺がここを生きて脱するには目の前のこいつらを皆殺しにするしかない。

(悪いことじゃない。これは、正義の行いだ)

相手は侵略者で、ここで俺が負けて死ねば、今度は日本中のみんなが襲われる。レイジたちでは勝てないだろう。富岡さんでも無理だ。せめてSランクの三人の内、誰か一人でも居ないと、彼らを止めることはできない。

否、Sランクが三人揃っていたとしても、ここまで戦闘に慣れた決戦騎士団を相手にできるのだろうか?

(そうだ、殺さなきゃ。俺が、俺が殺さなきゃ――いけないのに!)

「ちょこまかと面倒だな」

底冷えするようなサドラの声が聞こえると同時、奴の姿が掻き消える。速度が上がったなんて次元ではない。音も気配も何もかも、俺の視界から掻き消え――次の瞬間、背中を斬られた。

「がっ、ぁあああ!」

咄嗟に前へと飛んで振り返るが、そこにサドラの姿はなく……右から殺気!

咄嗟に『アイスエイジ』を展開すると、これまたいつの間にか移動していたサドラの剣を弾いた。

「反応速度も厄介だが、その勘も異常だな。化け物め」

そして、サドラの姿が消える。

「なっ、なんで――」

と呟き、奴の足元――否、正確にはこの階層の床に濃い霧が発生していることに気付いた。見覚えのあるそれは間違いない。三十六階層で目撃した、 魔力の霧(・・・・) だ。

(これ――)

すると向かって左後方に霧が集中し始め、俺は即座に剣を突き出す。直後、霧の中からサドラが現れ、迫りくる剣に驚き盾を構える――が、間に合わず、俺の剣はサドラの右肩を貫いた。

「なに――!?」

「転移魔法陣かッ!?」

「当たり」

背後から聞こえてきたのはフィカティリアの声。

振り返りざまにアルファを薙ぐがアダマンタイトの義手は空を切り、俺は即座に霧を確認。すると、背後に霧が集中していくのを見つけた。

それはサドラの方角だ。

慌てて振り返ると、フィカティリアがサドラを抱えて姿を消す瞬間だった。

次に霧が濃くなったのはヤトラの隣。

案の定、その場に二人が転移する。ヤトラが二人を回復させる。俺は試すように追撃するそぶりを見せると――足元に霧が集まり出したので即座に回避した。

「なるほど、転移魔法陣を使ってるのはそのエルフか」

「なんで場所が分かるっスか……っ!」

状況は依然として最悪。

俺は殺す決意を抱けぬまま、防戦一方の有様だ。

だが、考える事を止めてはいけない。

打開策を思考しろ。

まず、サドラとフィカティリアだが、身体能力がずば抜けている。

そこにクァンとヤトラのサポートが加わるのだからやってられない。

けど、それでもやるしかないのなら……まず打ち崩すべきはただ一つ。

俺は静かに四人を睨んで狙いを分からないようにしつつ、サドラとフィカティリアが突っ込んでくるのに応じて、二人を無視して最高速で駆け出した。『魔速型の完成形』と称された速度は、今回の戦いで初めて見せるフルスロットル。

「なっ!?」

「はや――」

目を見開くサドラとフィカティリアの 間(・) を駆け抜ける。恐ろしい速度で反応したサドラが剣戟を振うが、振り被った時には既にその場に俺はいない。視覚から脳への電気信号より早く辿り着いたのは、桃色の髪の少女――ヤトラの下だった。

サドラも、クァンも、フィカティリアも厄介な攻撃を行うが、最も面倒なのは『ドミネーション』と回復魔法を使うこの女だと、俺は判断した。

「え、ぼくっ!?」

「寝てろ――ッ!」

そうして振った拳はヤトラの腹にめり込む――寸前で、体術により受け流される。

「なっ!?」

「どっ、せいっ!」

流れるような美しい 技術(・・) は、俺の天敵。

腕をとったヤトラはそのまま一本背負いの要領で投げ飛ばす。

だが俺は地面に叩き付けられる前に腹筋に力を入れて姿勢を制御すると、空中で蹴りを放った。

魔速型の速さを生かした一撃はヤトラの胸部に直撃し、彼女の小柄な体は宙を舞って大きく吹き飛んだ。

着地して様子を伺おうとするが、それを許す決戦騎士団ではない。

サドラとフィカティリアが攻撃を仕掛けてくるので、魔速型で回避して渋々距離を取る。

幸いそれ以上追撃はなく――俺は蹴り飛ばしたヤトラを確認。

(……チッ、やっぱり空中だと力が出し切れないか)

