軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話『新兵訓練所』

帝国暦四三三年一月。

夜、ヴェルナはこっそりと新兵訓練所……兵舎のベッドから抜け出した。

兵舎は木造の平屋だ。

仕切りはなく、粗末な二段ベッドが等間隔に並べられている。

ヴェルナは隣のベッドで安らかな寝息を立てているエルフを睨み付けた。

エラキス侯爵領から来たというエルフどもは三ヶ月以上の基礎体力強化訓練を経て、ヴェルナの同期になった。

基礎強化訓練は兵士として使いものにならないヤツらを使えるようにするためのものだ。

それでも、使いものにならないと判断されたら放り出される。

ヴェルナが見る限り、エルフどもが追い出されるのは時間の問題のように思えた。

だが、エルフどもは弓矢を手にした途端、落ち零れを止めた。

エルフやハーフエルフが弓兵になる理由がようやく分かった。

例外はあるにしてもエルフは種族的に弓の名手なのだ。

他の亜人も種族的な強みを備えている。

たとえば、ミノタウルスやリザードマンは呆れるほどタフだ。

ヴェルナの攻撃ではびくともしない。

逆に相手は一発でヴェルナを戦闘不能にできるのだ。

人間と背丈の変わらない獣人もそうだ。

筋力だけではなく、反応速度が違う。

ヴェルナの攻撃は空を切る。

まともに当たるのはフェイントを仕掛けた時だけだ。

それも二度目以降は通じない。

ヴェルナが頭を使えば、相手も頭をつかう。

つまり、そういうことだ。

せめて、剣術や槍術の才能があれば互角に戦えるのだろうが、この五ヶ月で自分に才能がないと思い知らされた。

畜生、とヴェルナは木剣を掴み、宿舎の外に出た。

逃げるためではない。

一人で訓練するためだ。

二月末にはエラキス侯爵領に戻らなければならないのだ。

その時、出発した時と変わらない状態ではあまりにも情けない。

幸いと言うべきか、新兵訓練所は監視の目が緩い。

これは訓練所が帝都を囲む城壁の外にあるせいだろう。

帝都に逃げ込むつもりなら城門を通らなければならないし、他の街に逃げるつもりなら、かなりの距離を歩かなければならない。

ヴェルナは木剣を握り締め、教わった型通りに構える。

無心で木剣を振る。

木剣を振っている内に汗ばんでくる。

「何をやっているんですか?」

ヴェルナは声を掛けられ、反射的に振り返った。

すると、そこには一人の青年が屈んでいた。

近衛騎士の証である白い軍服を着た男だ。

やや長めの髪は灰色、瞳も同じ色だ。

顔立ちはそれなりに整っているが、幼さを残している。

多分、年齢はヴェルナより下かも知れない。

微笑みを浮かべているが、妙な胡散臭さを感じさせる。

「剣術の訓練だよ。く、ん、れ、ん……そういうお前は誰だよ?」

「僕は訓練所の教官だよ」

「すぐにバレる嘘を吐くんじゃねーよ!」

「どうして、嘘だと?」

「服だよ、服! 白い軍服は近衛騎士の証だろうが!」

ヴェルナは意外そうな表情を浮かべる青年に向かって叫んだ。

「まあ、そうですね」

「で、お前は誰なんだよ」

「僕はネー……」

青年は途中で黙り込み、自分の前髪を摘まんだ。

「僕はグレイ……グレイは捻りがなさ過ぎるか。だったら、アッシュが無難かな? 姓はキラ、キラル、キル、マーダー? ああ、僕はアッシュ・キルマーです」

「思いっきり偽名じゃねーか!」

「失礼な!」

そう言って、青年……アッシュ・キルマーは立ち上がった。

「僕は小さい頃からガッシュ、ガッシュと」

「名乗ったばかりの偽名を忘れるなよ! アッシュだろ? アッシュ・キルマー!」

「ああ、そうでした。僕はアッシュ・キルマーです」

アッシュは誇らしげに胸を張った。

「で、貴方の名前は?」

「……」

ヴェルナは名乗るのを躊躇った。

この男に関わりたくねーな、と真剣に思ったのだ。

「ヴェルナだよ、ヴェルナ」

