作品タイトル不明
EP 5
英雄はパチンコに消え、聖女は胃を痛める
平和な昼下がりのカイト邸リビング。
その静寂を切り裂いたのは、かつて魔神王を倒した伝説の勇者、リュウ(本名:鍵田 竜)の情けない叫び声だった。
「カイトくぅぅぅんッ!! た、頼む! 金を貸してくれないかなぁ!?」
リュウはカイトの足元にスライディング土下座をかましていた。
かつての威厳はどこへやら、その目は血走っている。
「……どうしたのさ、急に?」
カイトはドン引きしながら尋ねた。
「うん、聞いてくれよ! 天魔窟(てんまくつ) のパチンコ店に『新台』が入ったんだ! その名も『CR 異世界転生』! 演出が神がかっててさぁ、キュイイイーンッてド派手な音が鳴って、脳汁が出るんだよぉ!」
「あ、あんた……元勇者だったでしょうに……」
カイトは遠い目をした。
(『キュイイイーン』って……間違いなくキュルリンの仕業だな。裏でルチアナが演出監修でもしてるのか?)
この世界には本来存在しないはずのギャンブル遊戯が、妖精と駄女神の手によって再現されている現実に頭を抱える。
「頼むよカイト君んん! 給料日はまだ先なんだ! 同じ日本人同士のよしみじゃないかぁ!」
リュウがカイトのズボンの裾を掴んで泣きついた、その時だった。
「――あなた! いい加減になさい!!」
「ひぃッ!?」
リビングの入り口に、鬼の形相をした美女が立っていた。
リュウの妻にして、元聖女セーラだ。背後には、不動明王のような怒りのオーラが見える。
「ご迷惑でしょう!? カイト様に金の無心をするなんて、勇者の恥です!」
「セ、セーラ!? ど、どうしてここに!? 今日は仕事じゃ……」
「ええ、仕事の休憩中に来ました。カイト様、お騒がせして申し訳ありません」
セーラは瞬時に聖女の微笑みに切り替え、優雅に一礼した。
「実は私、天魔窟支店の『スーパーマーケット』で働かせていただくことになったんです。レジ打ちのパートですわ」
「えっ、セーラさんがレジ打ち?」
カイトは驚いた。王宮からの給金があるはずだが。
「ええ……家計を支えるために。夫がこうして『遊戯』で散財しますし、息子の学費も貯めないといけませんから……」
セーラがジロリとリュウを睨む。リュウは借りてきた猫のように縮こまった。
「お、俺だって働いてるぞ!? ここで!」
リュウが必死に反論する。
「カイト農場の警備員だ! 悪い奴らが来ないように、こうして毎日見回りを……」
「(……自宅警備員だよね、それ)」
カイトは心の中でツッコんだ。
そもそも、この農場には元・処刑人の龍魔呂、始祖竜のポチ、三柱の神々がいる。
外敵が侵入したとしても、リュウの出番が回ってくる前に、その敵は塵一つ残さず消滅しているだろう。
「はぁ……もう、情けない……。アレン、あなたはお父さんのようになっちゃダメよ?」
セーラがため息をつきながら振り返った先では、彼らの息子アレン(5歳)が遊んでいた。
「ぶんぶんぶ~ん!」
「ぎゃああああッ!!」
アレンの手には、黒い何かが握られていた。
始祖竜ポチの尻尾だ。
アレンはそれを掴み、ポチをハンマー投げの要領でブンブンと振り回していた。
『な、何だコイツ!? 力加減というものを知らんのかッ!?』
ポチは遠心力で目を回しながら絶叫した。
本来、始祖竜であるポチは数トンの体重がある(魔法で軽くしているが)。それを5歳児が軽々と振り回しているのだ。勇者と聖女の遺伝子、恐るべし。
「カイト兄ちゃ~ん」
アレンはポチをポイッと放り投げ(ポチは壁に激突してずり落ちた)、不満げに頬を膨らませた。
「もっと面白い遊び相手ほし~い。ポチ、すぐ気絶しちゃうんだもん」
『(気絶してねぇわ! 手加減してやってるんだわ!)』
壁際でピクピクしているポチが心の中で抗議する。
「そんなこと言ったってなぁ」
カイトは困ったように頭をかいた。
「うちは農家だからねぇ。アレンくんが満足するような『S級モンスター』なんて、ここにはいないよ~」
カイトの発言に、その場にいた全員(ポチ含む)の時が止まった。
今まさに、S級どころか「神話級」の始祖竜が、子供のオモチャにされていたのだが。
しかし、カイトの認識ではポチは「ちょっと丈夫な犬」止まりだ。
「つまんないの~。もっと強いのがいい~」
「ははは、アレンくんは元気だなぁ」
ほのぼのと笑うカイト。
その横で、ダメージから回復したポチは、アレンを見つめて戦慄していた。
『(……末恐ろしいガキだ。この歳で俺を振り回すとは。将来、俺以上の化け物になるんじゃねぇか?)』
勇者のダメな部分(遊び好き)と、才能の部分(怪力)をしっかりと受け継いだアレン。
彼の有り余るエネルギーを発散させる場所が、早急に必要だった。
「……そうだ」
カイトがポンと手を打った。
「アレンくんも暇そうだし……そろそろ『学校』でも作ろうか?」
その何気ない一言が、農場に新たなカオス(と巨大建造物)を生み出すきっかけとなるのだった。