軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第040話 ヘルミーネの研究室

夜九時のアポイントメントで霊魂学部に行くと、さすがにその時間になると人が減るのか、昼間と比べてがらんとしていた。

中に入ると、既に施設の受付カウンターには誰もいない。

昼間に言われた通り、勝手に入って階段を上がっていった。明かりの漏れたドアのそばに、一人の女性が立っている。昼間会ってアポイントメントを取ってくれた、ヘルミーネ氏の秘書さんだ。

おれが近づくと、

「お待ちしておりました」

と言い、機械的にドアに近づきコンコン、とノックをした。

「何用だ?」

ドアの向こうから女の声がする。声は若くなかった。

「アポイントメントのお客様です」

「こんな時間に入れるな。帰ってもらえ」

はあ?

いやいや……帰ってもらえって。この時間に来いといったのはそっちなのだが。

「学長の紹介状を持っておりました。以前申し付けられました例外条件に一致しましたので、予定に入れさせていただきました」

「………」

扉の向こうの声は、しばらく沈黙していた。

ややあって、

「入れ。手短にな」

と声がした。

「失礼します」

部屋に入ると、ごちゃごちゃと物が散乱した部屋は、まるでおとぎ話の悪い魔女の部屋のようだった。

ていうか、ヘルミーネ当人であろう目の前にいる女性が、かなり悪い魔女のような見た目をしていた。年齢は……おそらく、四十代だろう。天然なのか、染めているのか、紫色の髪の毛をしている。

しわくちゃの婆さんではなく、肌には気を使っているのか若々しくはあるのだが……うーん、なんだか怖い感じだ。

あっちの世界では美魔女という、一定の年齢層の女性をオブラートに包み込むための言葉があったが、この人に当てはめるとぴったりかもしれない。実際魔女だし。

「なんだ、とんだ子供じゃないか」

「はい。子供ですが、いけませんか?」

ていうか、なにやってんだこの人は。

大仰な椅子に座ったまま、すぐ横の座椅子に座った女性の頭に手を置いている。まさか霊体侵入をしているのか。

「まぁ、べつに構わないがね。この業界、若くても優秀なのはいくらでもいる」

「ところで、そちらの女性は?」

「ああ、 深洗脳(しんせんのう) 中だ。未熟な弟子の一人が壊しちまったんで、直してるんだよ。すぐに済むから黙って座ってな」

深洗脳……?

深洗脳というのは、霊魂の中枢、人格の根源を思い通りに改造するような技術だ。なんというか、公にはされない非人道的な闇の技術のようなイメージがある。

つまり、ヘルミーネがやっているのは精神の殺人に等しい行為ということになる。修復だと言っているので殺人というのは違うのかもしれないが、生徒が壊したのなら生徒が殺したということになるだろう。

ヴァラデウムというのは、そんな後ろ暗い実験がおおっぴらに行われているマッドな都市なのだろうか。

べつにやっていても構いやしないが、そういうのはもっと後ろ暗い、地下教団みたいな人たちがコソコソとやっているイメージでいた。

「終わった」ヘルミーネは、女性の頭から手を離した。「チュナ、お客と私にお茶を淹れてきなさい」

「はい」

おれは一瞬、チュナというのはアポを取ってくれた秘書さんのことなのかと思った。

しかし、立ったのは先程まで深洗脳をされていた女性だった。座椅子からすっくと立ち上がると、おれのほうに早足で向かってきた。

一応こっちは客なのに避けようともしない。衝突するような勢いで近寄って来ると、突然立ち止まって表情を豹変させた。

はっ?

俺が疑問を声にする前に、いきなり殴りかかってきた。

まったく訓練されていない、なんというか女の子の喧嘩のような殴り方だったので、おれは軽く避けると足払いをして転ばせた。

「あー……そうなってしまうかい。ついでに無力化してしまっておくれ」

他人事のように言われる。

おれは言われたとおり、手の中で魔術を編み、起き上がろうとする女性に触れて高電圧・低電流の電撃を食らわせた。

バチバチバチッ、と激しい音がする。手を離すと、体中の筋肉が痙攣して地面の上でビクビクと震えていた。これでしばらくは立てないだろう。

「これでいいですか?」

「ああ」

ヘルミーネは、のんびりとした歩みでこちらに寄ってくると、しゃがみこんで痙攣するチュナの頭に手を添えた。

しばらくすると、チュナの全身が脱力して失神した。筋肉は反射で軽い痙攣を引きずっているが、兎にも角にもおとなしくはなった。

「メリー、お客と私にお茶を淹れておくれ」

「かしこまりました」

後ろにいた秘書の女性が、何事もなかったかのような声で言って、部屋を出ていった。こっちはメリーというらしい。

「一体、どういうことなんです? この人の人格を深洗脳で壊したんですか?」

「ぼうやはこの都市に来るのは初めてかい」

ぼうやて。

「……まあ、初めてですけど」

「この女は死刑囚だよ。男に乱暴された 心的外傷(トラウマ) があって、男性全般に対して病的な憎悪を抱え込んでいる。 夜鷹(よたか) のふりをして、部屋に連れ込んだ男を十二人も殺した。ここでこうしているのは死刑の代わりで、先程の凶暴性は元の気質に由来するものだ……以上の説明で理解したかい」

