軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話『正義』その5

スティーブンは部下を率いて街道を北に進む。

大八車を引くリザードマンが三百人、護衛の人間と獣人が二百人。

これほどの大部隊を率いるのは初めてのことだ。

普通なら誇らしい気分になるのだろうが――。

「……はぁ」

スティーブンは暗澹たる気分で溜息を吐いた。

恐らく、それは部下も同じだろう。

上層部の命令で所属していた大隊から引き抜かれ、反乱軍鎮圧のために派兵された。

まあ、それは仕方がない。

一兵士に過ぎないとは言え、スティーブンは軍人だ。

命令に対する拒否権などない。

あんな目で睨まなくてもな~、とスティーブンは村の連中から向けられた視線を思い出して溜息を吐いた。

輜重隊の隊長に抜擢された時は嬉しかったが、あんな目で睨まれるのなら辞退しておけば良かった。

スティーブン達は命令で来ているだけだし、そもそも村を滅ぼしたのは第八近衛騎士団だ。

自分達がやったことで責められるのならば仕方がないが、他人がやったことを責められるのは納得できない。

そんな台詞が出掛かったが、何も言えなかった。

自分だって家族や隣人が犯罪に巻き込まれれば憤りを覚え、犯人に報いを受けさせてやりたいと考えるだろう。

村人に近衛騎士団と一般兵の違いなど分からないだろうし、今は同じ軍団に所属しているのだ。

連帯責任だと思って諦めるしかない。

スティーブンは気を取り直して街道を進む。

太陽が中天に差し掛かった頃、遥か前方で土煙が上がった。

騎兵の姿が朧気に見えた時、最初は友軍かと思った。

だが、すぐに友軍ではないと気付いた。

その騎兵は近衛騎士の証である白い軍服を着ていなかったのだ。

次にトレイス男爵の使いと考え、すぐに敵だと分かった。

何故なら――。

「止まるな! 輜重隊の脇を駆け抜けろ!」

「エルフの妙薬をプレゼントであります!」

「お代は結構です!」

輜重隊の脇を駆け抜けながら花瓶――と言っても口は小さく、火の点いた布が飛び出ている――を投げつけてきたからだ。

花瓶の割れる音が響き、糧秣を積んだ大八車が炎に包まれた。

「クソッ! 連中を止めろ!」

スティーブンは叫んだが、それが無茶な要求であると分かっていた。

敵は騎兵、こちらは重装歩兵と歩兵の混成隊だ。

重装歩兵であっても騎兵の突進を止めるためには隊列を組む必要がある。

ましてや輜重隊は街道を進むために縦列になっているのだ。

敵騎兵は土煙を上げながら離れて行った。

「連中はもう良い! 火を消せ、消すんだ!」

スティーブンは叫んだが、これも難しいことは分かっていた。

何しろ、消す手段がないのだ。

スティーブンには魔術の素養がなかったし、リザードマンや獣人もそうだ。

「せめて、延焼だけは防げ!」

スティーブンの命令に従い、部下達はきびきびと動き始めた。

スティーブン達――輜重隊が第八近衛騎士団によって滅ぼされた村に辿り着いたのは夕方のことだった。

敵騎兵の襲撃は一度だけだったが、糧秣の三分の一が焼けてしまった。

どんな罰を下されるのか考えるだけで気が滅入ってくる。

「取り敢えず、水だ。水を汲むぞ」

スティーブンは井戸に歩み寄り、桶を投げ入れた。

すると、コン! という音が響いた。

嫌な予感がし、井戸を覗き込む。

「おいおい、勘弁してくれよ」

スティーブンは顔を覆い、その場にへたり込んだ。

「どうしたんですか?」

「……井戸を見てくれ」

駆け寄ってきた部下に答える。

「こいつは酷ぇ」

部下は井戸を覗き込み、嘆くように言った。

井戸には数え切れないほどの石が投げ込まれ、桶で水が汲めないようになっていた。

水を汲めるようにするためには井戸の底に下りて石を取り除かなければならない。

「どうしますか?」

「どうって、復旧するしかないだろ」

復旧の手間を考えるとうんざりするが、やるしかない。

「もしかして、それが狙いなんじゃ?」

「……そうだな」

スティーブンは呻いた。

よくよく思い出してみれば昼間の襲撃は行軍スピードを遅らせるためのものだったように思う。

