作品タイトル不明
EP 8
雷帝の抱擁と、死を呼ぶ四番の『弱点』
「……パパぁ……! パパ、死んじゃやだぁ……っ!」
真紅に染まった機神ラビークの巨大な足元。
泥だらけの小さな女の子が、両手を広げて泣き叫んでいた。
その「子供の泣き声」は、分厚いヒイロガネの装甲をすり抜け、コックピットにいる龍魔呂の鼓膜を——いや、脳髄を直接突き破った。
ピタリ。
振り下ろされるはずだったラビークの巨大な足が、空中で完全に停止する。
「……あ……、ぁ……」
龍魔呂の漆黒の瞳が、激しく痙攣し始めた。
彼の視界の中で、泥だらけの少女の姿が、かつて自分を呼んで泣き叫んでいた弟・ユウの姿と完全に重なってしまったのだ。
(——兄ちゃん! 助けて、兄ちゃぁぁん!——)
(——ユウを離せ! ユウを殺したら、オマエヲコロス!!——)
『マイ・マスター!? どうした、バイタルサインが異常だ! 脳波がトラウマ・フィードバックを起こしてる! このままじゃ精神が焼き切れるぞ!!』
通信機越しにガジェットが悲鳴を上げる。
「あ、アァァァァァァァァァッ!!!」
龍魔呂の口から、獣のような絶叫が迸った。
過去のトラウマに脳を破壊された彼の中で、【死を呼ぶ四番(DEATH4)】の狂気が暴走を始める。
敵も味方も関係ない。この世のすべての「悲劇」を消し去るために、目の前の存在(子供ごと)すべてを無に還そうと、ラビークの右腕に致死量の赤黒い闘気が収束していく。
「や、やめろォォォッ!!」
頭目が絶望の悲鳴を上げた、その刹那。
ピシャァァァァァァァァァァンッ!!!!
天が割れた。
空を覆っていた分厚い暗雲を切り裂き、宇宙の果てから一直線に『黄金の 雷(いかずち) 』がラビークに向かって降り注いだ。
それは、破壊の雷ではない。
暴走する赤黒い闘気を優しく包み込み、中和し、浄化していく【神の恩寵】。
(——たつまろ。……もう、いいんだよ)
コックピットの中。
暴走による熱と狂気に苛まれる龍魔呂の背後から、透き通るような純白の光が現れた。
光は形を成し、美しい神衣を纏った一人の女神——【雷帝神ユイ】の姿となる。
かつて、無力な兎の人形として炎に焼かれ、神へと昇華した少女。
彼女は、幻影のような細い腕で、背後から龍魔呂の体をそっと、力強く抱きしめた。
(僕が、たつまろを守る。……たつまろが、また暗い地獄に落ちてしまうなら、僕が神様の力(権能)を全部捨ててでも、絶対に止めるから)
「ユ……イ……?」
龍魔呂の虚ろな瞳に、ほんの少しだけ光が戻る。
背中に感じる、あり得ないはずの確かな温もり。僕っ娘の神様が流す黄金の涙が、龍魔呂の頬に触れ、ドス黒く濁った殺意を洗い流していく。
(たつまろ。……見て。あの子は、昔の僕たちとは違う)
ユイの優しい声に導かれ、龍魔呂はモニター越しに地上の光景を見た。
女の子は、泣きながら、それでも必死に父親(悪党)の盾になろうとしている。
かつて自分が、ユウを守ろうとしたように。
「ハァッ……ハァッ……ハァ……」
龍魔呂の荒い呼吸が、次第に落ち着きを取り戻していく。
ラビークに充満していた赤黒い闘気が霧散し、機体は「真紅の鬼神」から、元の「純白の兎」へと戻っていった。
ズゥゥン……。
持ち上げられていた巨大な足が、頭目たちを避けるように、すぐ横の地面へと静かに下ろされた。
「……ヒィッ……」
頭目が、恐怖と安堵で完全に腰を抜かしている。
プシューッ。
コックピットのハッチが開き、龍魔呂が機体から地上へと降り立った。
彼はポケットからオイルライターを取り出すが、火は点けず、そのまま無造作に懐へとしまった。
「鬼の龍儀。死を呼ぶ四番の掟……その五」
龍魔呂の冷たい見下ろす視線に、頭目はビクッと肩を震わせる。
「……悪党に『泣く子供』がいたら、手を引く」
それは、冷酷なる殺人鬼が、己の人間性をギリギリのところで繋ぎ止めるための、悲しき絶対法則。
龍魔呂は女の子を見つめ、かつての弟を重ねるように、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……命拾いしたな。その子に感謝して、二度と裏の世界(俺の前)に面を見せるな。次は、ねぇぞ」
「ひ、ひぃぃぃぃっ! あ、ありがとうございますぅぅ!」
頭目は女の子を抱きしめ、何度も土下座を繰り返しながら、森の奥へと逃げ去っていった。
『……ふぅぅ。寿命が縮んだぜ、マイ・マスター』
インカムから、安堵しきったガジェットの溜息が聞こえる。
龍魔呂は何も答えず、ただ夕焼けに染まり始めた空を見上げた。黄金の雷の余韻が、彼の心をほんの少しだけ温めているような気がした。
だが、これで彼の心が救われたわけではない。
彼の根底にある【真の目的】を果たすための戦いは、まだ始まったばかりなのだから。