「あーっ! ヴェルナちゃんね、思い出すな。小さい頃、ヴェルナちゃんはアッシュ兄ちゃん、アッシュ兄ちゃんって」

「あたしの過去まで捏造するなよ!」

「え? ヴェルナちゃん、僕のことを覚えてないの?」

ヴェルナは真顔で問い返され、言葉に詰まった。

記憶にある限り、この男とは初対面のはずだが……。

「あ、もしかしたら、そんなことが」

「いや、そこは否定して下さい。初対面ですよ、僕達は」

「やっぱり、嘘じゃねーか!」

ヴェルナがアッシュの脇腹に拳を叩き込むと、アッシュは大型亜人の一撃を喰らったかのように吹っ飛んだ。

何度も回転し、ようやく動きを止めた。

「嘘だろ?」

ヴェルナは自分の拳とアッシュを交互に見つめた。

きっと、アッシュは自分から跳んだのだ。

そうでないと説明がつかない。

何しろ、殴った感触がなかったのだ。

「まあ、嘘ですけどね」

アッシュは勢いよく立ち上がると、何事もなかったようにヴェルナに近づいてきた。

「ところで、剣術の訓練をしているとのことでしたが、僕で良ければ相談に乗りますよ」

「何か調子狂うな」

ヴェルナは頭を掻き、今までの経緯を話すことにした。

クロノとの出会い、ある貴族にエラキス侯爵領へ連れ去られたこと、そこでメイドになったこと。

貴族の友達が出来たこと。

兵士になってクロノの役に立ちたいと思ったこと。

「分かりました。要するに強くなりたいんですね」

「ま、まあ、そーだけど」

もう少し言い方ってもんがあるんじゃねーの、とヴェルナは心の中でぼやいた。

「ヴェルナさん、魔術の方はどうでした?」

「おう! 魔弾系を 肆式(ししき) までマスターしたぜ!」

「え゛? 魔弾ですか?」

アッシュは顔を顰めて言った。

「無属性だったんだから、仕方ねーじゃん!」

ヴェルナは堪らず叫んだ。

魔弾は指先から魔力の礫を放つ下級魔術である。

あらゆる魔術の基礎になったと説明を受けたが、ぞんざいなネーミングとしか思えなかった。

属性魔術が『×舞』や『××乱舞』と風に名付けられているのに対し、魔弾は弐式魔弾、参式魔弾、肆式魔弾と数が増えていくだけなのだ。

魔弾は十数メートル先にある分厚い樫の板に穴を穿つ威力を持つ。

弐式魔弾は二つ、三つ数える間に魔弾を三十回連続して放つ。

参式魔弾は小さな魔力の礫をばら撒く魔術だ。

有効射程は極端に短く、離れるほど威力が低下する。

肆式魔弾は丸太をへし折るほどの威力を誇るが、とにかくスピードが遅く、射程も短い。

「あたしだって、もっと威力のある魔術を身に付けたかったけどさ」

「無属性で攻撃に使える魔術は限られますからね。新兵に特殊な魔術を習得させる訳にもいかないでしょうし」

アッシュはしみじみと言った。

「あんたから見て、あたしの剣術はどうだ?」

「まあまあですね」

「そ、そうか?」

ヴェルナは照れ隠しに頭を掻いた。

待てよ、と思い直す。

自分の未熟さは自分が一番よく知っている。

「ホントか?」

「初陣で死ななければ良いですね」

アッシュは何処か遠くを見るような目で言った。

「全然ダメじゃねーか!」

「 新兵訓練所(ここ) や軍学校で成績が良くても実戦で通じるとは限りませんよ。そういう連中ほど初陣であっさりと死んだりしますから」

「身も蓋もねーな」

ヴェルナは吐き捨て、素振りを再開した。

「どうして、素振りを続けるんですか?」

「意味がないかも知れねーけど、努力するしかねーじゃん」

おっ、とアッシュは軽く目を見開いた。

「そう言えばヴェルナさんはエラキス侯爵の所で働いていたんですよね?」

「そーだよ」

アッシュはブツブツと何事かを呟いていたが、

「ヴェルナさんさえ良ければ一手授けますよ? 何ですか、その目は。僕は純粋にヴェルナさんの力になりたいと思っているのに」

「下心が見え見えなんだよ!」

ヴェルナは素振りを止めて叫んだ。

「それは、まあ、分かるように言ってますし」

「否定しないのかよ!」

「下心がなければ一手授けるなんて言いませんよ」

