軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第079話 帰るべき場所

天文学部の受付に軽く会釈をして、顔パスで通り抜けると、おれは学長室に直行した。

なんの変哲もない旧いドアをノックして、ややガタの来ているノブを回して扉を開ける。

オスカーは、机に向かって論文を読んでいた。

誰かが見るに見かねて整理したのか、辺りに積まれていた本は少し減っており、代わりに壁に大きな板が貼り付けられていた。

おそらくコルクボードのような板なのだろうが、そもそも地の部分が見えない。論文だか報告書だかの紙束が、大きなピンで張れるだけ張り付けられている。どうも重要度別に張ってあるっぽい。

「オスカーさん?」

おれが大きめの声量で声を掛けると、オスカーは煩わしげな表情で顔を上げると、おれを見て、

「おおっ、ルシェくんか」

パッと顔色を変えた。

「近くヴァラデウムを発つので、ご挨拶に伺わなければと思いまして」

「そうか……かえすがえすも残念だ。もう一度言うが、君のような人間は、やはり研究に身を捧げるのが合っていると思うがね」

「それは、 大事(だいじ) を成してから考えることにします」

「うむ、何度も引き止めるのもなんだな。最後に、星の話でもしよう。過去の通説をくつがえす、興味深い報告が幾つも上がってきている。君の意見を聞かせてくれ」

「いえ、そう長くは……」

こうなると思った。

「長くはかからん。三つくらいの謎について、まあ直感的に答えてくれればいい」

こう言われると、答えないのも気が引ける。

なんだかんだ言って、オスカーは禁書閲覧に際してすごく協力してくれたしな。

「まあ、それなら……」

「椅子を持ってこっちに来てくれ。まずはこれだ――ああ、どこだったか」

そう言って、オスカーは机の上の書類の山をガサガサと探し始めた。

◇ ◇ ◇

二時間ほど時間が経って、さすがに帰りたいなと思い始めた頃、コンコンッとドアが叩かれ、ガチャっと勝手に開いた。

オスカーは研究に夢中になっているとノックが聞こえないので、勝手に開けるのがこの学部の文化になっている。

姿を表したのは、セリカさんだった。

「オスカーさん、もうお引き止めして三時間になりますよ」

三時間になるのか。

「おおっ、そんなになるか」

オスカーは今気づいたように言った。

これだから、このおっさんは憎めないんだよな。

「そんなに経ちましたか。それでは、この後の予定もあるので、そろそろお暇させていただきます」

おれは席を立った。

「ルシェくん。いつかここに戻ってきなさい。また一緒に宇宙を学べる日を楽しみにしている」

「ええ、オスカーさんも、お体に気をつけて。今のような調子じゃ、そのうち体を壊しますよ」

まあ、元から体が強いから今まで元気なんだろうけど……。

普通なら痩せるか太るかしていそうな生活をしているのに、なんか体はがっしりしているし。

「ああ、そうしよう」

「それじゃ、失礼します」

俺は部屋を去ると、後ろ手にパタンとドアを閉じた。

なんとなくの流れで廊下にセリカさんと二人になり、何を話そうかとわずかに思案しているうちに、セリカさんは歩き出した。玄関まで送る流れだ。

「セリカさん」

おれは思わず声をかけた。

「はい?」

セリカさんは、さらっとなんでもなかったかのように振り返った。

「おれは明日ヴァラデウムを離れるので、オスカーさんにはその御挨拶にきたのです」

「ええ、存じております」

なぜ知っているのだろう。ひとしきり都市を騒がせた問題児がようやく去るということで、巷の噂にでもなっているのだろうか?

