軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クロの戦記another4「将を射んと欲すれば――」

帝国暦四三×年八月中旬夜――クロノは会議室に入ると視線を巡らせた。

会議室には二列五段で長机が並び、最前列の長机には三人の部下――ミノ、シッター、ゴルディが座っている。

三人が座る長机の正面――教卓に移動し、改めて視線を巡らせる。

三人とも神妙な面持ちでこちらを見ている。

ごほん、とクロノは咳払いをして話を切り出した。

「三人とも忙しいのに集まってくれてありがとう」

「大将、礼には及びやせんぜ」

「及ばずながら力になりますぞ」

「どんな用件かは分かりませんが、できる限り力になります、はい」

「……ありがとう」

三人の言葉にクロノは身を震わせた。

三人の力があれば目的を達成できるに違いない。

「それで、何のために呼び出したんで?」

「そのことなんだけど……」

ミノの問いかけにクロノは口籠もった。

息苦しさを覚え、襟元を緩める。

さらに何度か咳払いをして背筋を伸ばす。

「今日、皆さんを呼び出したのは他でもありません」

「「「……」」」

ミノ達は神妙な面持ちでクロノの言葉を聞いている。

意を決して口を開く。

「海水浴に行きたいです!」

「「「……」」」

意を決して――それこそ清水の舞台から飛び降りるつもりで話を切り出したのに三人とも無反応だ。

いや、呆れているかのような表情を浮かべている。

ミノが手を挙げる。

「大将、発言をよろしいですかい?」

「どうぞ」

「へい……」

クロノが発言を許可すると、ミノは居住まいを正した。

ごほん、と咳払いをする。

「あ~、大将? そんなことで呼び出したんで?」

「そんなこと!?」

「いや、大将にとって大事なのは分かりやすが……」

「大事大事! 海水浴、とても大事ですッ! 水着姿の美女を侍らせて、無為で退廃的な時間を過ごしたいんですよ! それなのに僕の夢を実現する機会が一向に巡ってこないのはどういうこと!?」

「『どういうこと!?』とあっしに言われても……」

ドンドンと胸を叩いて主張するが、クロノの思いはミノに伝わっていないようだ。

シッターが口を開く。

「海水浴ならば一度行かれたと記憶しております、はい」

「『ドキッ! 男だらけの海水浴』はノーカンです! 僕は水着姿の美女を侍らせて無為で退廃的な時間を過ごしたいんですよ! それなのに無為で退廃的な時間を過ごすどころか水着の着用を拒否られる始末ッ! 憎い! 海水浴が一般的でないこの国が憎いッ! グギギッ!」

シッターの指摘にクロノは歯軋りしながら応じた。

ハッと我に返り、小さく頭を振る。

いけない。

つい熱くなってしまった。

「つきましては皆様に僕が水着姿の美女を侍らせて無為で退廃的な時間を過ごすために力を貸して頂きたく」

「力を貸してと言われやしても……」

「どう力を貸せばいいのやら……」

「正直、手に余ります、はい」

深々と頭を下げるが、三人とも困惑気味というか乗り気でなさそうだ。

予想の範囲内といえば予想の範囲内の反応だが――。

「分かりました。女性陣の説得は僕が頑張るので、ミノさんとシッターさんはスケジュール調整をお願いします」

「まあ、それくらいなら協力しやすが……」

「女性陣を説得するよりよほど楽です、はい」

協力を取りつけるためにあえて自分が一番困難な仕事を担当するかのように言う。

すると、ミノとシッターは渋々ながら応じてくれた。

「私は何をすればよろしいのですかな?」

「水着はシナー貿易組合にお願いするので、ゴルディには砂浜に置くデッキチェアなどの制作をお願いしたいです」

「承知しましたぞ」

ゴルディが任せろというようにドンと胸を叩く。

ややあって、ミノが口を開く。

「女性陣の説得はクロノ様が担当するってぇ話ですが、本当に大丈夫ですかい?」

「大丈夫って何が?」

「ティリア皇女でさ。あっしの記憶が確かなら前回は激しく嫌がっていたような……」

「そこは大丈夫。僕に秘策ありです」

そう言って、クロノは胸を張った。

帝国暦四三×年八月下旬深夜・円卓の間―――。

「――これで来週のスケジュールは決定だ。文句はないね?」

「……ない」

「ありません」

「ないわ」

「「ないし」」

「ないであります」

女将が溜息交じりに言い、ティリア達――ティリア、レイラ、エレナ、アリデッド、デネブ、フェイは頷いた。

もちろん、文句はある。

だが、文句を言っても取り合ってくれないに違いない。

女将の言う『文句はないね?』とは『文句は言わさないよ』という意味だからだ。

「じゃあ、これで――」

「待て」

「文句はないって言ったばかりだってのに」

ティリアが閉会宣言を遮ると、女将は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「夜伽の順番や回数について文句を言いたい訳じゃない」

