軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ep16 学校での雨宿り

「えっと、な、なんのことですかね?」

「……ふーん。へぇ、隠すのか。水臭ぇじゃねぇか。えぇ?」

悩んだ末に誤魔化すことを選んだが、霜月さんは口元に笑みを湛えながら俺の目を覗き込んでくる。……いや、違う! これは笑っているのではない! 笑っているように見えて信じられないぐらい怒ってる!?

(な、なぜ……。いや、まぁ霜月さん割と保護者みたいな感じだから、気にしているのか?)

ここ最近では実の両親よりも過ごす時間は多く、深く関わっている人物である。

一番多く共に食卓を囲んでいる相手と言っても差し支えないだろう。

最近では『醤油が欲しいなぁ』と思った段階で「ん」と手に取って渡してくれるぐらい通じ合ってる。

(……これ、記者の不倫疑惑を馬鹿に出来なくなっていないか?)

そんな思いは、しかし今はぐっと飲み込む。

「か、隠すも何も、本当のことですよ~」

「じゃあこれは?」

そうして彼女が見せたのは一本の髪の毛。

長い。

俺のではない。

そして色合いから七規や霜月さん、シャルロッテさんという比較的この家を訪れる人たちの物とも異なっている。

それもそうだろう。

だって間違いなくフラウの髪の毛なのだから。

「……と、友達?」

「女だろ?」

「髪の長い男かもしれないじゃないですか」

「いや、そんな匂いじゃねぇな。女っぽい匂いと……そいつはペットでも買ってるのか? 少し獣の匂いがする」

すごいね。ドンピシャだよ。

探偵にでもなった方が良いんじゃない?

「……ってか、そのペットを連れ込んだのか? 髪の毛の他に小さな毛がそこら中に落ちてるな。……ったく。別に怒りゃしねぇよ。主さまだって高校生。彼女の一人や二人、居てもおかしくねぇ」

「二人はおかしいですよ……」

「……ふんっ、その認識が出来てるならまだマシか。ただアタシが言いたいのは……あの後輩ちゃんじゃないんだな、ってことだけだよ」

後輩ちゃん、とは七規のことで間違いないだろう。

夏休みの間、七規は頻繁に我が家を訪れている。それは必然、霜月さんとも頻繁に顔を合わせていた訳で……彼女もまた、七規が俺に好意を寄せていることには気付いていたはずだ。

そんな中で俺が別の女性を選んだとなれば、霜月さん的にはモヤモヤするのは当然のこと。

これは、変に隠し立てする方が最悪だな。

「本当に、そう言うのではありません。ただ誰にも教えることのできない知り合いを一人、部屋に呼んだだけです。恋愛絡みではありません。それに……七規に話もせずに別の女性と関係を持つような不誠実なことは、例え死んでもしませんよ」

「……そうか。まぁ、そう言うなら主さまを信じるぜ。んじゃ、さっさと夕食作っちまうか~」

カラッとした笑みを浮かべてキッチンへと向かう霜月さん。

どうやらこちらの言葉を信じてくれたらしい。

それが心からのものなのか、それとも一応話に乗ってくれただけなのかは不明だが。

以降は特にシリアスな雰囲気になることも無く夕食を作り、明日の分も準備してくれる。

最近量が少ないから少し多めに準備してくれないか? と尋ねると、成長期だからなと快諾してくれた。

もちろんこれはフラウの分。

あらかた料理が終わると、今晩の分をリビングテーブルに料理を並べていただきます。

「んあ? 主さま、このアニメの最新話先に観たのか~?」

彼女が指し示すのは以前、狸原さんの拷問云々の話の時に現実逃避するために視聴したアニメだった。

「あ~すみません。ちょっと怖いことがあって、気を紛らわせようと……。ただあまり集中できてなかったので一緒に観ましょう!」

「そか? なら遠慮なく……」

そうして俺たちは異世界無双ハーレムアニメを鑑賞しながら夕食を口にするのだった。

「ヒロインのピンチにさっそうと現れてくそ野郎を蹴散らすの、スカッとするよなぁ~」

想像以上にアニメにハマる霜月さんを見て、人間見かけによらないんだなぁと、つくづく思うのであった。

§

翌朝。

フラウと朝食を摂った俺は、学校の制服に袖を通す。

「何してるんだ?」

「今日は補習で学校に行かなきゃいけないんだよ。昼ごはんまでには帰って来るから、家で留守番を頼む」

「ふむ、分かった」

「知らない人が来ても出ちゃダメだからね。電話も出なくていいから」

「何か馬鹿にされてる気もするが、分かった」

確かに子供に言い聞かせるような言葉だった。

まぁフラウは地球生活一年生。

子供の様なものだろう。

「それじゃあ行ってくる」

家を飛び出し、学校へと向かう。

天気は生憎の曇り空。

降らなきゃいいな、なんて思いながら学校へ。

夏休み中の学校は何とも不思議な雰囲気であった。

生徒が居ないという訳ではない。

夏休み中、部活動に勤しむ生徒の姿がグラウンドに見える。

野球部だ。その中には友人である佐藤の姿もある。

こちらに気付いて手を挙げた彼に、軽く手を振って返す。

その後は職員室へと向かい、担当教諭と教室へ移動した後、補習授業へ。

ぼんやりと授業を受けながら、何故夏休み中の学校に違和感を抱くのか思案。たどり着いた結論としては、女子にキャーキャー言われないのが違和感を抱く原因だろう。

(モテるって辛いぜ……)