ああ、そういうこと。

もともとそういう異常性のある人で、おれを見た瞬間に激高したように襲ってきたのは、それが極端に現れた結果、みたいな話なのか。

「でも……由来するものといっても、本当ならもうすこし理性的に振る舞うものでは……? その、人間らしく、というか」

そういう計画殺人の知能犯なら、もうちょっと、なんというか……男性全般に対して常に殺したいほどの殺意を抱いているにしても、他人の目がある場面では平静を装う程度のことはしていたはずだ。通りに出て誰彼構わず男を刺して回ったというわけではないのだから。

「洗脳について、なにかの本でも読んだのかい」

「まあ、そうです」

「なら、そこに書いてなかったか? 深洗脳による人格改造は大変な作業なんだ。人間らしさが綺麗に残った人形を作ろうとしたら、数年がかりの大仕事だよ。とてもじゃないが、たかが実験体のためにそんな丁寧な仕事はしていられない。そもそも、人間らしさが残っているほうがまずい。逃げ出して犯罪でもされたら、あたしの責任問題になるからね」

そりゃそうか。

「だが、この人形を私の本気の作品だと思われちゃ困る。私の作品は、今茶を汲みにいっている」

えっ、あれがそうなのか。

「彼女も……?」

「そうだ。まあ、やはり元々は死刑囚だから、元来の気質に問題があって、理想的な改造とはいかなかったがね……手錠や足かせをつけずとも秘書の仕事が務まる程度には、思考の機能を残すことに成功した」

このヘルミーネという人は 霊侵術(サイコマンシー) をやっていて、しかも霊魂学部の 長(おさ) を務めているのだから、おそらくは当代一の術師と言っても過言ではないレベルの凄腕なのだろう。

それでも、先程”本気の作品”と言っていた秘書の女性は、人間らしい振る舞いができていたとは言いがたかった。情緒とか感情の起伏のようなものが大幅に失われていた印象がある。

深洗脳(しんせんのう) って、もっと自由に人格を改造できる技術かと思っていた。理性も、好悪の感情も、一から思い通りに設計して自由自在に作り直してしまえるような。

イメージでいえば、究極に発展した脳手術のように、シナプスの一本一本まで精密に把握された完全な脳地図の中に、ミクロのカテーテルを差し込んで、狙ったところわずかにいじって人格を思い通りにする……みたいな精密な作業かと思っていた。

ところが実物を見てみると、切り開いた脳に割り箸を突っ込んで、他の部分もめちゃくちゃに破壊しながら人格を変えるような乱暴な技術に思える。

本に出てきた過去の 霊侵術師(サイコマンサー) がやった深洗脳だと、ふるまいは人間とまったく変わらず、好悪の感情だけを精妙に操作されたような描写のされかただったけどな……。

まあ、秘書として大っぴらに使っているということは、メリーと呼ばれていた先程の人も元々は死刑囚なのだろうし、精神的にまったく問題がない一般人を洗脳するのとでは話が違うのかもしれないが……。

そんなことを考えていると、カチャリとドアが開いた。

「お茶をお持ちしました」

機械的に言うと、ドアに近かったおれにソーサーつきのカップを渡して、ついでヘルミーネの前に置いた。

そして下がると、ドアの近くに控えるように立った。

「座りな」

カップを持ちながら手持ち無沙汰に突っ立っていたおれは、部屋の端に寄せてある来客用らしき軽椅子を話しやすい場所に移動させて、そこに座った。

「まあ、その歳で雷術が使えるくらいだから、エレミアの小僧が送ってよこしたのは納得できたよ……それで、なにを聞きにきたんだい」

ヘルミーネはのんびりとお茶を飲みながら言う。

「そうでした、実は、 不死業(ふしごう) について調べている最中でして、助言をいただけないかと」

「 不死業(ふしごう) ? その歳で 不死化(イモータライズ) に興味があるわけでもないだろう。健康そうに見えるが、死病でも患っているのかい」

「いいえ、イーリ・サリー・ネルという人が実験の事故から霊体にひどい 疵(きず) を受けてしまって、それが、まあ 不死業(ふしごう) を帯びたのと似たような状態なんです」

おれがそう言うと、ヘルミーネは少し驚いたような表情をした。

「イーリって、あの子がかい。へえ、そうかい……そりゃまた、大変なことになったねえ」

「それで、 不死業(ふしごう) を取り除く方法を調べているんです」

「アハハッ」

ヘルミーネは突然笑い出した。

「そりゃあ無理だ。ぼうやは実際に見たんだろ? あれは 霊侵術(サイコマンシー) では手の施しようがない。霊体の 疵(きず) をくっつけて治すことはできるが、どんどん増えちまうから意味がないんだ。結構な腕前の術者が一年つきっきりで頑張ったって、寿命は一日伸びるかどうかってところだよ。肉体の乗り移りなしで 不死業(ふしごう) を帯びてしまったのなら、短い余生を魔法を使えないただの人間として生きるのが一番だ」

