軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話『試作塩田』修正版

例年通りであれば長い冬……十一月に冬麦の種を蒔き、保存食を作れば翌年の三月までは暇になっていたが、今年の冬は些か短く感じられた。

ハシェルの街の城塞修理や新兵舎の建設によって比較的若い村人が出稼ぎに出ていたので、居残った村人の仕事が増えたからだ。

多少の不満はあったが、久しぶりに体力面で頼られるのは悪くない経験だった。

出稼ぎに出ていた村人は少なくない金額を持ち帰っていたし、両手で抱えきれない程の土産を持ち帰った者もいた。

出稼ぎに出ていた若者が誇らしげに恋人に服や髪飾りを贈る光景は何とも微笑ましいものだ。

去年、盗賊が放棄された砦を占領し、新領主の討伐隊が来た時は殺されるのではないかと肝を冷やしたが……その盗賊も心を入れ替えて真面目に働いているようだった。

さて、と村長はイスから立ち上がった。

のんびりと構えてばかりはいられない。

やるべきことは多い。

畑を耕さなければならないし、休耕地にクローバーの種も蒔かなければならないのだ。

帝国暦四百三十一年三月、エラキス侯爵領の農村は平和だった。

シルバが港の建設地として選んだのは昏き森の近くだった。

海岸は平地より二メートルほど低い場所にあり、丸みを帯びた小石で覆われている。

海岸から少し離れると急激に水深が深くなるらしい。

ちなみに港を造る手順はシルバが幌馬車で語った通り、直角を描く海岸線に沿って木の杭を打ち込んで海水を抜き、コンクリートで基礎を作った後、海岸を埋め立てるというものだ。

港を造る場所が決まり、労働力も集まったが……まずは港よりも家を造らなければならない。

と言う訳で、トカトントンと釘を打つリズミカルな音が海岸に響き渡っていた。

もっとも、ミノタウルスは家族で住むための家、リザードマンはシルバが編成した作業チームで住む家と大きな差があるのだが。

う~ん、う~ん、と唸り声……その発生源はシルバである。

彼はクロノがボウティーズ男爵領とエラキス侯爵領を往復している間に塩田を試作し、仲間と一緒に塩造りに挑戦しているのだ。

「どう?」

「やり方は間違っていないと思うんだが、あまり効率が良くない気がするな」

そう言って、シルバは試作塩田を見つめた。

試作塩田は二十メートル四方のコンクリート枠に細かな砂を敷いたものだ。

「冬場だしね」

「それで生産量が極端に左右されるんじゃ大量生産には向かないだろ? 俺は季節に関係なく塩を大量生産できるようにしたいんだ。今のままじゃ、効率の悪さを塩田の数でカバーする羽目になるからな」

「森がなくなったりするのは勘弁して欲しいかな」

港造りや開拓のために森を切り開くのならばまだしも、塩を作るためだけに森を潰すのは後世に悪い影響を与えるような気がする。

「新しい方法を考えた方が良いかも知れないな」

「そうだね」

もう少し勉強をしておけば良かった、とクロノは天を仰いだ。

一度に二百五十人分の調理をしなければならないためか、昼食は野菜と魚を適当に切って煮込んだ寄せ鍋っぽいスープだった。

クロノは適当な岩に腰を下ろし、素朴な味わいに舌鼓を打った。

醤油や味噌があったらと思うのは日本人だからだろうか。

『クロノ様、味の方は?』(ぷも?)

「美味しいよ」

クロノが微笑みながら答えると、耳に翻訳用のマジック・アイテムを付けたアリアは恥ずかしそうに俯いた。

副官の妹であるアリアは意外にも……というのは先入観なのだが、家庭的なことが好きなのである。

家が完成してもリザードマンには炊き出しを続けなければならないので、しばらくはミノタウルスの女性陣に炊き出しをお願いすることになるだろう。

『……兄から港を造ると聞きましたが、何のためですか?』(ぷも?)

「自分の領地を豊かにするのが目的だね。港ができれば人と物が集まってくるし、そうなれば力自慢のミノタウルスやリザードマンの働く場所ができる」

クロノは塩辛いスープを啜った。

「もちろん、税収も上がる。税収が上がったら、バンバン公共事業をやって、救貧院の規模も大きくして……学校を造りたいな」

『それは……人間の?』(ぷも?)

