軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EP 10

温泉リゾート『アナステシア・スパ』開業

邪神騒動から数時間後。

カイト農場の地下から湧き出した黒い泥は、ルナの浄化魔法と、龍魔呂が作った「特製入浴剤(邪神の核)」の投入により、奇跡の変貌を遂げていた。

ザパァァァン……!

湯気を上げる広大な露天風呂。

お湯の色は、黒から白濁した乳白色へと変わり、ほのかに甘い硫黄の香りと、神聖なハーブの香りが漂っている。

「よーし! みんな、お待たせ!」

脱衣所で服を脱いだカイトが、タオル一枚で元気に飛び出してきた。

「カイト農場・大露天風呂、本日オープンだ!」

その掛け声を合図に、世界の支配者たちが次々と湯船になだれ込んだ。

「くぅ~っ! これだ! この熱さがたまらん!」

一番風呂を陣取ったのは、ねじり鉢巻を頭に乗せた竜神デュークだ。

彼は湯船に浮かべたお盆に 徳利(とっくり) を乗せ、雪見酒ならぬ「泥見酒」をキメている。

「ふはは! 邪神の怨念が、良いスパイスになっておるわ!」

「神よ……これぞ至福……」

隣では竜王ドラグラスが、お湯に浸かってトロトロになっていた。日頃の胃痛が嘘のように消えていく。

ザバッ!

「ヒャッハー! 泳ぐぞオラァ!」

狼王フェンリルが犬かきで爆走し、それをポチ(始祖竜)がワニのように優雅に追いかける。

ケルベロスも三つの頭で気持ちよさそうに浸かり、オークたちが背中を流し合っている。

まさに、種族を超えた裸の付き合い。

そこへ、カイトも「失礼しまーす」と入水した。

「はぁ~……。生き返るなぁ」

カイトは肩まで浸かり、大きく息を吐いた。

お湯に含まれる「邪神エキス(美肌成分)」と「ルナの聖気」が、体の芯まで染み渡る。

「カイト殿、最高ですな。このお湯、成分分析したら1リットルで金貨10枚の値がつきますぞ」

眼鏡を曇らせた魔族宰相ルーベンスが、お湯をビーカーですくいながら興奮している。

彼は風呂に入ってまで仕事(計算)をしていた。

「まあまあルーベンスさん、風呂の中でまで数字の話はなしですよ」

カイトが笑ってビーカーを取り上げた時だった。

キャァァァッ!!

女湯(という名の仕切りが甘いエリア)から、黄色い悲鳴と共に水しぶきが上がった。

「ちょっとルナ! あんた何してんのよ!」

「あら? お湯が少なくなっていたので、足そうと思いまして……」

魔王ラスティアが怒鳴り、エルフのルナが杖を振っている。

「――『湧き出よ、 清流(ハイドロ・ポンプ) 』☆」

ドババババババッ!!!

ルナの魔法が暴発し、女湯から男湯へ向かって、津波のようなお湯が押し寄せてきた。

「ぶわっ!?」

カイトが波に飲まれる。

その波に乗って、タオル一枚の美女たちが男湯エリアへ流されてきた。

「きゃっ、カイト様!?」

濡れた肌を露わにした不死鳥フレアが、カイトの胸に飛び込んでくる。

「あ、あら……ごめんなさいカイト。……でも、背中流してあげましょうか?(流し目)」

「わ、私はハーブの入浴剤を追加しますっ! 不浄な視線は聖なる泡でガードです!」

ラスティアが色仕掛けをし、天使長ヴァルキュリアが真っ赤な顔で泡魔法を連射する。

大露天風呂は、一瞬にして混浴カオス状態と化した。

「わはは! みんな元気だなぁ!」

カイトは美女たちに囲まれても、あくまで「家族団らん」のようなノリで笑っている。

その様子を、少し離れた岩場で静かに見守る男がいた。

「……騒がしい連中だ」

鬼神龍魔呂は、岩に背中を預け、夜空を見上げていた。

手には冷えた牛乳瓶。

殺し合いに明け暮れた体には、この熱い湯が傷口に染みて心地よかった。

「龍魔呂さん、こっち来ないの?」

カイトが波をかき分けて近寄ってきた。

龍魔呂はフッと笑い、隣のスペースを空けた。

「……いや。ここは特等席だ」

カイトは龍魔呂の隣に並んで座った。

二人して、湯気越しに満月を見上げる。

「いい湯だね」

「ああ。……悪くない」

龍魔呂は、自分の手を見つめた。

数時間前、この手で邪神を刻んだ。かつては多くの命を奪った手だ。

だが今、この手は温かいお湯に包まれ、隣には友人がいる。

「カイト」

「ん?」

「……日本を、思い出すな」

龍魔呂がポツリと漏らした。

カイトは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「そうだね。仕事終わりの銭湯、コーヒー牛乳、夜風……。ここは、僕たちの新しい故郷なのかもしれないね」

龍魔呂は何も言わず、ただ深く頷いた。

故郷。

二度と戻れない場所だと思っていた。だが、この農場には、あの頃の懐かしさと、それ以上の温かさがある。

「……これからも、よろしく頼むぞ。オーナー」

「こちらこそ、マスター」

男二人は、牛乳瓶をカチンと合わせた。

甘い牛乳の味が、風呂上がりの体に染み渡る。

こうして、『アナステシア・スパ(温泉リゾート)』が開業した。

効能は「美肌」「万病治癒」「呪い解除(邪神成分配合)」。

入浴料は、カイトの野菜一つ。

世界中から冒険者や王侯貴族が「奇跡の湯」を求めて訪れることになるが、彼らは知らない。

そのお湯が、かつて世界を滅ぼしかけた邪神の成れの果てであり、番台に座っているのが鬼神であり、湯船で泳いでいるのが始祖竜であることを。

カイトの農場は、もはや国家を超えた「聖域」として、不動の地位を築きつつあった。

だが、物語はここで終わらない。

平和な温泉の湯気が晴れたその先に、次なる波乱の予感が漂っていた。

――農場の片隅。

異世界からの転移者が現れた場所に、「謎の黒い 亀裂(ゲート) 」が口を開けようとしていたのだ。