「うわっ、腹立つ」

ヴェルナはアッシュの口調に苛立ちを覚えた。

「で、どんな下心があって、あたしに何を教えてくれるんだよ?」

「仕事柄、エラキス侯爵とお近づきになりたいと思いまして」

「ああ、近衛騎士だもんな。あたしに仲介して欲しいってことか」

「そうです」

ヴェルナは納得した。

アッシュの立場は分からないが、顔を売っておきたいという気持ちは分からないでもない。

「で、あたしに何を教えてくれるんだ?」

「強いて言えば体術ですかね? 実践して見せるので、十歩くらい離れた場所から僕に向けて弐式魔弾を撃って下さい」

「ケガしても知らねーぞ?」

ヴェルナは言われた通りにアッシュから距離を取った。

「ホントに大丈夫か?」

「ええ、どうぞ」

「ホントに、ホントに大丈夫か? 大丈夫って言葉を信じて撃ったら死にました、なんて嫌だぜ?」

「そんなに心配しなくても」

「するに決まってるだろ。もし、アンタが死んで、撃っても大丈夫って言ったから撃ったなんて言っても、誰も信じねーよ。貴族殺しなんて死刑確実じゃん」

「欠片も僕のことを心配してないですね」

「当たり前だろ」

「そんなに心配なら足を狙えば良いんじゃ?」

「あ~、足なら死なねーもんな」

ヴェルナは指先をアッシュの臑に向けた。

「弐式魔弾!」

魔術式……訳の分からない大量の文字が視界の上から下へと流れ落ち、魔力の礫がヴェルナの指先からアッシュの足下に向けて放たれる。

チュ、チュチュン! という熱したフライパンに水滴を垂らしたような音が連続して響く。

それは魔力の礫が弾ける音だ。

魔力の礫は見えない壁に阻まれているかのようにアッシュに触れることなく弾けていた。

「どうですか?」

「どうって、スゲーとしか言い様がねーよ」

でも、何処かで見たことがあるんだよなー、とヴェルナは内心首を傾げた。

「魔術を防ぐだけじゃありませんよ。他にも色々なことができるようになります」

「へぇ、それを教えてくれるのか」

「ええ、五年も修行を続ければ」

「五年!」

ヴェルナは思わず、叫んだ。

「おいおい、あたしの話を聞いてたのかよ? あたしは新兵訓練所を出るまでに強くなりてーんだよ」

「う~ん、まあ、すぐに使えるようになる方法もありますけど?」

「それそれ、そういうのだよ」

「あまりお勧めできませんが、ヴェルナさんが望むなら」

アッシュはヴェルナに歩み寄り、半歩ほどの距離で立ち止まった。

そして、指先でヴェルナの額を小突いた。

な、なにしやがる! とヴェルナが怒鳴ろうと口を開いた瞬間、熱が吹き出した。

体中の毛穴が開き、そこから熱が吹き出している。

熱は力だ。

力が漲っている。

この感覚に比べれば今までの自分は眠っていたに等しい。

あれ? とヴェルナは目眩を覚え、その場に跪いた。

力は漲っているが、それは表面的なものに過ぎない。

本来、垂れ流してはいけないものを垂れ流している。

そんな危機感が湧き上がる。

「……あたしに何をした?」

「魔術とは、生物が生まれながらに備える力……魔力を物理現象に変換する技術です」

アッシュはヴェルナの周囲を回りながら講義を始めた。

その間も力の流出は続いている。

体が怠い。

立ち上がることもできない。

「先程は魔力の壁……まあ、そういう使い方もできるだけで教えようとしていた技術の本質ではないんですが、魔力を操るには知覚する必要があります。道具の存在に気が付かなければ使いようがないですからね」

だから、とアッシュはニッコリと笑った。

「魔力を知覚できるように穴を開けました。あとは魔力が枯渇して死ぬまでに穴の塞ぎ方を覚えて下さい」

「ど、どうするんだよ」

「さあ?」

アッシュは肩を竦めた。

「て、てめぇ、最初に言えよ」

「忠告はしましたよ? そもそも、他人が五年、十年かけて習得した技術を習得するためには同じくらい時間が掛かるもんです。それを短期間で習得したいなら、相応のリスクを負うべきだと思いますけどね」

