軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 6

ゴルド商会の嗅覚

異世界生活も一ヶ月が過ぎた頃。

俺、カイトは嬉しい悲鳴を上げていた。

「採れすぎだ……!」

目の前に積み上がっているのは、キャベツ、トマト、大根、ナスなどの野菜の山。

女神様からもらった【絶対飼育】スキルと、働き者すぎるオークたちの労働力、そしてポチの放つ謎の「成長促進オーラ(※始祖竜の魔素)」のおかげで、収穫量がとんでもないことになっていたのだ。

俺一人とポチ、それにオーク十数匹の胃袋では到底消費しきれない。

「よし、街へ売りに行こう」

俺は決断した。

最寄りの街「ベルン」までは徒歩で半日ほど。

俺はオークたちに命じて、野菜を詰め込んだ籠を背負わせた。

「ブヒッ!(遠足ですか! 楽しみです!)」

「みんな、街の人を怖がらせないようにな。ニコニコしてるんだぞ」

「ブーッ!(了解! 営業スマイルです!)」

こうして、俺とポチ、そして十匹の筋肉質なオークによる行商隊が出発した。

国境の街ベルン。

その市場は、突如現れた異様な集団によって静まり返っていた。

「おい見ろよ、オークだぞ……」

「討伐隊を呼ぶか!? いや、でも……」

人々が遠巻きに見つめる先には、凶悪な顔面のオークたちが、満面の笑み(必死の作り笑顔)で野菜の籠を並べている姿があった。

その中心で、俺は声を張り上げた。

「いらっしゃいませー! 朝採れ野菜だよ! 甘くて美味しいよー!」

最初は誰も近づかなかったが、一人の老婆がおそるおそる近づいてきた。

「あの……お兄さん。このトマト、随分とツヤがいいねぇ」

「おばあちゃん、お目が高い! 一個食べてみる? 試食はタダだよ」

俺がトマトを差し出すと、老婆は一口かじった。

その瞬間。

老婆の曲がっていた腰が「ボキボキッ!」と音を立てて伸び、濁っていた瞳に生気が戻った。

「――う、美味いッ!! なんだいこれは! 体が燃えるように熱いよ!」

老婆はまるでステップを踏むように軽やかに動き出した。

それを見た周囲の人々がどよめく。

「おい、あの婆さんが若返ったぞ!?」

「すげえ魔力を感じる野菜だ! ありゃあ薬草なんか目じゃないぞ!」

一度火がつくと、あとは早かった。

俺の露店には黒山の人だかりができ、飛ぶように野菜が売れていく。

「トマト十個くれ!」

「こっちは大根全部だ!」

オークたちも「ブヒブヒ(毎度あり!)」と嬉しそうに硬貨を受け取っている。

その様子を、市場の影からじっと見つめる男がいた。

「……ほう。面白い商材ですね」

男の名はガラム。

大陸経済を牛耳る巨大企業「ゴルド商会」の、ベルン支店長を務める男だ。

細い目に高級なスーツ、指には商人のランクを示す「シルバー」の指輪が光っている。

(あの野菜、鑑定せずとも分かります。最高級の魔法薬に匹敵するエネルギーを秘めている。あれを独占すれば、白金貨が山のように積めるでしょう)