「セリカさんとは、お話をしなければいけないと思っていて……」

おれがそう言うと、セリカさんは人差し指をおれの唇に当てた。

「その気持ちは、口になさらないで」

なぜ、と言おうとする唇は、人差し指に塞がれていた。

「心の中に秘めた思い出は、 宇宙(そら) の星のように美しいまま有り続けます。私は星を見るのが好きなのです。ですから、どうかお心はそのままに」

「………」

セリカさんは、すっと人差し指を離すと、再び廊下を歩き始めた。

なんだか、急に子供になった気がした。

セリカさんが歩くにつれ、一歩一歩玄関に近づいてゆく。

おれも、段々と大人になってゆくのだろうか。

セリカさんの言葉の真意を考えながら歩いていると、すぐに玄関についてしまった。

なにか言うべきだろうか。

「それでは、ルシェくん。ご武運をお祈りしています」

そう言って、セリカさんは頭を下げた。

「はい。セリカさんもお元気で」

おれはそう言って、天文学部をあとにした。

◇ ◇ ◇

挨拶周りの最後に、ヘルミーネの研究室にたどり着くと、相変わらずメリーさんが門番のように扉の横に控えていた。

この人は 深洗脳(しんせんのう) で人格が壊れているので、こういった作業が苦にならないらしい。

おれの顔を見ると、ドアをノックして「ルシェ殿がおいでです」と言った。すぐに、

「通りな」

という声が部屋から聞こえてくる。

入ってみると、ヘルミーネは机に向かって書き物をしていた。

「こんばんは」

「なんの用だい?」

「 明日(あす) ヴァラデウムを発つことになったので、暇乞いに参りました」

と、おれはわざと古風な物言いをした。

「そうかい」

「ヘルミーネさんには大変お世話になりましたから、礼を欠くわけにはいきませんので」

「殊勝な心がけだね。ところで、前に言っていたアレはどうなったんだい?」

アレ?

「アレってなんですか」

「霊体に付呪具を組み込むって話だよ」

ああ。

「成功しましたよ。路銀の足しになるかと思って、論文も書きました」

付呪具を組み込むというのは嘘だったが、より高次の概念炉が機能した以上は理論的に動かないはずはない。

おれはバッグから論文を取り出した。二十ページくらいの論文で、そこそこ長いものだ。

「そうかい。仕上がってるなら、あたしが預かって査読にかけておいてやる」

「いいえ」

おれは論文を、そのまま熾火のようになっている暖炉の薪の上に置いた。

炭の間から赤い光を発している薪は、その熱を紙束に移し、論文はたちまち火に巻かれて燃え上がった。

せっかく書いたのにもったいない。

「……どういうことだい。気でもおかしくなったのか」

「いいえ、ちょっと考え方が変わっただけです」

「公開するのが惜しくなったか――考えてみれば、イーリ・サリー・ネルの魔導工房とは競合する仕組みだねえ」

ヘルミーネはこちらを嘲笑するような笑みを浮かべた。

ああ、そういえばそっちの理由もあるか。

「まあ、ちょっとだけ大人の考え方をするようになった、という感じですかね」

「説明しな」

説明せなあかんのか。

「高い確率で副作用が出るんですよ。魔術もロクに使えないような素人が使うと、霊体に強い負荷がかかって、少なくとも寿命を縮める作用がある。さらに悪いことに、この技術は 霊侵術者(サイコマンサー) による外部からの施術で、簡単に霊体に仕込めます」

「いいことじゃないか。皆が使うようになるだろう」

「まあ、そうでしょうね。高価で壊れやすい戦闘用付呪具をわざわざ買わなくても、無限に、しかも携帯の必要もなく使えるようになる技術ができるわけですから」

戦闘用付呪具というものは、そのバカ高いコストから、この世界の戦争においては常に戦力のボトルネックとなってきた。

兵士の命の価値というのは、常に低いものだ。ほとんどの国の指導者は、自国の戦力を高めるために、いくらかの健康リスクなどおかまいなしに施術をしようとするだろう。術理などロクにわからない、励起を受けたばかりの素人に。ひょっとしたら、励起と同時に行おうとするかもしれない。