英語の授業に食らいつきながら、そんなことを考える。

授業内容に対する理解はかなりギリギリであるが、それでもついていけている。友部さんによるプライベートレッスンが実を結んでいるのだろう。先生も心なしかびっくりしている様子。

やがて時間は過ぎていき、午前十一時過ぎ。

本日のカリキュラムは終了となった。

平素の学校と比べれば授業時間は少ないが、マンツーマンであることと夏休み中であることに憂鬱ポイント+1。

「これが夏休み終了まで……」

二日後にはのの猫との配信も控えているが、その日は土曜日なので補習はない。

「……さて、帰るか」

昇降口までやってきたところで問題が発生する。

ぽつぽつ、ザーザー。

雨がゲリラ的に降り注ぎ始めたのだ。

雨脚は強く、学校に傘を借りて帰ったとしてもそれなりに濡れるだろう。

予報を見れば三十分ほどで止みそうなので、俺はぼんやりと外を眺めながら待つことにする。

フラウ一人を部屋に残していることは心配であるが、俺は彼女を信用すると決めた。

彼女の言葉が全て嘘で、本当は異世界の工作員。

俺の目がないうちに暴れまわる、なんてことも可能性としてはあるだろうが……。

(一応、 仕掛け(・・・) を施してはおいたけど……嗚呼、クソ。信じるって決めたのに、最悪だ)

いかん、思考がドツボにハマっていた。

「……ふぅ」

俺は小さく息を吐いて考えをクリアにし……ふと、隣で同じように雨が止むのを待っている生徒を発見した。

見覚えのない顔。

人の少ないこの高校で、俺は全校女子の半数から告白されている。

文字通り大半の顔を覚えているが、隣の彼女に見覚えは無かった。

ネクタイの色からして、三年か。

上級生。長い髪をポニーテールにまとめた、良く言えば落ち着いた雰囲気の、悪く言えば根暗な雰囲気の女性である。

スカートも長く、暇つぶしに文庫本を読んでいる姿からはインドア派な予感。

これだけなら特に気に留める事でもないのだが、彼女は横目でチラチラと俺に視線を寄越していたのだ。

まぁ、俺は一応はこの学校の有名人だし?

日本で唯一のSランク探索者ですし?

気になっちゃうよねぇ~!

久し振りに自己肯定感が上がるのを感じる。

やっぱり目立つのって最高。

それで日常生活や精神面で弊害が生じるなら論外だけど、女性(それもよく見れば美少女)から視線を向けられるのは、健全な男子高校生として嬉しいものだ。

(……ただ、そう言うのとは違う気もするんだよなぁ)

具体的には言えないが、普段告白してくれる女子たちとは違う気がするのだ。

彼女は声を掛ける勇気が無いのか、何度か口を開こうとしては声にせず、文庫本に視線を戻すを繰り返す。

仕方がないのでこちらから声を掛けようとして——。

「おっす、相馬ぁ~! 今帰りか?」

「佐藤。あぁ、そっちは?」

「俺も俺も! 本当はもうちょっと部活の予定だったんだが、この雨だろ? 早めに切り上げることになったんだよ! ラッキー!」

「なるほどね」

「けど、これだけ勢い強けりゃ部活終わっても帰れねぇよ……。まぁ、おかげで相馬と話せるんだが!」

「嬉しいこと言うなよ。照れるだろ?」

それから他愛もないことを話していると、彼はハッとした様子で問いかけてきた。

「なぁ、相馬ならこの天気どうにか出来たりしないのか?」

「どうにか……とは?」

「そりゃあもう、この曇天をドカーンと一息に吹き飛ばす的な感じだよ」

要は魔法を使って雲を蹴散らせという事なのだろう。

出来るか出来ないかで言えば、当然出来る。

サファイアの一撃を空へ向かって撃ち放てば、雨雲は散って青い空が顔を見せるだろう。

「出来るだろうけど、やりたくは無いな。ダンジョン以外での魔法の使用はご法度だし、何より天候を変化させることでどんな影響があるのか分からん」

「なるほどね。そりゃそうだ」

それからも暫く話していると、佐藤は徐にスマホを取り出し「すまん、先輩から呼び出しだ」と言って校舎へと戻って行った。

再度残されたのは俺とポニテ先輩の二人。

彼女は依然として手元の文庫本に視線を落としつつも、時たま俺の方へと目を向けてくる。雨はまだ振り止む気配もなく、気まずい空気のまま過ごすことを憂鬱に感じた俺は、こちらから声をかけることにした。

