軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クロの戦記another6「再来、聖――」

帝国暦四三✕年二月十四日昼――アリデッドはズンズンと侯爵邸の廊下を進む。

ズンズンと進んでいるが、目的はない。

強いていえば暇潰しだ。

侯爵邸は楽しい。

ゴルディが工房で面白そうなものを作っていたり、装飾が変わっていたりと好奇心を刺激してくれる。

もちろん、それだけではない。

喉を潤すのも、腹を満たすのも、寝るのも本を読むのも全て無料。

さらにこれだけやって誰にも咎められないときている。

まさに天国。

そんなことを考えながらズンズンと侯爵邸を進んでいると――。

「あれ?」

「ぐぅ……」

誰かが声を上げ、アリデッドは呻いた。

声のした方を見ると、眼帯をしたエルフのメイド――シェイナがこちらに近づいてくる所だった。

「アリデッド、クロノ様に用でもあるの?」

「侯爵邸で遊んでるだけだし」

「……」

問いかけに答えるが、シェイナは無言だ。

無言で顔を顰めた。

「どうして嫌な顔をするんですか?」

「嫌な顔なんてしてないわよ」

「嘘だし! 嘘を吐いてもあたしの目は誤魔化されないしッ!」

「……」

目を指差して言うが、やはりシェイナは無言だ。

沈黙が舞い降りる。

嫌な沈黙だ。

ややあって、シェイナは小さく溜息を吐いた。

何故だろう。

面と向かって文句を言われるよりもずっと堪える。

「遊ぶのは構わないけど、掃除したばかりの部屋で寝たり、倉庫のものを盗んだりするのは止めてよね。クロノ様やメイド長殿は怒らないけど、私達には我慢の限界ってもんがあるんだから」

「……」

今度はアリデッドが無言になる番だった。

無言になるしかない。

「分かった?」

「……はい、分かりましたみたいな」

シェイナの問いかけにアリデッドはやや間を置いて答えた。

当然、これはこの場を凌ぐための嘘だ。

本心ではクロノ様が怒らないんだからオールOKみたいなと考えている。

だが、ここで本心を口にするほど馬鹿ではない。

ふ~ん、とシェイナは相槌を打ち、目を細める。

これはアレだ。

これっぽっちも信じていない目だ。話題を変えなければ。

「ところで……、どうしてあたしがアリデッドだと分かったのみたいな?」

「どうしてって……」

アリデッドが問いかけると、シェイナは鸚鵡返しに言った。

思案するように首を傾げ、しばらくして考えが纏まったのか口を開く。

「行動のパターンかな?」

「行動のパターン?」

「うん、そう。アンタ達はいつも一緒にいるけど、リードしてる――率先してアホなことをやるのは大体アリデッドでしょ? だから、一人で侯爵邸をほっつき歩くのはアリデッドしかいないって思ったの」