霊侵術者(サイコマンサー) の労力は必要なので無限にいくらでもとはいかないが、使いたいと思う連中はいくらでもいるはずだ。下手をすると、あっという間に人類世界に広がってしまってもおかしくない。

自分で言うのもなんだが、なかなか恐ろしい技術である。

論文はキェルが目覚めるのを待ちながら、スキマ時間の内職感覚で書いたものだったが、寝ているキェルの顔を眺めながら少し想像を働かせてみると……こりゃ知ったらめちゃくちゃキレるだろうな、と簡単に想像できてしまって、なんだか嫌な気分になった。

……宗旨替えしたつもりはないが、きっと燃やしてしまって良かったのだろう。

「…… 日和(ひよ) ったかい。つまらない人間になったねえ」

「そうかもしれませんね。まあ、自ら発明者として汚名を残すこともないかと」

金はいくらあっても困ることはないといっても、現状なくて困っているわけでもない。

「でも、ヘルミーネさんが自分の名で公開する分には、構いませんよ。おれの置き土産と思って、アイデアはご自由にお使いください」

成功したことが分かっている論文を書き直すことなんて、ヘルミーネなら朝飯前だ。人体実験も追加すれば、さっき燃やしたものとは比較にならないほど立派な論文を書くことができる。それこそ、ヘルミーネは後世に名を残せるはずだ。

「……そうかい。まあ、考えておこう」

「ところで、ベレッタの件はどうなっています?」

ベレッタは自分からは進捗を話さないので、出発する前に聞いておきたかった。

「そっちかい。まぁ……どうだかねぇ……どうも屍操族の霊能は、我々のような 霊侵術者(サイコマンサー) のそれとはかなり違うようだね。侵入腕が屍体の操作……というより、霊体の抜け殻を自分の影響下に置くことに特化していて、かなり異質な形状をしている。我々がやっているように、生きてる人間に対して使うと――あまり上手くいかないようだ」

「……そうなんですか」

やっぱりかなり特殊なんだな。そりゃ、屍体を操れるくらいだし、当然っちゃ当然だが。

「ただ、あの娘が治療したいのは――惚れた相手を殺したくなるっていう、厄介な性格のほうだからね。そっちを変えるのは、上手くいくかもしれない」

「人格が激変してしまう可能性は?」

「そりゃあ、影響は避けられないだろ。人格に深く根付いた本能のようなものをひっぺがすんだから」

やっぱり、そっちに影響が出るのか……。

「アハッ」

ヘルミーネは突然笑った。

「なんだい、その顔は。性格が少し変わるくらい、大したことじゃないだろ」

「大したことでしょう。そこは、安易にいじってはいけない神聖な部分だと思います」

「いいや、違うね。人間の性格なんて、日々変わっていくのが当たり前なんだ。ぼうやだってそうさ」

「そうですか?」

おれの性格は、ヘルミーネと最初に会った頃から変わっていない。おれはおれのままだ。

イーリに言われるならまだしも、ヘルミーネに論じることができるものか。

「この都市に来た時のぼうやだったら、さっきの論文を迷わずあたしに預けただろうよ。発明者の責任なんて、論文に注意書きを一筆書いておけば済むことだ。それでも無茶をして命を縮めるなら、そんなのはそいつらの自己責任だろう」

おれは思わず顔をしかめた。まさにおれが言いそうなことだ。

というか、今もそう思っている考えをそのまんま引っ張り出して、テーブルの上に並べたようにその通りだった。

「人間ってのは、そうやって性分を変えながら生きていくものなのさ。あの娘だって、自分が豹変してしまったら元も子もないことは分かっている。核心の部分は保護しながら、上手いことやるだろうさ」