こちらを壊滅させるつもりならばわざわざ糧秣に火を点けたりせず、殺傷力の高い魔術を使うなりすれば良かったのだ。

足止めが目的だったと考えれば井戸が使えなくなっているのもその一環なのではないかという気がする。

「だが、輜重隊を二つに分けるという方法もあるだろ?」

「勘弁して下さいよ」

部下は顔を顰めた。

「敵騎兵がいるんですよ。そんな状態で隊を二つに分けたら殺してくれって言ってるようなもんです」

「その可能性もあるか」

スティーブンは部下が臆病風に吹かれていることに気付いていたが、あえて口にしなかった。

「で、どうするんです?」

「……このまま進む」

「何ですって?」

驚愕にか、部下は目を見開いた。

「このまま進むと言ったんだ。敵の目的が俺達の足止めにせよ、戦力の分断にせよ、思惑に乗るのはマズい。だったら、夜を徹して歩き続けて友軍と合流した方が良い」

「まだ歩くんですか?」

「敵に襲われるかビクビクしながら一夜を明かすよりは良いだろう」

「こまめに休憩を挟んで下さいよ」

「分かってる」

部下がうんざりしたように言い、スティーブンは苦笑した。

ルーカスは日が暮れても『さざ波』作戦を繰り返していた。

何度も繰り返してきたせいか、歩兵の動きも徐々に洗練されてきた。

糧秣に余裕があるのならば何日も続けたい所だ。

もっと練度が高ければ、頼りになる士官がいれば、反乱軍を翻弄できるのだが。

いや、あの 指揮官(ミノタウルス) はそこまで大きな失敗をせんか、と頭を振る。

ルーカスは目を細め、敵陣地を睨んだ。

全体の動きを注視するあまり気付くのが遅れたが、敵は人員を入れ替えている。

惜しい、と思う。

どうせなら後方にも塹壕を掘り、前線と繋げてしまえば良いのだ。

そうすれば誰にも気付かれずに人員を交替させ、戦力を見誤らせることも可能だったはずだ。

そこまで考え、反乱軍はギリギリの所で戦っていると気付く。

塹壕、針金、十字弓、夜ごとに繰り返される嫌がらせの数々――自分達の持つ手札を総動員して何とか勝とうとしているのだ。

ティリア皇女は素晴らしい臣下を持った、と心から称賛したかった。

「退けッ!」

「軍団長、休まれたらどうですか?」

ルーカスが命令を下した直後、フィリップが近づいてきた。

「お前達は先に休んでいろ」

「分かりました」

フィリップは悩む素振りを見せずに言った。

きっと、お前達は先に休んでいろという言葉を引き出したかったに違いない。

凍て付いた風が吹き寄せ、ルーカスは反射的に振り返った。

すると、霧が街道に流れ込んでくる所だった。

忌ま忌ましい濃霧だが、これが飲み水になると思えばそんな気持ちも少しは薄れるというものだ。

「突撃ッ!」

ルーカスは声を張り上げた。

「霞舞!」

「疾風舞!」

二つの魔術の効果によって街道は霧に覆われている。

そこに投げ込まれたマジックアイテムが閃光と爆音を放つ。

「う~ん、これまた予想外の展開」

クロノは茂みに身を隠しながらぼやいた。

帝国軍は野戦陣地に向かって突撃し、皇軍が迎撃しようと構えたら退くという行動を繰り返している。

皇軍の主戦力は義勇兵だ。

老騎士達が上手くサポートしているが、絶えず緊張を強いられれば疲弊し、いずれミスを犯すだろう。

「総攻撃を仕掛けるつもりなのかな?」

「個人的にはもう少し弱らせたかったみたいな」

「蝋燭は燃え尽きる前に一瞬だけ明るくなるみたいな」

もう少し積極的に攻めるべきだったかと後悔するが、この森に潜んでいる別働隊は二百人しかいない。

親征で殿を務めた時のように襲撃を繰り返しても大した損害は与えられないし、下手をすれば返り討ちに遭ってしまう。

圧倒的な兵力差があるからこそ、交戦をできるだけ避け、敵の継戦能力を奪う方向で作戦を立てたのだが。

「いつものことだけど、思い通りにならないもんだね」

「今こそ敵の指揮官をぶち殺す時だし!」

「部下の白服も一緒にあの世に送ってやるみたいな!」

アリデッドとデネブが機工弓を構える。

「周りの人達に迷惑が掛かっちゃうけど……」

「今は自分が大事だし!」

「他人を気にして自分が倒れたら意味がないし!」

