軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31 どこかにいる人②

事務部を後にして、ルーチェはフェミアに水をもらいに行ってもらいテオと二人、中庭のベンチに座って休憩していた。

フェミアもテオも、先ほど事務部でルーチェの様子がおかしかったことに気づいただろう。

だがルーチェが「なにも聞かないで」とお願いすると黙ってうなずき、エドアルドにも報告しないと約束してくれた。

(ナザリオとなかなか会わないと思っていたけれど……あの人は神官になっていないどころか、コルッチ家にも存在していなかった……)

ルーチェが【2度目】の人生を歩んでいる中で、いろいろなものが変わっていった。だがそれらの変化はどれも、ルーチェが熱で倒れたあの日を起点としている。

ナザリオがコルッチ家に存在しないというのは、ルーチェが人生をやり直すようになったあの日よりも前の出来事だ。

(もしかして、私が人生をやり直すことで、ナザリオの存在を消してしまった……?)

ぶるっ、と身が震えた。

ナザリオのことは、嫌いだ。大嫌いだ。

だが……微かな希望もあった。

マリネッタの力が弱まった今なら、もしナザリオと会ったとしても【1度目】よりはましな対応をされるのではないか、と。

別に、会いたいわけではない。

会わないのならば、それでいい。

……ただ、存在そのものが消えてしまうのは違うと思った。

(……ナザリオ。あなたは今、この世界のどこにもいないの?)

いたはずの人が、いない。

それは、ルーチェが原因かもしれない。

ルーチェの存在が――ナザリオを消したのかもしれない。

そう思うとどうにも怖くなってきて、ルーチェはうつむいた。

隣のテオがなにも言わずにただそこにいてくれるのが、ありがたかった。

(嫌いな人だけど、消えてほしいとまでは思わない。私とはもう関わらなくてもいいから……どこかでほどほどに生きていればいい、と思っているのに)

「……ベルトイア司祭!」

どこからか女性の声がしたため、ルーチェははっとした。

振り返ると、水差しとコップを手にしたフェミア、そして彼女の背後に先ほど事務部で対応をしてくれた若い女性神官の姿があった。

「奥様。こちらの方が、奥様にお話ししたいことがあると申しておりまして……」

「す、すみません、ベルトイア司祭!」

走ってここまで来たのだろう、ぜえぜえ息を切らせた女性神官がかわいそうで、ルーチェはちょうどフェミアが持っていた水を飲ませた。

フェミアは念のためにコップを二つ持ってきてくれていたので、ちょうどよかった。

「落ち着いて。……私になにか、話があるのですか?」

「はい! ……あ、すみません。ベルトイア司祭になにもしませんので、少しだけ距離を置いてもらっても?」

空になったコップを握りしめた女性神官がフェミアたちに言うので、ルーチェもうなずいてみせた。

二人は少し躊躇いながらもうなずいて距離を取り、会話内容は聞こえなくても姿はばっちり見えるところまで下がってくれた。

「……それで? 先ほどの件で、なにかあったのですか?」

女性神官の配慮に感謝しつつルーチェが問うと、彼女はこくこくうなずいた。

「はい。……どうしてもベルトイア司祭の様子が気になったので、同じ事務部の同僚に世間話のような形で、コルッチ家のことについて聞いてみました」

そう言う女性神官の目は、きらきらしている。損得勘定なしに、ただルーチェの力になりたいと思って行動してくれたのだろう。

「そうしたらですね、おじさん上司が教えてくれたんです。コルッチ家には本当は二人目の息子がいたけれど、幼い頃に養子に出されたんだって」

「えっ!?」

「名前まではわからなかったそうだし今どこにいるかもわからないそうですが、今も生きているなら二十二、三歳くらいじゃないかとのことでした。……あの、お捜しの人はこの人でしょうか?」

女性神官に聞かれて、ルーチェははっとしてうなずく。

幼い頃に養子に出された、コルッチ家の次男。

今は、二十二、三歳になっている。

きっとそれが、ナザリオだ。

なぜコルッチ家で育つのではなくてよその家に養子に出されたのかはわからないが……彼はちゃんと、存在していた。きっと今もどこかで、生きている。

少なくとも、ルーチェのせいで消えたわけではなかった。

(それがわかったから……十分だわ)

「……ええ、ありがとう。その人よ」

「わあ、よかったです! ……あの、ベルトイア司祭とその人は、どういう関係で?」

「……そうね。顔も見たくないけれど、生きているのならそれでいいと思っている人、かしら」

ルーチェは、微笑んだ。

女性神官には礼を言った上で内緒にするよう頼むと、「わかりました! ……あれ? 私、なんでここにいるんでしょうか?」と下手くそながら記憶喪失の演技をしてくれたので、つい笑ってしまった。

まだ事務部での仕事があるという彼女を見送り、戻ってきたフェミアから水を受け取る。

「奥様、いい話ができたようですね」

「ええ、わかる?」

「はい。とてもすっきりした顔をされていますもの」

テオとフェミアに言われて、ルーチェは微笑んだ。

二人は、突っ込んだことはなにも聞かない。きっと、聞かないのが正解だと思ってくれているのだろう。

(……やっぱり、調べてよかったわ)

水を飲んだルーチェはフェミアに空っぽになったコップを渡し、彼女が元の場所に返していくのを見送りながら思う。

ナザリオはどこかに『いる』。そして……きっと、ルーチェとは関わることがないだろう。

それでいい。それがいい。

きっとこの【2度目】の人生は、皆にとってよいものになるはずだから――

「……あら、もしかしてそちらにいるのは、ベルトイア夫人?」

――そう。よいものになるよう、頑張ってきたのだ。

「おつとめの帰りかしら? お疲れ様。……よかったら少し、話していきませんこと?」

軽やかな笑い声が、ルーチェの脳みそに刺さってくる。

ルーチェはゆっくり、声のする方を見た。

……そこに立つ銀髪の魔女は、赤い唇を歪めて笑っていた。