「……ですかね」

「全部、ぼうやの気持ち次第なんだよ。あの娘はいい子だ。大切にしてやるんだね」

「はい」

おれは席を立った。

もう十分挨拶は済ませた。

「それでは、失礼します。ヘルミーネさんも健康に気をつけてくださいね。毎日深夜まで研究ではお体に障りますよ」

「大きな世話だ。あたしゃ、研究と心中できるなら本望なんでね」

「フッ……それでは、失礼します」

これだから研究者って人種は嫌いになれない。

おれはそう思いながら、ヘルミーネの研究室を後にした。

◇ ◇ ◇

翌日、朝からヴァラデウムを離れ、一度牧場で馬と馬具を調達すると、ヴァラデウムに戻って荷造りをはじめた。

といっても、昨日ある程度済ませておいたので、あとは馬具に乗らない分を処分するだけの作業だ。

それもすぐに終わり、ここに初めて来た時にたどり着いた市門を、今度は離れるためにくぐった。

「ベレッタ」

人通りの邪魔にならないよう、少し離れた城壁の下で、道中沈黙したまま何も話さなかったベレッタの手を握った。

氷のように冷たくなっていた。

「きっと上手くいく。なにも心配ない」

「駄目だよ……」

「駄目じゃない」

おれはベレッタの手を、体温を移すように強く握った。

「私、今もルシェのこと殺したくなっちゃってる……お別れなんだって思うたびに、その考えが強くなっていくの。ここで逃がしていいのか、って」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない。朝に発作が来て、それが収まったあと、待ち合わせのギリギリまで武器を置いていくか葛藤してた。今は、なにも持っていないから戦えないだけ。きっと……武器を持ってたら殺そうとしてた」

「武器を置いてきただけ偉いじゃん」

おれはベレッタを抱き寄せて頭を撫でた。

「偉くないよ……もうやだ、こんな人生。ルシェがいなくなったら、きっと生きていけない」

「生きていけるよ。一度離れれば、少しは気持ちが楽になるはずだ」

「楽になりたくないの。行かないで……ずっとここにいて」

それは、ベレッタがずっと口にしないよう我慢していた言葉だったのだろう。

しかし、おれは行かなければならない。

「大丈夫だ」

おれはベレッタの頭を離すと、ポケットからチェーンのついたペンダントを取り出した。

「なに?」

「あげる」

ベレッタの手のひらに握らせる。

ペンダントは飾り気がないもので、少し大きなコインに穴が空いたような環になっている。そっけないものだ。

「これを自分だと思って大切にしてって?」

「いや、違うよ。魔力を通してみて?」

「……うん」

言われた通りにベレッタが魔力を通すと、吊るしたチェーンの先のペンダントが同心円状に三つの環に分かれた。

その環は角度をつけて止まり、上から見ると三本の線が交差したような形状になる。この環は、信号をキャッチするレーダーの役割を持っている。

それから、くるりと勝手に回転し、外周に配された赤い宝石が溝に沿って動くと、ぴたりとおれのポケットを指した。

おれはポケットから青い宝石のついた同じペンダントを取り出すと、左右に振ってみせた。赤い宝石は、こちらのペンダントを追従するようにゆらゆらと動いている。

「……ルシェがどこにいても、居場所が分かるってこと?」

「うん。別れたあと会いにこれないと困ると思ってさ」

「うれしい……」

ベレッタは、ペンダントを宝物のように抱いた。

わざわざクラエスの設備を借りて作った甲斐があったな。

「どういう仕組みなの? ずっと使ってたら壊れちゃう?」

「一万回くらいは動くだろうけど、毎日何時間もは使わないほうがいいかな。仕組みは、カラバエン・ストーンを使ってる」

「えっ、あの高いやつ?」

「うん」

カラバエン・ストーンはカラバエンという海獣類が体内に生成する石だ。

この海獣はつがいが成立した時にペアリングという行為をし、それ以降は石を使ってお互いの位置を把握しあい、繁殖期になると遠く離れたつがいと合流する習性がある。

カラバエン自体が絶滅に瀕した動物なので、ペアリングが成立した石は非常に高値で取引される。ただ、石をそのまま使っただけではせいぜい数十キロの探知範囲しかないので、レーダーの役割をする付呪具で探知距離を十倍くらい伸ばしておいた。