「そんな必死に説得しなくても自分達が一番って気持ちはあるから大丈夫だよ」

クロノはそこまでお人好しではないし、ルーカスを殺さなかったのは帝国軍を賊徒にしないためだ。

帝都に引き上げてくれるのが一番良かったのだが、その可能性が薄いのであれば仕方がない。

「ただ、この状況で殺しても大丈夫かな?」

「その心は?」

「No.2が後を引き継ぐ恐れありみたいな」

アリデッドの問いかけにデネブが答える。

ムッとしたような表情を浮かべたのは姉としての威厳を保ちたかったからだろう。

「第八近衛騎士団に引き継がせるのはね」

クロノは深々と溜息を吐いた。

第八近衛騎士団はトレイス男爵が無防守を宣言し、帝国に対して恭順の意思を示したにもかかわらず、一つの村を滅ぼしている。

そんな輩が軍団長になれば帝国軍は盗賊団になってしまうに違いない。

「でも、そんなの試してみないと分からないし」

「そうは言うけど、試して失敗したら目も当てられないみたいな」

む、とアリデッドとデネブは顔を見合わせた。

「だったら、数を減らしておくのも手みたいな」

「候補は少ないほど良いみたいな」

アリデッドとデネブは再び顔を見合わせ、意見が一致したのが嬉しいのか、だらしなく相好を崩した。

クロノはポーチから通信用マジックアイテムを取り出し、アリデッドに渡した。

「おお、クロノ様が覚悟を決めたみたいな」

「必ず戻ってくるって約束してみたいな」

「戻ってくるつもりだけど、約束するのはちょっと」

刻印術を使えば並の兵士に遅れを取らないが、できるだけ験を担ぎたい。

必ず帰ってくるなんて死亡フラグ臭がぷんぷんする。

「この子のために帰ってきてみたいな!」

「男の子ならクロード、女の子ならエルアにするし」

「このタイミングで縁起でもないことを」

いよいよ、必ず帰ってくると約束できなくなった。

「本当に妊娠してる訳じゃないよね?」

「そこは残念ながら」

「子どもはできる時にはできるし、できない時にはできないみたいな」

死亡フラグは立ってないな、とクロノは胸を撫で下ろした。

「それで、この通信用マジックアイテムをどうやって使えば良いみたいな?」

「叫び声のレパートリーはまだ増えてないみたいな」

「僕達の狙いが近衛騎士団ってことや目的について話しかけてくれれば良いよ」

むぅ、と二人は不満そうに下唇を突き出した。

「一般兵が助けに来ないと思い込んで背中から刺されそうな予感がするし」

「一般兵が助けに来ないと考えるのは厳しそうだと思ったり」

「だから、一当たりして退却する。アリデッドはアナウンス、デネブは弓兵を率いて、援護と一般兵の足止めをすると」

第一目的は近衛騎士の数を減らすこと、第二目的は近衛騎士団と一般兵の溝を深めることだ。

信用されていなければルーカスを殺してもそのまま従うことはないだろう。

「……そうだ」

「おお、クロノ様が悪魔的閃きを!」

「……アリデッド」

「耳を貸せというジェスチャーみたいな。けど、悪戯は駄目絶対」

クロノが指で招くと、アリデッドは耳を近づけてきた。

はむ、と甘噛みしてみる。

「――ッ!」

アリデッドは顔を真っ赤にして跳び退った。

「悪戯は駄目絶対って言ったばかりだし」

「ボケを期待されてると思ったんだよ」

「期待なんてしてないし!」

「じゃ、改めて」

「悪戯は駄目絶対みたいな」

アリデッドは素直に耳を近づけた。

悪戯したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。

「実は……」

「なるほどみたいな」

「内緒話はしなくても良いと思うし」

デネブの突っ込みはもっともだが、こういうのは雰囲気が大事なのだ。

雰囲気に酔って、少しでもテンションを上げておかなければ竦んでしまう。

「分かった?」

「任せてみたいな」

アリデッドはクロノから離れ、ドンと胸を叩いた。

クロノはポーチから通信用マジックアイテムを取り出した。

「次はタイガに連絡だ。こちらクロノ、応答願います」

『こちらはタイガでござる』(がう)

「第八近衛騎士団を襲撃する。流れとしては……」

『了解でござる』(がう)