「く、た、助け……」

ヴェルナはアッシュを見つめ、助けを求める愚を悟った。

アッシュは笑みを浮かべたままだった。

自分の企みが上手くいったという満足の笑みでも、他人の苦しむ姿を見るのが好きという笑みでもない。

仮面のような作り物めいた笑みだ。

多分、アッシュはヴェルナが死ねば他を探すだろう。

人を殺した罪悪感を覚えることなく。

倦怠感は抗いがたいほど強くなっていた。

眠い。

目を開けているのも億劫だ。

力を垂れ流している事実が辛うじてヴェルナの意識を現実に繋ぎ止めていた。

なんだ、あれ? とヴェルナは目を凝らしてアッシュを見た。

黒く、禍々しい靄のようなものがアッシュを中心に渦巻いている。

きっと、あれで弐式魔弾を防いだのだ。

「……ク、ソッ、」

そんなことが分かっても仕方ねーんだよ、栓を、力を、押し止め……。

暗い、暗い闇の中にいる。

いや、闇の中にいると思い込んでいるだけだ。

ほんの少し意識するだけで力の流れを感じる。

魔力がヴェルナの中を循環している。

意識を外に向けると、自分以外の魔力を知覚できる。

魔力の流れは無秩序に見えるが、さらに意識を外に向けると……。

「……それ以上は戻れなくなっちゃいますよ?」

あん? とヴェルナは目を開けた。

そこはベッドがあるだけの薄汚れた部屋だった。

体が怠いが、あの時の虚脱感と倦怠感に比べれば大したことない。

視線だけを動かして隣を見ると、アッシュ・キルマーがベッドの傍らに座っていた。

「……ここは?」

「医務室で良いんですかね?」

とぼけたアッシュの口調に怒りが込み上げてきた。

「てめぇ、嘘を吐きやがったな」

「嘘を見抜けたから、こうして生きているんですよ」

チッ、とヴェルナは舌打ちをした。

アッシュ・キルマーは穴を開けたと言ったが、事実は違う。

アッシュ・キルマーは魔力の流れを操作しただけだ。

基点となる自分を意識すれば魔力は元の流れを取り戻す。

「あたしが身に付けたのは何なんだ? 刻印術と違うのか?」

「ヴェルナさんは博識ですね」

アッシュが弐式魔弾を弾いた時、何処かで見たような気がした。

それもそのはず。

刻印術の『場』にそっくりだったからだ。

「神威術は六柱神と交感して力を借りる術、刻印術は六色の精霊と……六柱神と同じ存在なんでしょうけれど、同調する術です。副次的効果として身体能力が強化されたり、放出された魔力で『場』を作ったりできる訳です」

「刻印術の方が良いじゃん」

「この技術を開発した人はそう考えなかったんでしょうね」

アッシュはイスに座り直した。

「じゃあ、何を考えてたんだよ?」

「人間を超えようとしたらしいですよ」

「バカじゃねーの」

ヴェルナが吐き捨てると、アッシュは笑みを深めた。

「そこは文化の違いですね。この技術は遥か東方から伝わったらしいですから」

「その割に使えるヤツを見たことがねーんだけど?」

「普及させるつもりがなかったと言うか、パトロンにした相手が悪かったと言うか」

アッシュは腕を組み、頭を垂れた。

「犯罪組織をパトロンにしちゃったんですよ。多分、最初は用心棒みたいなノリだったと思うんですが……」

「が、何だよ?」

「その組織は暗殺集団になっちゃったんですよ」

ハハハッ、とアッシュは笑った。

「笑いごとじゃねーよ! 人間を超えるって割に用心棒やったり、その技術を暗殺に使ったり、俗物も良い所じゃねーか!」

「まあ、霞を食べて生きられる訳じゃないですし、志が次の世代にまで引き継がれるとは限りませんからね」

「あ、次の世代ってことは何十年単位の話なのか?」

「そういうことです」

アッシュは頷いた。

話を要約するとこうである。

数十年前、一人の男がケフェウス帝国に流れてきた。

彼はある街の犯罪組織に用心棒として雇われた。

組織は男を厚遇した。

腕っ節だけではなく、男の知識が組織にとって有益だと分かったからだ。

やがて、男は組織の女と子を成した。

男も、組織も技術と知識の断絶を恐れたのだ。

生まれた子は男と同じように高みを目指したが、孫は高みを目指すよりも、組織の一員であることを優先した。

この頃から組織は犯罪集団ではなく、暗殺集団としての色が濃くなっていく。

曾孫の代になって組織は名を変える……即ち、『死の腕』と。

『死の腕』の首領となった曾孫は効率的に暗殺者を増やした。

時に子どもを買い、時に攫い、素養のある者とそうでない者を選別した。

その方法はヴェルナと同じ……魔力の流れを掻き乱して生き残った者だけを育てた。

いや、淘汰というべきかも知れない。

素養があるとされた者ですら訓練で、実戦で次々と命を落としていったのだから。

『死の腕』は強大化し、ある暗殺者の裏切りによって壊滅することになる。

彼は十年かけて仲間を増やし、反旗を翻したのだ。

首領と幹部を失った『死の腕』は四分五裂し、今では連携もままならない状態だと言う。

「……最初の質問に戻りますが、これは世界を創る技術です。もちろん、極めればの話ですが」

「今のあたしは何ができるんだよ?」

「魔術の威力を弱めたり、反応速度や運動能力が上がったりするくらいですか」

「死にそうな目に遭ったのにそれだけかよ」

ヴェルナは天井を見上げたまま溜息を吐いた。

「ヴェルナさん、忘れてませんか?」

「何を?」

「一手授ける約束です。これから一ヶ月かけて基礎を叩き込んであげます」

アッシュはニッコリと笑った。

ヴェルナはとんでもなく嫌な予感を覚えたが、頷くことしかできなかった。