涙目になりゲホゲホと咳込みながら回復魔法を施すヤトラ。あと少し力が入っていたら、意識を奪うことに成功しただろうに。

(ただ、次はない)

先ほど彼女が見せた技術は、素人目に見ても洗練されていた。

今の反撃だって、不意打ちだったから成功したものの二度目はないだろう。

それほどまでに彼女の体術は優れている。

当然、殺すことなくそれを打ち崩すの今の俺には不可能に近い。

(結局、どこまでいっても それ(・・) が付きまとう)

―― 相馬創(おれ) は、殺人ができないから勝てない。

ドロドロとヘドロのような思考が身体を重くする。手足が動かしにくい、反応速度が緩慢になる。ずっと、ずっと何かを考え続けて、戦闘に集中できない。

グルグルグルグルと思考の渦に囚われ、溺れないように必死に足掻きながら、無意味と嘲笑うように囚われ続ける。

(俺は、俺は……っ)

俺自身が……いや、例えばのの猫や白木が殺されそうになっても、彼らを殺せないのでは? 自信が、無くなってくる。思考の渦に囚われる。

サドラは言っていた。

『無理な人間は一生かかっても人を殺せない』――と。

その言葉を信じる訳ではないが、可能性としては充分ありえる。

俺は自分が死んでも、他者を殺すことができないかもしれない。今この瞬間、これほど苦しんでいるのに殺せないのだから。

殺さなきゃいけないのに、殺せない。

俺は 人間という種族(・・・・・・・) を、殺したくない。

「速いとは聞いていたが、まさかここまで速かったとはな。……クァン」

「……わかったッス」

ふと、クァンが俺を見つめているのに気が付いた。

彼女は魔法を唱えるでもなく、地面に仕掛けられた無数の魔法陣を使って奇襲攻撃を仕掛けるでもなく、ただただ右手の 指輪(・・) に触れながら俺を見つめ――ゾクッと悪寒が走ると同時に 声(・) が聞こえた。

『回避シロ』

言われるがままに後方へと大きくジャンプ。

刹那、バツンッ! と両足の太ももから下が切断された。

転がる二本の脚と宙を舞う鮮血。

ワンテンポ遅れて激痛が脳を焼き、口の端から泡を吹く。

「あぁ――ッ!?」

ジャンプした勢いそのまま地面を転がり、両手で地面を搔きむしりながら、唇を噛みしめ、氷属性魔法で止血を行い、氷の義足を生成する。

痛い、痛い痛い痛い痛いッ!

頭がおかしくなりそうだ!

(なにが……なんで!? 霧はなかったのに!)

俺は歯を食いしばりながら思考を巡らせようとするが、そんな隙は許さないとばかりにサドラたちが攻めてくる。俺は腕の力だけで跳ね起きて、攻撃を回避。

とにかく一度息を落ち着けようと距離を取ろうとして……腹部の周りにフラフープのように魔方陣が出現した。霧は生まれておらず、何がなんだか分からない。しかし直感が逃げろと警鐘を鳴らし、俺は魔速型で回避――しきれず魔法陣の端にわき腹が残った。

バツンッとわき腹の肉が裂ける。

(これかッ!)

おそらく先ほども腹を狙ったのだろう。

だが、俺が跳躍で回避した結果、座標がズレて両太ももを切断された。

「中々、鬼畜なことしてくれるじゃねぇか……! くそエルフッ!」

「……」

「返事しろよ! 人体切断魔法とか、最低だなァ!!」

「五月蠅いッス!」

クァンが吼えると同時に夥しい数の魔法陣が俺の身体を囲うように出現、魔速型で逃げようとして――思考が、空白に染まる。

ヤトラの『ドミネーション』だ。

(……はっ、やってられるかこんなの)

魔法陣が発動し、鮮血が宙を舞った。