軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 聖女の思惑①

ルーチェの読みどおり、王太子の誕生日会から約半月後。

国王から「交易路に出没する魔物を殲滅せよ」という命令が下った日、居城にマリネッタが姿を現した。

「先日のパーティーでは、エドアルド様に大変お世話になりました。これから魔物討伐に赴くというエドアルド様のお力になれればと思い、馳せ参じました」

ルーチェの杖よりずっと豪華な錫杖を手にしたマリネッタが、しとやかな微笑みと共にそう言った。

ルーチェは突如やってきたマリネッタをエドアルドと共に迎えたのだが……やはり来たか、と身構える一方で一つ疑問に思うことがあった。

(……ナザリオの姿がないわ)

ナザリオ・コルッチ。上流市民階級であるものの神官をよく輩出することで有名なコルッチ家の次男で、若くして助祭になった将来有望株。

マリネッタの忠実な僕で――【1度目】の人生における、ルーチェの夫。

黒髪で少し陰鬱な印象のある彼は、いつもマリネッタのそばにいた。彼女の言うことを絶対信仰し、その手となり足となり働くことを喜びとしていた男。

マリネッタに命じられて渋々結婚したルーチェを妻と呼ぶことはなく顔が腫れるまで殴り、【1度目】のルーチェを殺した男。

……もし彼に会ったら、どうなるだろうかと常々思っていた。

かつてのトラウマを前に、きちんと振る舞えるだろうかと思っていた。

だが、マリネッタのそばにナザリオの姿はなかった。

(……今日はいないだけかしら?)

ルーチェとて、結婚する前のナザリオといつどこで出会ったか、細かいことはいちいち覚えていないし当然記録もしていない。なんとなく、いつもマリネッタの後ろにいた印象があっただけで、実はそこまでべったりではなかったのかもしれない。

なんにしても、今世ではなるべくナザリオには関わりたくないところだ。

(それにしても。本当に、押しかけてきたわね……)

マリネッタはもっともらしい理由を述べているが、エドアルド隊に編成されていない新たな人員の追加は、報告書も書き直さなければならないので正直手間にしかならない。

だが【1度目】のエドアルドは、マリネッタのことを哀れに思っていた。彼女の健気な申し出を一蹴するのは悪いと思ったらしく、そこまで悩むことなく同行を許可したのだと聞いていたが。

「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ受け取ります」

あっさりエドアルドが断ったので、マリネッタだけでなくルーチェも驚いた。

(全く迷わなかった……)

「エドアルド様、そんな……!」

「私の隊には既に、優秀な司祭がおります。彼女の回復魔法の腕前は、私も身をもって実感しました。マリネッタ様のお手を煩わせることはございません」

エドアルドは丁寧に言いながらも、隣に立つルーチェの腰をがっしり抱き寄せている。

「ルーチェは、私にとっての勝利の女神です。共に戦場に行くと決めた妻がいれば、私は十分です」

「そ、そうですが、もし奥様が負傷なさったらどうされるのですか?」

エドアルドの愛妻家っぷりを目の当たりにした居城の兵士たちはわいわい盛り上がっているが、マリネッタの方は顔を青白くさせて食い下がってきた。

「神官の回復魔法は、自分自身にはかけられません。エドアルド様が大切になさっている奥様にもしものことがあった場合、二人目の神官がいなければお命に関わるかもしれません!」

……それはまさに神官であるマリネッタだからこそ使える理論で、ルーチェは内心舌打ちしたくなった。

回復魔法は、本人には使えない。それは神官たちにとっての致命的な欠点で、だから多くの軍では神官を二人セットで戦場に立たせている。単純に二倍の力になるだけでなく、神官同士で傷を癒やせるからだ。

マリネッタは正論を持ち出すし、しかもそこにエドアルドが最も恐れる事態を載せてきた。

ルーチェの身になにかあった場合のことを引き合いに出されると、エドアルドは一気に弱くなる。

案の定エドアルドの表情がさっと翳り、「それは……」と思案顔になった。

「確かに、ルーチェが怪我をした場合に手当てをしてくれる人はいてほしいです。ですが、尊い御身であるマリネッタ様でなくとも――」

「わたくしが、エドアルド様と奥様の力になりたいのです」

手応えを感じたのだろう、ここで引いてなるものかとマリネッタはぐいぐい押してきた。

(……まずいわ)

ルーチェも言い返せなくはないが、何分こちらにとって既に不利だ。

ルーチェが絶対に怪我をしないという保証はないし、ここでマリネッタの申し出を断った結果、ルーチェが負傷したらエドアルドは自分を責めるだろう。

そうして……その結果、これから先マリネッタを重用する可能性だってある。

(それくらいなら)

「エド様、マリネッタ様のお申し出をお受けしましょう」

「ルーチェ」

ルーチェの方から折れるとエドアルドは不安そうな眼差しになったが、あえて強気に微笑んでみせた。

「マリネッタ様がいてくださると、私も安心できます。それに、聖女様の回復魔法を見て学べる滅多にない機会ですもの。ご一緒していただきませんか?」

「……ルーチェがそう言うなら」

エドアルドも渋々ながらうなずき、マリネッタの方を向いた。

「ご厚意をありがたくお受けします……が、我々の敵は魔物です。善戦することは誓いますが、マリネッタ様にも多少なりと戦火が降り注ぐ可能性があることは、お知りおきください」

「もちろんです。ありがとうございます、エドアルド様、奥様」

マリネッタはエドアルドに微笑みかけてから、ルーチェを見て静かに笑った。

……その笑みが不気味だと思われたのは、きっと気のせいではないはずだ。

遠征に急遽マリネッタも参加することになり、【1度目】と同じように隊が再編成された。

まず、王太子の婚約者で大聖堂の聖女でもあるマリネッタがついてくるため、彼女用の馬車を用立てる必要があった。

エドアルドはひとまず荷馬車用だった一台をマリネッタに与え、そこにブリジッタたちを使用人として同乗させることにした。

(……正直あの三人とマリネッタ様を同じ馬車に入れるのは、反対したいけれど)

ルーチェはそう思うのだが、使用できる馬車の数には限りがあるし、割ける人手にも限度がある。

ブリジッタたちはフェミアがルーチェ付になってからというもの、ルーチェに媚びを売ることをすっかり諦めていた。たまに日陰で三人集まってこそこそしゃべっているのを見かけるが、実害がない限りは放っておいている。

(まっとうな理由がないから、追い出すこともできないものね。三人とも、上流市民階級出身だし……)

とはいえ、【1度目】では同じ遠征でエドアルドとマリネッタが同乗していた。それに比べればずっとましだろうから、はらはらしつつもルーチェは様子を見ることにした。