「……」

失礼だし! と思ったが、口にはしない。

折角、話題を変えることに成功したのだ。

気分よくこの場を立ち去って頂きたい。

「じゃ、あたしは仕事を続けるけど……、お願いだから掃除したばかりの部屋で居眠りぶっこいたり、倉庫のものを盗んだりしないでよ?」

「は、はい、心得てますみたいな」

「……」

ぺこぺこと頭を下げながら応じるが、シェイナは無言だ。

無言でこちらを一瞥して立ち去る。

シェイナの姿が見えなくなり、アリデッドはホッと息を吐いた。

ややあって、怒りが込み上げてくる。

確かに自分はシェイナ達が掃除したばかりの部屋で居眠りをぶっこいたり、倉庫からお酒を拝借したりしている。

だが、今日はまだしていない。

それなのに悪いことをする前提で話しかけてくるなんてあんまりだ。

この恨みをどう晴らしてくれようか。

アリデッドは拳を握り締め、自分がクロノの執務室の前にいることに気付いた。

帝国暦四三✕年二月二十一日夕方――デネブは自室で本のページを捲る。

絵本ではない。

侯爵邸の本棚にあった本だ。

内容は今一つ分からない。

理解の前提となる知識が不足しているし、説教臭さが気になってしまう。

本を読むには素直さが必要らしい。

そんなことを考えながら本を閉じ、肩越しに背後を見る。

すると、姉が扉の隙間からこちらを見ていた。

小さく溜息を吐く。

最近、姉はちょっと変だった。

仕事をしていても上の空で、休憩中も難しそうに眉根を寄せたり、突然頭を抱えたりしていた。

きっと、面倒臭い問題を抱えているに違いない。

そう考えて無視していたのだが、これ以上は無理なようだ。

「お姉ちゃん、何の用?」

「聞いて下さるんですかみたいな!?」

デネブがうんざりした気分で声を掛けると、姉は喜色満面という感じで部屋に飛び込んできた。

いそいそとデネブの足下に跪く。

「大事なことなのでもう一回尋ねるけど、聞いて下さるんですかみたいな?」

「うん、まあ……」

「実は一週間くらい前に――」

「ちょっと待って!」

「クロノ様の執務室からお菓子を拝借したみたいな」

デネブは言葉を遮ろうとしたが、姉は構わずに続けた。

デネブに告白することで共犯関係が成立したと考えているのか、晴れやかな表情を浮かべる。

「ちょっと待ってって言ったのに」

「それは申し訳ないし」

「申し訳ないなんて思ってないくせに」

「そんなことないし! 申し訳なくてハゲそうなくらいだしッ!」

デネブがぼやくと、姉は心外とばかりに返してきた。

「そんなことしたらすぐに分かりそうなものだけど、クロノ様は何て?」

「何も言ってこないみたいな」

「ああ……」

姉が一転して真剣な表情を浮かべ、デネブは合点がいった。

通常、クロノは何かあったらすぐに声を掛けてくる。

だが、今回はそれがない。

要するに姉はクロノを激怒させたのではないかとビビっているのだ。

「それで、その、一緒に謝ってくれるみたいな?」

「なんで、私が……」

「――ッ!」

デネブがぼやくと、姉は息を呑んだ。

信じられないと言わんばかりにこちらを見ている。

「なに、その顔?」

「苦楽を共にしてきたこの姉を見捨てるんですかみたいな?」

「また、そういうことを……」

「はいはい、分かりましたみたいな! 一人で謝ってきますみたいな! クロノ様の愛人になってデネブは変わってしまいましたみたいなッ!」

突然、姉は逆ギレして立ち上がった。

荒々しい足取りで部屋を出ていく。

だが、扉を閉めるバタンという音は響かない。

扉は半開き、しかも姉はじっとこちらを見ている。

デネブは深々と溜息を吐き、イスから立ち上がった。

「付いてくだけだからね」

「流石、デネブ! あまりの慈悲深さに涙がちょちょ切れそうだしッ!」

「……」

姉の言葉にデネブは再び深々と溜息を吐いた。

姉はクロノの部屋――執務室の前で立ち止まるとこちらに視線を向けた。

「デネブ、準備はOKみたいな?」

「お姉ちゃん、誰が謝るか忘れていない?」

「そんなことないし」

デネブが低い声で問い返すと、姉はぶんぶんと頭を振った。

「じゃあ、あたしが先行するからデネブはあとから付いてくるみたいな」

「分かったけど……、何か企んでない?」

「企んでるなんて人聞きが悪いし。というか、デネブは付き添いなんだからあたしが先行するのは当然だし」

「ホントにぃ?」

「失礼だし!」

姉はムッとしたように言うと背筋を伸ばした。

「この姉の生き様を見せてやるし! さあ、扉を開けるみたいなッ!」

「うん……」

姉がいつにも増して真剣な表情で言い、デネブは小さく頷いた。

扉を開ける。

すると、姉は執務室に飛び込み、見事なジャンピング土下座を敢行した。

そして――。

「クロノ様、申し訳ないし! 先日の一件は全てデネブのせいみたいなッ!」

「お姉ちゃん……」

「――ッ!」

デネブが呼びかけると、姉はハッとこちらに向き直った。

「も、申し訳ないみたいな。扉が開くのを見たらいつもの調子で……」

「別にいいけど……」

「許してくれるのみたいな?」

「うん、クロノ様はいなかったから」

「え!?」

姉は驚いたように声を上げ、肩越しに背後を見た。

視線の先には机がある。

だが、そこにクロノの姿はない。

姉が胸を撫で下ろした次の瞬間――。

「あれ? 二人とも――」

「クロノ様、申し訳ない――ぎゃー! 痛いしッ!」

クロノの声が響いた。

姉が執務室から飛び出そうとする。

いや、デネブを突き飛ばそうとしたと言うべきか。

デネブを突き飛ばし、その間にジャンピング土下座を敢行して罪を押しつけるつもりなのだ。

だが、そうは問屋が卸さない。

デネブは姉の腕を捻り上げ、その場に跪かせた。

「デネブ、裏切ったなみたいな!」

「先に裏切ったのはお姉ちゃんだよ」

「ぐぅぅ、裏切り者」

デネブは溜息交じりに事実を口にする。

だが、姉は怨嗟を吐き出す。

「二人ともどうしたの?」

「実は――」

「ぎゃーッ!」

デネブが罪を告白しようとすると、姉は大声で叫んだ。

「実は――」

「うぉぉぉぉッ!」

「お姉ちゃん、静かにして」

「ぎゃひぃぃぃッ!」

またしても言葉を遮られ、デネブはちょっとだけイラッとして腕に力を込めた。

姉が悲鳴を上げる。

「暴力に訴えるなんて、デネブは変わってしまったみたいな」

「実はお姉ちゃんが一週間くらい前にクロノ様からお菓子を盗んだんです」

「ああッ!」

デネブが罪を告白すると、姉は大声で叫んだ。

大声で叫んだのみならず、抗議のつもりか足をバタつかせている。

「ああ、やっぱりアリデッドだったんだ」

「う、うぐぐッ、その通りだし。シェイナに嫌みを言われてちょっと困らせてやろうと思いましたみたいな。罰はどうか私だけにお願いしますみたいな」

「お姉ちゃん、罰を受けるのは最初からお姉ちゃんだけだよ」

「シャラッ――ぎゃッ!」

デネブが腕に力を込めると、姉は大袈裟に悲鳴を上げた。

「クロノ様、姉の始末は?」

「お菓子の件は別にいいよ」

「本当ですかみたいな!?」

デネブの問いかけにクロノが答える。

すると、姉は顔を上げた。

「うん、まあ、元々バレンタインのプレゼントだった訳だし」

「ああ、お姉ちゃんが食べたのって……」

クロノが口籠もりながら言い、デネブは思わず声を上げた。

「バレンタインって何ですかみたいな?」

「好きな人にプレゼントを贈るイベントだよ。私もクロノ様からお菓子をもらったし」

「あたしはもらってないし……」

デネブがバレンタインについて説明すると、姉はクロノに視線を向けた。

「先渡しということで」

「教えてくれなかったのはどうしてですかみたいな?」

「シェイナ達から抗議があってね」

「ぐぅ……」

クロノが軽く肩を竦め、姉は呻いた。