「じゃあ、何だい?」

「相談したいことがある」

「……」

問いかけに答える。

だが、女将は無言だ。

無言で苦虫をダース単位で噛み潰したような顔をしている。

はい! とアリデッドが手を挙げる。

「何だ?」

「あたしはお役に立てそうにないので帰ってOK?」

「お姉ちゃん……」

「流石、アリデッド殿。皆が言い出せないことを平気で言ってのける――正直、もうちょっと空気を読んだ方がいいであります」

「アンタもね」

ティリアが用件を尋ねると、アリデッドは親指を立てて言った。

デネブが呻くように姉を呼び、フェイが自身の感想を口にし、エレナが突っ込みを入れる。

「却下だ」

「横暴! 横暴だしッ! と言いながらあたしは自分が可愛いので大人しく席に着くみたいな」

ティリアがちょっとだけムッとして言うと、アリデッドは立ち上がって叫んだ。

だが、すぐにちょこんと席に着く。

「それで、相談したいことってのは何だい?」

「クロノのことだ」

「「「「「「クロノ様の?」」」」」」

ティリアが問いかけに答えると、レイラ達――六人の声が見事に重なった。

「最近、クロノの様子がおかしいんだ。やたらと視察に行くし、事務室やゴルディの工房によく顔を出している。それに、正直、あまり認めたくないが、どうも避けられているような気がする」

「単に姫様が嫌われる――ごめんなさい」

アリデッドが軽口を叩こうとするが、ティリアが睨み付けると素直に謝罪した。

「もちろん、私は嫌われるようなことなど一切していない。理由を知っている者は?」

「「「「「「……」」」」」」

問いかけるが、レイラ達は無言だ。

自分で調べるしかないかと溜息を吐いたその時、レイラと目が合った。

といってもほんの一瞬のことだ。

すぐに視線を逸らされてしまった。

だが、ティリアにはそれで十分だった。

「レイラ、何か知ってるな?」

「いえ……」

「嘘を吐くな」

「嘘ではありません」

レイラがムキになったように言い、ティリアは確信を強めた。

レイラは隠し事をしている。

交渉したいが、交渉材料など一つしかない。

ぐぅ、とティリアは呻き、断腸の思いで切り出す。

「クロノが何を隠しているか教えてくれたら私の順番を譲ってやろう?」

「それは……、三回ともでしょうか?」

「馬鹿を言うな! 一回だけに決まってるだろッ!」

ティリアは声を荒らげ、自身の失策を悟った。

しまった。怒らせてしまったか。

後悔の念を抱きながら視線を向ける。

だが、レイラは眉根こそ寄せているものの、怒ってはいないようだ。

しばらくして――。

「分かりました」

「ちょいと、レイラ」

レイラが静かに口を開く。

すると、女将が声を掛けた。

もしや――。

「女将も知っているのか?」

「あ……」

ティリアが問いかけると、女将は小さく声を上げ、顔を背けた。

視線を巡らせる。

すると、他の四人――エレナ、アリデッド、デネブ、フェイはそっぽを向いた。

確定だ。

皆、グルだったのだ。

「皇女殿下、よろしいでしょうか?」

「ぐぬ……」

レイラに問いかけられ、ティリアは呻いた。

全員が知っているのだから夜伽の順番を犠牲にする必要はない。

だが、他のメンバーがレイラほど素直に教えてくれるかといえばそうではなさそうだ。

女将は口が堅そうだし、エレナは渋りそう、アリデッドとデネブ、フェイは足下を見てきそうだ。

「…………頼む」

「承知しました。実はクロノ様が海水浴に行きたいと仰いまして」

「私は聞いてないぞ?」

「それは……、皇女殿下が水着の着用を拒否されたことが原因ではないかと」

「お前達も着なかっただろ!?」

「いえ、今回は……、クロノ様に熱心にお願いされたので……」

「ぐぬッ……」

レイラがごにょごにょと言い、ティリアは呻いた。

クロノが仕事を切り上げてベッドに向かうと、ドンドンという音が響いた。

返事をする間もなく、扉が勢いよく開く。

扉を開けたのはティリアだ。

その表情は怒りに彩られている。

ティリアが足を踏み出し――。

「申し訳ございません」

クロノは流れるような所作で土下座をした。

我ながらほれぼれするような土下座だ。

美しい土下座だったからか、それとも機先を制したからかティリアが足を止める。

「顔を上げろ」

「はい……」

クロノは顔を上げた。

もちろん、正座したままだ。

「どうして、私を海水浴に誘わなかった?」

「申し訳ございません」

クロノは再び頭を垂れ、ほくそ笑んだ。

ついつい勢いで土下座してしまったが、この展開は想定内だ。

「謝らなくていい。理由を言え」

「はい、海水浴に誘ってもティリアは嫌がると思い――」

「海水浴が嫌な訳じゃない。水着が嫌なんだ」

「申し訳ございません」

ティリアに言葉を遮られ、クロノは謝罪の言葉を口にした。

「普通に海水浴に誘ってもティリアは水着を着てくれないと思い……」

「水着を着てくれないと思い?」

「まず他のメンバーを説得しました!」

「――ッ!」

クロノが勢いよく顔を上げると、ティリアは息を呑んだ。

ここに至って罠に嵌められたことに気付いたのだ。

ふふふ、と不敵に笑い、立ち上がる。

すると、ティリアは気圧されたように後退った。

「他の皆さん――アリッサやアリスンちゃん、セシリー、ヴェルナ、スノウ、エリル、スーも説得しました」

「いつの間に……」

「色々と頑張りました」

クロノは鼻息も荒く言い放った。

「他の皆は水着で海水浴に参加してくれるけど、ティリアはどう?」

「ぐッ、卑怯者」

「つまり?」

「……分かった。海水浴に参加する」

「大事な言葉が抜けているような?」

「ぐぅ、水着で海水浴に参加する」

クロノが耳に手を当てて聞き返すと、ティリアは声を絞り出すように言った。

ふははッ! とクロノは笑う。

その哄笑は勝利宣言。

だが、クロノは知らなかった。

海水浴当日に大雨が降ることを。