軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep40 見たことない力。

「先輩はお一人ですか?」

「いえ、友人と来ていたのですが、今はお手洗いに……そちらは?」

「俺も一緒ですね」

互いに視線を向けた先には長蛇の列を作っているトイレ。

人が多くて伊織の姿は見つけられないが、こういう光景を見る度に女子は大変そうだなと思う。

「隣いいですか?」

「は、はい。どうぞ」

隣りに腰掛けると、僅かに距離を取られたのが分かった。

嫌われている、という訳ではないと思う。

おそらくそれが彼女のパーソナルスペースなのだろう。

「そういえば先日はすみませんでした」

思い出したように謝罪を口にすると、西木先輩は心当たりがないのか小首をかしげる。

「先日……?」

「ほら、先輩が俺に見て欲しい物があるって言って、何かを取り出そうとした時に、忙しいって言ってしまったので……多分、気を遣ってくれたんですよね? すみません」

説明すると思い出したのか、彼女はハッとした様子で一瞬手元のポーチに視線を落としてから、首を横に振った。

「そんな……。わ、私の方こそ申し訳ありませんでした。その、いざその時になって、やっぱり迷惑かなとか、自分勝手なことに相馬さんを巻き込むのはどうなのかなとか、色々考えてしまって……」

『忙しそうだったから』と言わない辺りに彼女の人間性が垣間見える。

俺の発言で、『何か』を見せないと判断したのは間違いないだろうが、それすらもこちらに気を遣って隠そうとするほどだ。

「巻き込まれて迷惑だなんて思いませんよ。むしろ、美人な先輩のお役に立てるなんて、男子高校生的にはこれ以上ないご褒美です」

「っ、び、びじ……そ、そういうお世辞は、だ、大丈夫です」

「お世辞じゃありませんよ。本心です」

「……ぁ、ぅ」

照れたように顔を背ける西木先輩。

しかし、祭りの淡い光に照らされ、赤く染まる頬が覗いて見えた。

やはり可愛い人である。

(……七規に見られたらまた怒られそうだな)

とかなんとか思いつつ、意識を切り替える。

「なので、遠慮なく相談してくれると嬉しいです。むしろ相談して貰えないと悲しいです」

「えぇ……」

これまた困った表情を浮かべる西木先輩だったが、しかしそこに先ほどまでの遠慮の色は伺えず、彼女は数秒ほど自分の手を見つめた後「わかりました」と言って、鞄からひとつの魔石を取り出した。

緑色の、ごく一般的な魔石だ。

「えっと、見せたいものというのはそれですか?」

「そうです。……けど、少しだけ間違いでもあります。見ていてください」

そう言って掌の上に魔石を乗せると、彼女は一度深呼吸を挟み――次の瞬間、魔石がカタカタと震え、独りでに動き出した。ふわりと空中を舞う魔石は、西木先輩の手を離れて俺の周りを浮遊する。

その光景に、俺は思わず目を見開いた。

だって――。

(何だこれは)

それは初めて見る現象だったから。

近付いてきた魔石に手をかざしてみるが、風魔法が作用している様子はないし、その他の属性も関与していない。光属性や闇属性にも『物体を移動させる』なんて魔法は存在しない。

同じことをするだけなら風属性魔法の気流操作や、火属性魔法で小さな爆発を連続で発生させることで可能だろうが、直接的に干渉して動かすなんてのは、見たことも聞いたこともなかった。

「……えい」

小さな掛け声とともに、魔石が近くの木の枝へと飛翔。

俺の目でようやく追うことができる速度で飛翔した魔石は、太い枝をパスッと撃ち抜いて夜の闇へと消える。そのままどこかへ飛んでいったのかと思ったが、数秒ほどで再度俺たちの下へと戻ってきた。

魔石はそのまま西木先輩の手元に収まり……軽く握ると粉々に砕けてしまった。

「……」

「今のが、見て欲しかったものです。……その、調べてもこんな魔法は出てこなくて、相馬さんなら何か知っているかな、と。どうですか?」

不安そうな表情を浮かべて問うてくる彼女に、俺は顎に手を当てながら――。

「魔石を片手で粉々にするなんて、凄い力ですね」

「え!? いや、ちが、これはその、浮かせた後は脆くなるというか……そうじゃなくて! って、も、もしかして揶揄ってます?」

「はい、割と」

「も、もう!」

頬を膨らませてそっぽを向く西木先輩に苦笑しながら謝罪。

どうやら不安の様子は消えたらしい。

それを確認してから、俺はコホンと咳払い。

「まず初めに、俺は基本的にすべての魔法を把握しています。使える使えない、見たことある見たことないは置いといて、どんな効果を発動する魔法か、ということに関しては理解しています。その上で、言いますと……今の魔法は見たことも聞いたこともない代物になります」

「……っ」

「因みに、いつ使えるようになったとかはありますか? 何か明確なきっかけとか……」

「きっかけは、おと―― 父(ちち) が買って来てくれた、魔石だと思います。半年ほど前、父が出張のお土産に魔石を買って来てくれたんですけど、それに初めて触れた時に……なんと言うか、 できる(・・・) って理解したんです」

その言葉に、しかし俺は共感 できなかった(・・・・・・) 。

日本最年少でAランクに上り詰め、日本唯一のSランク探索者である俺には魔法の才能がある。簡単な魔法は一発で使えたし、極大魔法も多少苦戦したがコツさえつかめば連発できた。

