作品タイトル不明
EP 9
リーザのカラオケ・リサイタル
天魔窟のB4階にある、完全防音カラオケボックス『セイレーン』。
最新の音響設備と、異世界転移者たちの記憶から抽出された楽曲データが揃うこの場所で、今まさに伝説のライブ(練習)が行われようとしていた。
特大パーティールーム。
ステージに立つのは、農場専属アイドルとなった人魚姫リーザ。
プロデューサーの女神ルチアナ(すでに泥酔)がタンバリンを叩き、カイトと勇者リュウ(借金返済の休憩中)が観客としてソファに座っている。
「聴いてください! ルチアナPから授かった、新曲です!」
リーザがマイクを握りしめ、瞳をキラキラと輝かせた。
「この歌は、古代の戦士『オーエル(OL)』たちが、邪悪な魔王『ジョーシ(上司)』と戦い、伝説になる物語だと聞きました! 心を込めて歌います!」
「……嫌な予感がするな」
リュウが冷や汗を拭う。
モニターにタイトルが表示された。
『サビ残なOLのテーゼ』
「ぶふっ!?」
リュウがお茶を吹き出した。
チャラッチャ~♪ チャラッチャ~♪(あの有名なイントロ)
壮大な音楽と共に、リーザが歌い出す。
(歌い出し)
♪サビ残な上司のように
社畜よ 神話になれ
「うっ……!」
リュウが胸を押さえて呻く。
リーザの無垢な美声が、元・サラリーマンの古傷を正確に抉ってくる。
(Aメロ)
♪青いグラフ(営業成績)が 今 胸のドアを叩いても
私だけをただ見つめて 命令(い) いつけるあなた
そっと定時を 求めることに夢中で
労基(運命)さえまだ知らない いたいけな瞳
「やめろ……やめてくれ……」
リュウが膝から崩れ落ちる。
「青いグラフ」や「労基」という単語が、 呪言(カース) となって彼の精神を蝕む。
だが、リーザは意味を分かっていないため、悲劇のヒロインになりきって切なく歌い上げる。
(Bメロ)
♪だけどいつか気付くでしょう その背中には
遥か終電 目指すための 羽根があること
「羽根なんてねぇよ! あるのはタクシーチケット(自腹)だけだよ!」
リュウが涙ながらにツッコミを入れるが、リーザの熱唱は止まらない。
そして、サビへ突入しようとした――その時だった。
バァァァァァンッ!!
防音ドアが物理的に吹き飛んだ。
入り口に立っていたのは、真珠のドレスを纏い、鬼の形相をした海の女王リヴァイアサンだった。
「リーザ! ここにいましたのね! また変な歌を……!」
「お、お母様!? 練習の邪魔をしないでください!」
「邪魔などしていません! お母様も混ぜなさい!」
「えっ?」
リヴァイアサンはマイク(2本目)をひったくると、ステージに上がり込んだ。
「私も 地上(ここ) に来て、アイドルの動画を研究しましたわ! 娘だけにいい格好はさせません! デュエットですわよ!」
「お母様……! はいっ!」
母と娘、最強の海洋親子が並び立つ。
曲はクライマックスのサビへ。
(サビ)
♪サビ残なOLのテーゼ
窓際からやがて飛び立つ(※比喩)
『窓際ぁぁぁぁぁ~~~~ッ!!』
リヴァイアサンのオペラ歌手のような超高音が、リーザのアイドルボイスと共鳴する。
「窓際族」という言葉の哀愁が、物理的な衝撃波となってカラオケルームを揺らす。
♪ほとばしる熱いストレスで
有給を裏切るなら
パリィィィィンッ!!
「ストレス」の部分で込められた魔力が臨界点を超え、テーブルの上のグラスと、リュウの眼鏡(伊達)が砕け散った。
♪この 稟議(そら) を抱いて輝く
社畜よ 神話になれ
ズドオオオオオオオオッ!!!!
歌い終わった瞬間、カラオケマシンの採点機能が限界突破し、爆発した。
(採点:測定不能・国家転覆レベル)
†
「はぁ……はぁ……。気持ちいい……!」
リヴァイアサンが紅潮した顔で肩で息をする。
リーザも完全燃焼の笑顔だ。
「やりましたね、お母様! 『リンギ』って、きっと世界を救う聖剣の名前ですね!」
「ええ、そうですわね! 稟議を通す……なんて重みのある言葉でしょう!」
親子は手を取り合い、感動を分かち合っている。
その対面で。
勇者リュウは、ソファで真っ白な灰になっていた。
「……稟議……ハンコ……差し戻し……うっ、頭が……」
カイトが慌てて駆け寄る。
「リュウさん! しっかりして! ここは異世界だよ! もう稟議書なんて書かなくていいんだよ!」
「カイト君……。俺、帰るよ……。ポチ殿の散歩の方が、この歌よりマシだ……」
リュウはよろよろと部屋を出て行った。
最強の勇者の心を折ったのは、魔神王でも邪神でもなく、「社畜の 歌(パロディ) 」だった。
†
ちなみに、この時リヴァイアサンの歌声(超音波)は、地下を抜けて地上の海まで届いていた。
その影響で、ルナミス近海の魚たちが、翌朝なぜか「整列して死んだような目で泳ぐ(通勤ラッシュ泳ぎ)」という奇妙な現象が確認されたが、原因は不明とされている。
歌って踊って、心を破壊して。
天魔窟の夜は更けていく。
だが、遊びすぎたツケは必ず回ってくる。
神々の手持ちコイン(Kコイン)が、底をつきかけていたのだ。
次回、神々が労働に目覚める!?
「カイト農場、経済圏を確立する」へ続く!