作品タイトル不明
EP 7
コロッケと涙とプロデューサー
港町ルナミスの海岸沿いにある、貸し切りのビーチハウス。
カイト一行の宿泊拠点となっているテラスで、保護された少女リーザは、夢のような時間を過ごしていた。
「はぐっ! むぐぐ……んん~っ!!」
彼女が涙目でかぶりついているのは、龍魔呂が即興で作った『特製コロッケサンド』だ。
カイト農場の小麦で作ったパンに、市場のコロッケと、ルナが育てたシャキシャキのレタス、そして龍魔呂特製のタルタルソースが挟んである。
「美味しい……! サクサクで、中はトロトロで……パンが甘い……!」
リーザはリスのように頬を膨らませ、幸せを噛み締めていた。
その横では、鬼神龍魔呂が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「……慌てるな。喉に詰まるぞ」
龍魔呂は、強面の顔を崩さないまま、オレンジジュースを差し出した。
さらに、皿には追加のサンドイッチと、カイトが用意した『野菜スティック』が山盛りになっている。
「野菜も食え。肌が荒れているぞ。……昔の 弟(ユウ) を見ているようで放っておけん」
「ありがとうございます、黒服のおじ様……! 私、こんなに優しくされたの初めてです!」
リーザが瞳を潤ませる。
カイトは苦笑しながら、その様子を見守っていた。
「よかったね、リーザちゃん。いっぱい食べて元気出してよ」
「はい! カイト様!」
すっかり懐いたリーザ。
そこへ、海で泳いでいた女性陣が戻ってきた。
「ただいまー! あー、泳いだ泳いだ!」
「喉が渇いたわ。ビールある?」
水着姿の女神ルチアナを筆頭に、ラスティア、フレア、ルナが入ってくる。
リーザは彼女たちの姿を見た瞬間、サンドイッチを喉に詰まらせかけた。
「ぐふっ!? ……あ、あれは!?」
リーザがガタッと椅子から立ち上がり、ルチアナを指差した。
「プ、プロデューサー様(P様)!?」
「……ブッ!?」
ビールを飲もうとしていたルチアナが、盛大に吹き出した。
†
静寂が流れた。
カイト、龍魔呂、そして他のメンバーの視線が、ルチアナに突き刺さる。
「……ルチアナ?」
カイトがジト目で問いただす。
「げっ……。あんた、あの日(酔っ払って海に落ちた日)の人魚の子!?」
ルチアナは冷や汗をかきながら、視線を逸らそうとした。
だが、リーザは目を輝かせて駆け寄った。
「そうです! 私です! P様に教えていただいた『アイドルの極意』を胸に、家出してここまで来ました!」
リーザはビシッと敬礼した。
「教えの通り、みかん箱の上で歌っています! でも、なかなかお客さんが集まらなくて……。やっぱり私の『タミフルパンチ』のキレが足りないのでしょうか?」
「タミフル……?」
カイトの中で、パズルが組み上がった。
異世界にあるはずのない医療用語。
変な歌詞。
そして、酔っ払いの女神。
「ルチアナ……。君か。この子に変な歌を吹き込んだのは」
「ち、違うわよ! 私はただ、酔って海に落ちた時に、助けてくれたお礼に『夢』を語っただけで……!」
ルチアナが弁明する。
「『あんた可愛いからアイドルになれるわよ~』とか、『タミフルって呪文みたいでカッコいいでしょ~』とか、適当なことを言った記憶はあるけど……まさか本当に家出してくるとは思わないじゃない!」
「適当かよ!」
カイトがツッコミを入れる。
つまり、この純粋な人魚姫は、酔っ払った女神の戯言を真に受けて、国を飛び出し、貧乏生活を送っていたのだ。
「ひどい……。私、信じていたのに……」
リーザがショックでへなへなと座り込んだ。
目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「お母様(女王)に反対されても……P様の言葉を信じて……パンの耳を齧って頑張ってきたのに……うぅぅ……」
その涙を見た瞬間。
テラスの温度が急激に下がった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ。
龍魔呂から、赤黒い闘気が立ち昇っている。
彼はサングラスを外し、ルチアナを静かに見下ろした。
「……おい、女神」
「ひっ!? な、なによ龍魔呂!」
「……純粋な子供の夢を 弄(もてあそ) んで、泣かせたのか? ……万死に値するな」
龍魔呂の手には、いつの間にかカニの殻を砕くための『ハンマー』が握られている。
カイトも、いつになく真剣な顔でルチアナの肩を掴んだ。
「ルチアナ。責任、取るよね?」
「う、うぅ……」
最強の鬼神と、最強の飼い 主(カイト) に詰め寄られ、ルチアナは観念した。
彼女はため息をつき、空になったジョッキを置いた。
「わ、わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」
ルチアナは開き直り、リーザに向かって指を突きつけた。
「泣くんじゃないわよ! アンタの歌声と根性は本物よ! 私が中途半端だったのは謝るわ」
「P様……?」
「いいこと? やるからにはトップを狙うわよ! 私が本気でプロデュースしてあげる!」
ルチアナの瞳に、創造神としての(そして遊び人としての)本気の光が宿った。
「まずはデビューライブのやり直しよ! 場所はここ、ルナミスの海岸特設ステージ! 衣装も曲も、私が最高のものを用意してあげる!」
リーザの顔がパァァァッと輝いた。
「本当ですか!? 私、もう一度歌っていいんですか!?」
「ええ! アンタのお母さん(リヴァイアサン)が怒鳴り込んでくる前に、既成事実を作っちゃうのよ!」
ルチアナはニヤリと笑った。
女王が来ることは、神々のネットワーク(というかポチがクラーケンを狩った件)ですでに察知していたのだ。
「みんな、協力してくれるわよね?」
「もちろん! 舞台設営なら任せて!」
カイトがガッツポーズをする。
「照明と演出は私たちがやるわ!」
ラスティアとフレアも乗り気だ。
「……ケータリング(楽屋飯)は俺が作る。喉にいいドリンクもな」
龍魔呂もハンマーを収め、リーザの頭を撫でた。
「みんな……! ありがとうございます!」
リーザは立ち上がり、深く頭を下げた。
こうして、伝説の『カイト農場プレゼンツ・渚のライブ』が開催されることになった。
だが、時間は残されていない。
沖合の海が黒く染まり、不穏な大波が近づいているのを、ポチだけが気づいていた。
次回、激怒した海の女王が襲来!
「激怒! 海の女王リヴァイアサン襲来」へ続く!