だが、『できる』と理解する感覚は味わったことがない。

「それより以前に魔法を使おうとした経験とかありますか?」

「いえ……」

西木先輩は首を横に振った。

魔法は探索者じゃなくても使える。

探索者になりたくても魔力がなければなれない様に、探索者になりたくなくても魔力を持っている人は割と存在する。魔力量に差があって、魔法を構築するレベルに達しない人がほとんどだが、それでも中にはただのサラリーマンがライター代わりに火属性魔法を使う、なんて話も聞いたことがあるぐらいだ。

もちろん、ダンジョン外での魔法の使用は基本禁止なのだが、学生が隠れて魔法を練習するのはよくあることだった。

西木先輩もその口で、何かの拍子に魔法を生み出したのかと思ったが……。

(思えば、この人がそんな野蛮な事するわけないか)

車通りが全くなくて、周りに誰もいなくても赤信号を守ってそうな人だ。

自発的に魔法を使おうとはしないだろう。

「動かせるのは魔石だけですか?」

「はい、今のところは。魔石は……たぶんなんでも大丈夫だと思います。ネットでいくつか購入して、確かめましたので……。こ、これって一体、何なんでしょうか?」

「……そうですね。考えられる可能性は、お父様が購入された魔石が、魔石型の魔道具か何かで、その効果で魔法を覚えた……とかでしょうか?」

「そんなものがあるんですか?」

「いえ、聞いたことはありません。ただ、魔道具の中には未だに効果の分かっていないものや、未発見の効果を持つものがあります。魔法を覚えさせる魔道具という可能性は捨てきれません」

問題点があるとすれば、仮にそうだとすると、その魔道具を持ち帰って土産として販売するまでの間に、何人もの人が触っていそうという点だが……。

「そう言えば、お父様が魔法を使えるようになったりは……」

「いえ、魔石を動かせるようになった時に、他の家族にも触ってもらったんですけど、誰も何も言わなくて……それで、怖くなって……、私……」

西木先輩は下唇を噛み締め、俯く。

膝の上で握りしめられた手は白くなり、微かに震えている。

俺はそんな彼女の手に自分の手を重ねると、力を抜くように拳を開いてあげる。

「大丈夫です。先輩は何も問題ありませんよ。確かに、見たことも聞いたこともない魔法ですが、言うなればそれだけです。一応俺の方でも調べてみます。それで改めて新種の魔法だと分かれば――」

「分かれば?」

「その時は先輩、魔法に名前を付けられますよ! やったね!」

「べ、別に名前はどっちでもいいんですけど……でも、ほんとに、私は問題ないんですか?」

正直に言うと、気になる点はいくつもある。

魔石に触れただけで使えると理解できたこと。

飛翔した後、粉々に砕けてしまったことなど。

しかしそれを彼女に伝える必要はない。

俺は安心させるように、笑みを浮かべて答えた。

「はい、本当です」

「……っ、よかったぁ」

「……」

「ぁ、す、すみません……」

「西木先輩の方が年上なんですし、気にしないでください。むしろもっとフランクに話してくださって構わないんですよ?」

「いえ、そういう訳には……」

ふるふると首を横に振る姿は、本当に嫌がっている様子だ。

ならば無理をさせる必要もない。

そうこうしていると、トイレの方から見知らぬ女性が駆け寄ってきた。

「あ、連れが戻ってきました」

「わかりました。それじゃあ、魔法の方はまた何かわかったらお伝えします。もし新種の魔法だった時は、お話を伺うと思うので、その時はよろしくお願いします」

「相馬さんが話を聞いてくれるんですか?」

「見知らぬ人がいいならそれでもかまいませんが?」

少し意地悪に返すと、彼女は慌てた様子で首を横に振った。

「い、いえ! よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げて立ち上がるのと同時に、彼女の連れが俺に気付く。

「あれー、相馬くんだー。千歳の知り合いだったの?」

「う、うん。ちょっとね。……それじゃあ、さようなら」

そう言い残すと、彼女は連れの女性を伴い同所を後にした。

「……新種の魔法、か」

一人ぼやき、空を見上げ――ふと、スマホが震えた。

誰だろうと思って画面を確認すると、そこには『狸原』の文字。

「……」

ぞくりと、嫌な予感がした。

否、嫌な予感自体は、ずっとしていた。

それこそ、先日東京に行った日から。

そうでなければ、俺は狸原さんにあんな言葉を残していない。

『侵略への対応、できるだけ急いでくださいね』――なんて。

俺は小さく深呼吸してから電話に出る。

「もしもし相馬です。狸原さん、どうかされましたか?」

すると、返ってきたのは彼にしては珍しい、焦りの声だった。

『渋谷ダンジョンにて『異変』が発生しました。それも観測したことのない規模の魔力反応を探知機が示しております。そのため、至急相馬さんに援軍を要請したく存じます』

「……わかりました。すぐに向かいます」

電話を切ると同時に、トイレの方から伊織が駆け足に戻ってきた。

「す、すまない。待たせ――」

「ごめん、伊織。仕事が入った。すぐに行かないといけない」

「……仕事って、あれか。探索者の……」

首肯を返すと、彼女は俺の左腕に視線を向けた後、下唇を強く噛み締め……俺の胸元へとこぶしを突き出して軽く押す。それからニッと笑みを浮かべ、告げた。

「私のことは気にしなくていい。そんなことはどうでもいいから……今度は自分のことも守れよ」

彼女の言葉に、俺は否定も肯定も返さない。

どうなるのかなんて、誰にも分からないから。

自分のことは余裕があれば守る。

「……あぁ、努力するよ」

俺は伊織の頭を軽く撫でてから、身体強化を使って夜空へと跳躍。

氷の足場を生成すると、移動を開始した。