「違う」

恐る恐るアリアに尋ねられ、クロノは頭を振った。

「人間も、亜人も一緒に勉強できる場所だよ。真っ昼間から勉強に時間を費やせる人は限られてるから、夜学とか、農村の人は農作業のない冬場とか、日曜学校とか、教師を巡回させたりで柔軟に対応するけど」

『……夢みたい、です』(ぷも)

「今はね」

クロノは残っていたスープを飲み干し、空になった木の器をアリアに手渡した。

効率、効率、と呟きながらシルバは試作塩田の周りを回った。

時折、思い出したように紙に向かい、設計らしきことをするのだが、ダメだ! もっと、効率を! と絶叫して地面を転げ回るのである。

髪を掻き毟るほど効率を求めなくても、とクロノは思ったが、シルバの表情が怖くて言い出せなかった。

「……何もそこまで思い詰めなくても」

「私達もそう思うけど、実際にシルバの立場になったら、あんな感じになると思うな~」

視線を落とすと、ドワーフの少女が地面に座り込んでいた。

ドワーフの男性がそうであるように背は低いが、横幅は比べものにならないくらいに細い。

竈に薪をくべていたのか、少年のように短い赤銅色の髪も、肌も、ほぼ全身が煤に塗れている。

年齢は二十歳に満たないと思うが、ドワーフの外見はエルフのそれと同じくらい当てにならない。

「私達が自分の工房を持てる機会なんて一生に一度もないから。かと言って、槍働きで出世するのも限界があるし、その点じゃ、ゴルディ百人隊長は上手くやったよね」

「作りたい物があるなら予算を組むけど?」

ドワーフの少女はクロノを見上げ、ニヤリと笑った。

「う~ん、ちょっと、違うかな? いつか私が工房を構える時にパトロンになって欲しいなって。だから、私の顔と名前を覚えて欲しいな」

「ああ、なるほど」

ドワーフの少女が善意ではなく、クロノと話す機会を得て、自分の顔と名前を覚えて貰うためにシルバに協力しているのだ、とクロノはようやく気づいた。多分、他の連中も似たようなものだろう。

「私の名前はポーラ、よろしくね」

「よろしく」

視線を上げると、シルバは動きを止め、大きく目を見開いていた。

「こ、これだ!」

クロノが振り向くと、ミノタウルスとリザードマンが藁を束ねている所だった。

クロノが戻ってきたのは翌日の夕方だった。

気遣ってやらなければならないな、とティリアはクロノが仕事を終えるのを自分の部屋で待った。

色々と遠回りをしてしまったが、私は生まれ変わったのだ、とティリアはクロノの部屋を目指した。

優しくだ。

力ずくなんて以ての外だ。

クロノを優しく労い……疲れているだろうから添い寝だ。

ま、まあ、求められたら応じてしまうかも知れないが、そこは抑えなければならないな。

ティリアは扉を叩き、クロノが出てくるのを待った。

クロノが一向に出てこないので、ティリアはそっと扉を開けた。

「……っ!」

扉を開けると、クロノが眠っていた。

それも、レイラの膝枕でだ。

ティリアが静かに部屋にはいると、レイラはすぐに気づいたらしく顔を上げた。

「ティリア様、どのような御用件ですか?」

「見れば分かるだろう」

レイラとティリアはクロノを起こさないように小声で会話した。

「申し訳ありませんが、クロノ様は疲れていらっしゃいます」

「……そ、それは分かるが」

クロノに膝枕をするのは私の役目なんじゃないか? とティリアは微笑むレイラを見つめた。

いや、気遣うと、優しく労うと決めたばかりじゃないか、とティリアは役目をレイラに譲ることにした。

「ティリア様……恐れ入りますが、クロノ様の夜伽を務める際はスケジュールの調整にご協力願います」

「す、スケジュールの調整?」

「クロノ様はご存じありませんが、私達は愛人同士の無用な争いを避けるために誰が、何時、クロノ様の夜伽を務めるのかを話し合いで決めています。もちろん、クロノ様は留守にされることも多いので、再調整は行っていますが」

一瞬だけ呆気に取られたが、ティリアは妙に納得してしまった。

「……ティリア様が枷で拘束され、目隠しをされた日は本来ならば私が夜伽を務める日でした」

「ど、どうして、目隠しをされたことを知っているんだ?」

「さあ、何故でしょう?」

レイラは目を凝らさなければ分からないほど小さく微笑んだ。

ぐぬぬ、とティリアは唸った。

言いたいことはあるのだが、面と向かって何をされたのか語られたり、口マネをされたりしたら、悶絶する自信がある。

「分かった。次は私も協議に参加するからな、覚えておけ」

「はい、感謝します」

ティリアは静かにクロノの部屋を抜け出し、固く拳を握り締めた。

「……話し合いか」

クロノの寵愛を巡って殺伐とするよりも利益調整をする方が良いのだろうが、どうやって話し合うんだ? とティリアは首を傾げた。