ガラムは舌なめずりをした。

売り子は、魔力も感じないひ弱そうな人間の若造一人。

護衛代わりのオークも、所詮はDランクの魔物。

これなら、適当な契約書で縛り付け、安値で買い叩くのは造作もない。

「ふふふ……カモがネギならぬトマトを背負って来ましたね」

ガラムは「商売用の笑顔」を貼り付け、カイトのもとへ歩み寄った。

「やあやあ、大盛況ですね!」

声をかけられ、俺は顔を上げた。

そこには身なりのいい、胡散臭そうな笑顔の男が立っていた。

「私はゴルド商会のガラムと申します。いやあ、素晴らしい野菜だ。ぜひ当商会と取引をしませんか?」

「ゴルド商会……有名なところですよね? 俺みたいな個人農家といいんですか?」

「ええ、もちろん! つきましては、こちらの契約書にサインを……」

ガラムが差し出した羊皮紙には、びっしりと細かい文字が書かれていた。

俺が読もうとすると、彼は「あぁ、細かい条文は気にせずに」と急かす。

だが、俺の肩に乗っていたポチが、その羊皮紙を覗き込んだ瞬間。

「きゅぅ……(グルルッ)」

ポチが低く唸り、その瞳が金色に光った。

同時に、後ろで野菜を運んでいたオークのリーダーが、ガラムの前に立ちはだかった。

「ブモォォォ……(我らが主を騙そうとは、いい度胸だ)」

オークの全身から、どす黒い闘気が噴き出した。

「ひっ!?」

ガラムは悲鳴を上げ、反射的に自身のスキル【 真贋鑑定(アプレイザル) 】を発動させた。

相手の戦力や商品の価値を見抜く、商人必須のスキルだ。

まずは目の前のオークを見る。

【鑑定結果:オーク・ジェネラル(将軍種)】

【備考:闘気レベルA。一騎当千の猛者】

(な、なんだと!? ただのオークじゃない、上位種のジェネラルだと!? しかもAランク相当……こんなのがなんで荷運びをしてるんだ!?)

冷や汗が吹き出す。

だが、本当の恐怖はその後だった。

ガラムの視線が、カイトの肩に乗っている「小さな黒いトカゲ」と合った。

【鑑定結果:――ERROR――】

【警告:鑑定不能。対象の位階が高すぎます】

【警告:直ちに視線を逸らしてください。魂が崩壊します】

バチバチッ!

ガラムの脳内で何かが弾ける音がした。

鑑定スキルのレンズが、相手の強大な存在感に耐えきれずに割れたのだ。

(あ、あ、ありえない……! 私の鑑定眼が通用しない? 竜王や魔王クラスだというのか!? あんなトカゲが!?)

ガラムは震える足で後ずさった。

理解した。目の前のニコニコしている 優男(カイト) は、ただの農民ではない。

魔軍の 将軍(オーク) を使役し、神話級の 怪物(トカゲ) をペットにする、魔王をも超える「何か」だ。

そんな相手に、自分は今、「売り上げの9割を商会が搾取する奴隷契約」を結ばせようとした。

(ころ……殺されるッ!!)

ガラムの顔色が土色に変わった。

ポチが「きゅ?」と首を傾げるだけで、ガラムには「死の宣告」に見える。

「あ、あの、ガラムさん? 顔色が悪いですよ。契約書、どうかしました?」

カイトが不思議そうに尋ねる。

ガラムは叫んだ。

「い、いえっ!! 手違いがありました! これは古い契約書でして!」

ビリビリビリッ!

ガラムは亜音速で契約書を破り捨て、懐から別の、黄金色に輝く羊皮紙を取り出した。

それは支店長権限でも滅多に出せない「プラチナ・パートナー契約書」だった。

「こ、こちらです! 売り上げはお客様が9割! 輸送・販売コストは全て当商会持ち! さらにゴルド商会の全店舗でのVIP待遇をお約束します!」

「えっ、そんなにいい条件で? 逆に悪いんじゃ……」

「い、いいんです! 未来への投資ですから! さあ、サインを! 今すぐに!」

ガラムは必死だった。早く契約して「味方」だと思わせないと、あのトカゲに消される気がしたからだ。

カイトは少し戸惑いつつも、サインをした。

「ありがとうございます。じゃあ、これからよろしく頼みますね、ガラムさん」

カイトが握手を求めてくる。

ガラムはその手を、壊れ物を扱うように両手で握り返した。

「は、はいぃぃっ! 命に代えても野菜は売りさばきますぅぅ!」

その日の夕方。

完売御礼で帰路につくカイトたちの後ろ姿を見送りながら、ガラムはその場にへたり込んだ。

部下が駆け寄ってくる。

「支店長! あんな好条件、本部の許可が降りますか!?」

「馬鹿者! 金で済むなら安いものだ!」

ガラムは汗を拭った。

だが、商人の本能が囁く。

あの野菜は本物だ。そして、あの「カイト」という男とパイプを持てたことは、ゴルド商会にとって、いや人類にとって最大の幸運かもしれない、と。

「……すぐに会長へ報告だ。『規格外の怪物が現れた』とな」

こうして、カイトの農場は大陸最大の物流網を手に入れた。

しかし、その利益の匂いは、同時に招かれざる客――強欲な貴族たちをも引き寄せることになる。