「えっと、こ、こんにちは。雨、中々止みませんね」

「……!?」

ポニテ先輩は驚いた様子で周囲をきょろきょろと見回し、他に誰も居ないことを確認すると、恐る恐る自分を指でさし『私ですか?』と暗に問うてきた。

首肯を返すと今度は緊張した様子で唇を噛みしめ、震える声で応えた。

「……こ、こんにちは……。そ、そうです、ね……」

消え入りそうな小さな声。人見知りが激しいタイプの人なのだろう。

「すみません。いきなり声を掛けて。先程から何度かこちらを見ている様子でしたので、何かしら用事があるのではないかと思い話しかけたのですが……」

「す、すみませんすみません……っ!」

責めたつもりはないのだが。

まるで悪戯が見つかった子供の様に顔を伏せてしまうポニテ先輩。

会話は続かず、窓を激しく打ち付ける雨音だけが同所に響く。

それから大体一分が経過した頃、ポニテ先輩は一度大きく深呼吸すると再度口を開いた。

「ぁ、あの! ……そ、相馬創さん、ですよね? その、Sランク探索者の……」

たどたどしく言葉を紡ぐ先輩を焦らせないように注意しつつ首肯を返すと、彼女はゆっくりと言葉を続けた。

「じ、実は……そ、相談、というか……ひ、一つ、見て欲しいものがありまして……」

「見て欲しいもの、ですか?」

小首をかしげる俺の前でポニテ先輩は自分の鞄をガサゴソ。

しかし目的の物が見つからないのか、次第にその顔色は蒼くなっていき……。

「い、家に忘れました……」

「それはそれは……。もし急ぎの用でしたら雨が止み次第先輩の家までお伺いすることも出来ますが、どうしますか?」

「そ、そんな! そんな、だ、大それたものではないので……」

「そうですか? まぁ、そう言う事ならまた今度持ってきた時に見せて下さい。別に迷惑とは思わないので」

出来る限り笑顔で告げると、彼女はコクコクと二、三度頷いて見せた。

そこに見えるのは緊張の色だけで、やはり色恋の気配は感じられない。

少なくともその『見せたい物』がラブレターという訳ではないだろう。

(俺の名前を確認した時に『Sランク探索者の』って言ったことからして、探索者関係か? ……そんな風には見えないけど)

まぁ、いいや。

どうせ今聞いたところで応えてくれる雰囲気ではなさそうだ。

先程の会話で既に精神力を使い果たしたのか、疲れ果てている様子だし。

「夏休み中は補習で学校に来ますし、二学期が始まれば……まぁ、基本的に登校しているとは思うので、適当に声を掛けて――あー、声を掛けに行きますね。迷惑じゃなければ、ですが」

「い、いえ! そんな……! お、お気遣い、あ、ありがとうございます!」

「先輩なんですから、そんなに畏まらないでください」

「ご、ごめんなさい……」

本当に気の弱い人なんだな。

「そう言えば、先輩の名前まだ聞いてませんでした」

「っ! ぁ、あっ、すみませんすみません。そ、その……わ、私は西木千歳、です……。自己紹介が遅れてすみません……」

「西木先輩ですか。では改めまして、相馬創です。よろしくお願いします」

そう言って手を差し出すと、彼女はキョトンとした顔を浮かべた後、おずおずと手を取り握手を交わした。

以降は何度か話題を振ってみたものの、特に会話が続くこともなく……若干気まずい時間を二十分ほど過ごし、雨が上がったのを確認してから、俺たちはそれぞれの帰路に就くのだった。

(変わった先輩と知り合ってしまった)

まぁ、悪い気分ではない。

知り合いが増えるのは良いことだ。

帰宅すると、俺は玄関や窓際に設置しておいた『アブソリュート・ゼロ』を解除。

もしフラウが外に出ようとしたら分かる 仕掛け(・・・) だったが……。

「ただいまー」

「! 『ぉ、おか、おきゃえり!』」

俺が学校に行っている間に覚えた日本語を、言語理解の魔道具を外しながら披露するフラウを見て、疑ったことに自己嫌悪。

帰宅後は再度雨が降り始め、天気予報によると明日は台風が直撃するとのことだった。

§

台風直撃の都合、翌日は補習は当然休み。

一日フラウと日本語の勉強に努める事になった。

「『こ、こ、こんちくわ!』 ……どうだ!? 理解できたか!?」

「……うーん、可愛い」

「おかしい、魔道具を使っているのに会話が成立していない」

困惑のふわふわ。

そんな彼女に日本語を教えながら一日を過ごし、夜を迎えるころには雨脚も弱くなっているのであった。

そして翌日。

俺はのの猫との配信に向けて夜叉の森ダンジョンへと向かうのだった。