クロノは通信用マジックアイテムをポーチにしまった。

「移動する」

部下を率いて森の中を移動し、茂みに身を隠す。

「こうしてると昔を思い出すみたいな」

「何故だか、死にそうになった思い出が次々と甦ってくるし」

「縁起でもないことを」

今回は死にそうな目に遭いませんように、とクロノは大して信じてもいない神に祈りを捧げる。

「あたしらの攻撃に合わせて突撃でOK?」

「任せるよ」

クロノは立ち上がり、部下達に向き直った。

黒豹の獣人――エッジは歩み出るとクロノに敬礼した。

『クロノ様、一緒に戦えて光栄です』(ぐるる)

「できればもっと楽な仕事が良かったけどね」

『我々に楽な仕事はありません』(がう)

クロノが苦笑すると、笑っているつもりか、エッジはわずかに口角を吊り上げた。

目を細めれば愛嬌があるように見えなくもない。

「行くよ」

エッジ達が頷き、クロノは駆け出した。

街道に向かって走りながら親征で夜襲を行った時のことを思い出した。

あの時は先頭を走っていたのに追い抜かれてしまった。

別に追い抜かれるのは構わないのだが――。

「今の僕には刻印がある!」

漆黒の光が蛮族の戦化粧のように体を彩る。

クロノは刻印の力で加速、みるみる内に街道が近づいてくる。

「とぅッ!」

「あああああッ!」

クロノが大地を蹴って跳んだその時、悲鳴が上がった。

次の瞬間、視界が赤く染まった。

「うぉぉぉぉッ!」

クロノは着地に失敗して地面を転がった。

爆発音が鳴り響き、火柱が次々と立ち上がった。

どうやら、刻印術を使ったせいでタイミングが合わなくなったようだ。

「反乱軍の襲撃だ!」

「敵は一人だ!」

「囲め囲めッ!」

近衛騎士が天幕から飛び出してきたが、連日の襲撃で気が緩んでいるのか、その数は驚くほど少ない。

クロノは鞘から剣を抜きながら突進、すぐ近くにいた近衛騎士を斬り捨てる。

「こいつ!」

近衛騎士が剣を振り下ろすが、しばらく鍛錬を怠っていたのか、その動きはぎこちない。

クロノは攻撃を躱し、背中から斬りつける。

「こ、この卑怯者め!」

「そっちも大概でしょ?」

横に避けると、目の前を剣が通り過ぎた。

長剣を振るのは厳しいか、とクロノは短剣を引き抜き、体勢を崩した近衛騎士の腹部に突き立てた。

柄を捻りながら短剣を引き抜くと、近衛騎士はその場に頽れた。

「どうした! この腰抜け――」

「敵は一人だぁぁぁぁッ!」

「一人だってふざけやがって!」

「殺せ殺せ!」

「殺して下さいって言うまで痛めつけてやる!」

生き残っていた近衛騎士が大声で叫び、天幕から近衛騎士がわらわらと出てきた。

少なく見積もっても百人はいるだろうか。

「ぶっ殺してやる!」

近衛騎士がこちらに向かって押し寄せる。

クロノは刻印術で影を実体化、先頭に立つ近衛騎士達の足に絡み付かせた。

「う、うおッ!」

「な、なんだ!」

「立ち止まるな!」

先頭に立っていた近衛騎士達が倒れ、後続の者達が巻き込まれる。

『突撃ッ!』(がうッ!)

『突撃でござるッ!』(ぐるるッ!)

タイミングを見計らっていたようにエッジとタイガに率いられた獣人が左右から襲い掛かる。

倒れていた近衛騎士はもちろんのこと、そうでない者も簡単に討ち取られていく。

「兵士ども! 俺達を――」

『テステス、こちら通信用マジックアイテムのテスト中みたいな!』

近衛騎士の言葉をアリデッドが遮った。

『現在、我々は近衛騎士団を攻撃中みたいな。一般兵には攻撃をしないので、安心して欲しいし』

背後から爆音が響く。

『あたしら皇軍の目的は正統な皇位継承者による治世みたいな。姫様の下では貴族も、平民も、亜人も、異民族も、奴隷も等しく価値を持つみたいな』

「貴族と奴隷が同等だと? ふざけるな!」

『姫様は臣民が政治に関われる制度を考えてるし。あたしらは偽の皇帝を廃し、皇位を正統な後継者の手に取り戻すことを目指しているみたいな」

近衛騎士は叫んだが、アリデッドの言葉は止まらない。

『つまり、偽の皇帝とその取り巻きが敵で、それ以外は敵じゃないみたいな。ただ、こっちも殺されるわけにはいかないから、そこはご了承頂きたいみたいな』

「一般兵は……まさか、裏切ったのか?」

近衛騎士は呆然とした表情を浮かべたが、一般兵は攻撃を受けているから駆けつけられないだけだ。

もちろん、それを説明してやる義理はないが。

『ここで豆知識みたいな。軍団の指揮官は皇帝が任命するから簡単に引き継ぎはできないみたいな。今の指揮官が死んでも指揮権を引き継ぐ優先順位が決まってるから、自称・指揮官に従ったら死刑みたいな』