「ありがとう……絶対に会いに行くね」

「うん」

「ルシェも頑張ってね。イーリさんによろしく」

「うん、伝えとくよ」

っていうか、エレミアがチクったのか、イーリはベレッタの存在を既に知っていて、詰問に近い手紙が既に来ているのだが……。

「それじゃ、そろそろ出発する?」

「いや……一応、人を待ってるんだけどな」

「誰? 私の知ってる人?」

「うん」

と言ったとき、空からなにかが降ってきた。

三メートルほどの近くに、すとんと着地する。

こういった風魔法は、着地の際に周囲に強い暴風を起こしてしまうものなのだが、その術者は非常にエレガントに着地して、そよ風を感じたくらいだった。

エレミアだ。

「すまんな。どうしても挨拶せねばならん重役が、突然やって来やがって……」

どうやら仕事で遅れたようだ。

エレミアのところにも挨拶にいこうと思っていたのだが、見送ると秘書伝いに言われたので、それに合わせて出発の時間を調整したのだった。

「べつに構いませんよ。そんなに待ちませんでしたし」

「そう言ってもらえると助かる」

「それに、頭を下げるのはこちらのほうです。考えてみればエレミアさんには世話になりっぱなしでした」

おれはペコリと礼をした。

「大爆発の件でも、禁書の件でも。大変お世話になりました。ありがとうございました」

たっぷりと時間を掛けて頭を下げたあと、顔を上げると、エレミアは苦笑いしていた。

「最初は殺されかけたしな」

「黒歴史を掘り起こさないでください」

あれは今考えても恥ずかしい。

「なにも問題はないさ。ここは学究都市ヴァラデウムだ。お前のような天才は、どんな事情があったとしても、問題があったとしても、ここでは歓迎される。そうあるべきだし、俺もお前が来てくれてよかったと思っている」

「ええ、ここはまあ、おれのような者にとっては生きやすいところでした」

「そうだろう。お前が望むなら、ここに残ってもいい。ゆくゆくは、俺の跡を継いで学長にだってなれるだろう」

そう言ったエレミアの目は、世辞ではなく本気でそう思っている目をしていた。

意外だった。てっきり、出ていってもらいたがっているものだとばかり……。

「せっかくですが、やめておきます」

「まあ、そうだろうな。イーリを助けるのがお前の望みだ」

「それもそうですが、ゲオルグが末期の際に言っていたんですよ」

「……なんと言っていた?」

「お前は人に使われるようにはなるな、と。大きな力を持つものは、周りの者を力に溺れさせるから」

おれがこれ以上この街に居続けると、他の研究者に悪い影響を与える気がする。

その言葉を聞くと、エレミアは一瞬懐かしむような顔をしたあと、フッ、と笑った。

「あいつが言いそうなことだ。若い頃に散々な目に遭ったそうだからな」

「らしいですね。詳しくは聞いていませんが」

「俺も聞いていない。その頃の話はしたがらなかった」

「そうですね。何があったんだか……」

エレミアとおれの間に、共通の知己を持つ男の空気が流れた。

「それでは、そろそろ発ちます。お見送りありがとうございました」

「待て。これをイーリに渡しておいてくれ」

エレミアは、細い筒を渡してきた。通常、 付呪紙(スクロール) を入れて運ぶために使われる筒だ。勝手に開けられないように、封印が施されている。

まあ、これくらいなら荷物にはならないだろう。おれは筒を受け取ると、馬具に乗せてあるバッグに詰めた。

「それでは」

「ルシェ」

ベレッタが声をかけてくる。両手を前に広げている。

おれはベレッタに近づいて、最後に抱きしめた。

このまま連れて行ってしまおうかという考えが頭をよぎり、風に吹き消されるように消えた。

これ以上いると、心が引かれてしまう。おれは抱擁を解くと、

「じゃあ、また」

小さく言葉を残して、勢いをつけて馬に乗った。

第二部 完