「敵は近衛騎士だけだ! 駆け抜けろ!」

『オーーーーッ!』

クロノが叫ぶと、部下達は雄叫びを上げた。

『拙者に続くでござる!』(ぐる!)

タイガが近衛騎士達に突っ込んでいく。

「たかが獣人一匹!」

「近衛騎士を舐めるなッ!」

「毛皮を壁に飾ってやる!」

『貧弱でござる!』(ぐる!)

三人の近衛騎士が剣を振り下ろすが、タイガは大剣でそれらを受け止める。

真紅の光がタイガの体を彩る。

『次があるのであれば研鑽を積んでくるでござるよ!』(ぐるる!)

タイガは三人を押し返し、大剣を横に薙ぐ。

近衛騎士の体は分断され、炎に包まれる。

『一気に駆け抜けるでござるッ!』(がうッ!)

『オーーーーッ!』

「お、おー!」

タイガが先陣を切って駆け出し、部下達が雄叫びを上げて続く。

クロノは何となく釈然としない気持ちを抱えながら続いた。

タイガは先頭で大剣を振っていた。

大剣を振るうたびに悲鳴が上がり、近衛騎士が吹き飛んだり、切断された体の一部が宙を舞ったりする。

さらに刻印術の力か、大剣に付与された魔術の力か、それとも両方か、大剣はその軌跡に真紅の残像を残す。

タイガの攻撃を免れた近衛騎士も部下の手によって次々と討ち取られていく。

弓兵の援護も見事なものだった。

挟撃されないように街道に魔術をぶち込み、横合いから襲い掛かろうとする近衛騎士に矢を射かける。

いつの間にかクロノは最後尾から付いていくだけになっていた。

『……クロノ様』(……ぐるる)

「エッジ、どうかした?」

『気持ちは分かりますが、生き急ぎすぎです』(ぐるる)

「ごめん。気を付けるよ」

生き急いでいるつもりはないのだが、取り敢えず謝っておく。

「突撃! 友軍を救出せよ!」

「オーーーーッ!」

前方からルーカスの声が聞こえてきた。

どうやら、騒ぎを聞いて駆けつけたようだ。

『撤退でござる!』(がう!)

前方に火柱が次々と上がり、クロノ達は左右に分かれ、森の中に逃げ込んだ。

火柱が消え、一般兵が森に分け入る。

このまま森の奥に誘導して、と考えたその時、ルーカスが声を張り上げた。

「深追いはするな!」

「チッ、慎重だな」

クロノは吐き捨て、メガネを掛けた。

何と言うことだ、とルーカスは火の手が上がる野営陣地を見つめた。

濃密な血の臭いが漂い、苦痛に喘ぐ声が聞こえる。

ルーカスが足を踏み出す前に年嵩の男が歩み出た。

近衛騎士ではなく、一般兵だ。

軍歴だけは長いと恥ずかしそうにしていたが、部下を纏めるのが上手い。

「軍団長、ここは俺た……我々が先行して被害状況を確認します」

「頼む」

「はっ!」

男はルーカスに敬礼すると、数人の男達と野営陣地に向かった。

「……軍団長」

「無事だったか」

こちらに近づいてきたのはフィリップだった。

軍服は汚れているものの、負傷しているようには見えない。

「何があった?」

「反乱軍の奇襲を受けました」

見れば分かるのだが、フィリップは真剣な表情を浮かべていた。

「反乱軍は――」

「それ以上は必要ない」

ルーカスはフィリップの言葉を遮った。

「傷痍兵を集めろ」

「……まさか」

「傷痍兵は足手纏いだから後方に下げろと言ったのはお前だろうに」

「近衛騎士と一般兵は違います!」

「同じだ。近衛騎士だろうが、一般兵だろうが負傷すれば戦闘能力を損なう」

「後方に下げる決断をしたのは貴方だ!」

「そうだ。お前が提案し、私が決定した。だから、近衛騎士だろうが、一般兵だろうが、負傷した者は後方に下げる」

フィリップは決定を覆す余地があると思っているようだが、同じ対応をしなければルーカスはわずかばかりの信頼を失ってしまう。

「軍団長!」

「戻ったか」

年嵩の男はルーカスに敬礼した。

「被害状況を報告しろ」

「一般兵に被害はありませんでした。それと、輜重隊が帰還しました」

「……無理をさせてしまったようだな」

輜重隊の到着は明日になると思っていたが、かなり無理をさせてしまったようだ。

だが、これで戦える。

「……軍団長」

「なんだ?」

「輜重隊は敵騎兵の襲撃を受け、糧秣の三分の一を失っています」

ルーカスが問いかけると、男は小声で言った。

「輜重隊に被害は?」

「ありません」

「……そうか。ともあれ、糧秣は届いたのだ。今日は多めに食わせてやるとしよう」

「それが良いかと」

年嵩の男は神妙な面持ちで頷いた。

「……つ、疲れた」

クロノはアリデッドとデネブの間に座り込んだ。

「お帰りなさいみたいな。ご飯、お風呂、それとも寝るみたいな?」

「お風呂が良いです」

「真顔で答えられても困るし」

ひとっ風呂浴びてさっぱりしたかったが、戦場では望むべくもない贅沢だ。

「クロノ様、被害は?」

「それが一番大事だし」

「死者、重傷者はなし。軽傷者が数名って所だね」

もっと損害が出ると思っていたのだが、近衛騎士――第八近衛騎士団は想像以上に脆かった。

「タイガが強かったし」

「すぐに空気になったクロノ様が哀れみたいな」

「悪かったね」

タイガがあそこまで刻印術を使いこなせるとは思わなかった。

「僕は刻印術を習得するのに命を懸けたのにな~」

「クロノ様は短期間で刻印を刻んだから死にかけただけみたいな」

「時間を掛ければリスクは少なくて済むし」

クロノはアリデッドとデネブを見つめた。

「……もしかして」

「それは秘密みたいな」

「スーは露店で薬草を売ってるから相談しやすいみたいな」

「それって、どうなの?」

「合法だし」

「脱法でもないし」

アリデッドとデネブはしれっと言った。

「刻印術については後で聞くとして、僕達が戻ってくるまでに変化はあった?」

「輜重隊が戻ってきたみたいな」

「明日だと思っていたのに予想外だし」

「僕もだよ」

クロノは溜息を吐いた。

もう一度くらい輜重隊を襲って糧秣を減らそうと考えていたのだが、思惑通りに進まないものだ。

少量の糧秣は届くようにして徐々に飢えさせ、近衛騎士団と一般兵の仲を拗らせようと考えていたのだが。

「クロノ様、クロノ様」

「どうしたの?」

二の腕を叩かれて隣を見ると、アリデッドは街道を指差していた。

指の先には近衛騎士がいた。

パンを詰まらせたのか、喉を押さえている。

いや、掻き毟っている。

やがて、近衛騎士は泡を吹いて倒れた。

近くにいた近衛騎士が駆け寄り、別の者が喉を掻き毟り、泡を吹いて倒れた。

『クロノ様、こちらタイガでござる』(がう)

くぐもった声が聞こえ、クロノはポーチから通信用マジックアイテムを取り出した。

「どうかした?」

『一般兵が泡を吹いて倒れているでござる』(がう)

「こっちもだよ。引き続き監視を頼む」

『了解でござる』(がう)

「うぉぉぉ、ま、まさか、クロノ様が毒なんて」

「もはや、なりふり構ってないみたいな」

「使ってないから」

帝国軍に体力と気力が残っている内に毒を使うつもりはなかった。

「マズいな」

「毒だし」

「美味しい毒もあるかもみたいな」

「そういうことではなく」

クロノは手を左右に振った。

「誰がやったのか分からないけど、糧秣に毒が混じってる。二人ならどうする?」

「毒物には即効性と遅効性があるし」

「一個一個確かめられないから捨てるしかないみたいな」

「次の糧秣が届くまでに時間が掛かるとなれば?」

「……」

「……」

クロノが問いかけてもアリデッドとデネブは答えなかった。

時間が経てば経つほど消耗していくと分かっているのならば余力がある内に打って出るしかない。

思い通りに事が進まないのは慣れっこだが、第三者に盤をひっくり返されるのは初めてだ。