やっぱり、そういう結論になるのか。

「それでも、おれはどうにかしたいと考えているんです。これから研究を始めるつもりなので、なにか参考になる書籍などに心当たりはありませんか?」

「参考もなにも、ぼうやには霊能は備わっているのかい」

「いえ、まったくありません」

霊能というのは、 霊侵術(サイコマンシー) を行う素養のことをいう。

これは単純に1か0かという話ではなく、霊能アリの中でもかなり素養に幅があるらしい。実用できるレベルまで至るかを度外視して、存在の有無だけを調査すると、実は四割くらいの人に備わっているらしいのだが、おれには全く備わっていない。完全なるゼロ、無能力者なのでどうしようもない。

「なら、そもそも研究のしようがないじゃないか」

「イーリの近くには 霊侵術師(サイコマンサー) がいます。なにか解決法が見つかったら、彼女に頼むつもりです」

「ああ、そうか。そういえば、ネリスは彼女の知己だったね」

ネリス……?

突然言われたので誰のことか思い出せなかったが、すぐに記憶がつながった。

ネイの母親のことだ。最初の文字が同じなのだ。

「ネリスさんは、ミールーンが滅びた際の撤退戦で亡くなったと聞いています。その娘です」

考えてみたら、このおば、じゃなかったヘルミーネは、ネイの母親と同年代でもおかしくはないのか。

一六歳の子供がいると言われても、まあそんなに不思議とは思わない。

「そうかい……ネリスは死んだかい」

ヘルミーネは、ネイの母親の知り合いだったのか、一瞬物憂げな表情をした。

考えてみれば、ここに留学していたとしたら同じ学部だったはずだ。 付呪(エンチャント) が専門だったイーリは違うだろうけど……。

「……まあ、 不死業(ふしごう) になってしまったんじゃ、どちらにせよ望みはない。諦めたほうがいいね」

どいつもこいつも、諦めろ諦めろとばかり言ってくるな。

諦めない、って言ってるのに。

「ヘルミーネさん、研究者ってのは、未知に挑むから研究者っていうんじゃないんですか?」

そう挑発するように言うと、ヘルミーネは興味を惹かれたようにおれを見た。

「未知というのは未だ誰も知らないから未知という。元から誰も知らないものに挑戦するのに、誰かに無理といわれたから諦めるなんて、能無しのすることだ。諦めるのは徹底的に調べて研究し尽くして、おれ自身が諦めたときです。本物の――誰かの後追いじゃない研究者ってのは、元よりそういうものじゃありませんか?」

「……ふん、生意気なぼうやだね」

そうは言ったが、ヘルミーネの表情は不快そうではなかった。

「困難なことは初めから解っているんです。無理だとおっしゃるなら、せめて諦めるべき理由を説明してほしい」

おれがそう付け加えると、ヘルミーネはお茶を一口すすって、ため息をついた。

「……それじゃ、ぼうやの男気に免じて話してやろう。大した話ではないがね」

そう前置いてから、ヘルミーネは話し始めた。

「ぼうやも名前くらいは聞いたことがあるのかもしれないが……昔、このヴァラデウムにセプリグス・サイゼンタという 霊侵術師(サイコマンサー) がいた。悔しいが、そいつは 霊侵術(サイコマンシー) においては天才中の天才でね。その腕前ときたら、当時の術師たちが神の腕と表現するほどだった。最盛期には、両腕から二つ侵入腕を伸ばして、倍の速度で施術していたっていうんだから恐れ入る――ああ、これはぼうやには理解できない感覚だろうがね」

理解はできなくても知識はある。侵入腕というのは 霊侵術(サイコマンシー) で使われる用語で、他人の霊体内に入れる架空の腕のことだ。

どうやらこれは個人によって違うようなのだが、ネイの侵入腕はもちろん一本で、細い触手の先っぽがほぐれた繊維のように分かれ、それぞれがウゾウゾと動いているような感覚だった。

普通は、そういう一本の侵入腕に全神経を集中させて仕事をするのが当たり前なのだろう。

「セプリグスは、技術的な腕前だけでなく、こっちのほうもとびきりの出来でね」ヘルミーネは、自分の頭をコツコツと人差し指で叩きながら言った。「優れた著作や論文を山のように遺した。彼の研究は、現在にまで繋がっ て本流を(スタンダード) 為している。まあ、それで、晩年になると――当時の類に漏れず、延命法の研究を始めたわけだ。しかし、二十年を費やしても結局セプリグスは失敗した。今生きていないんだから、当たり前だがね」

「……なるほど」

「奴は、ここ四百年の 霊侵術(サイコマンシー) の世界では、間違いなく一番の人間だ。それで、現在では偉大なセプリグス様がやって無理だったんだから、誰がやったって無理、という論調になっているのさ。また新たな大天才が現れたら挑戦を引き継ぐんだろうがね……あたしの知ってることといえば、それくらいだ。調べるなら、セプリグスの研究を一通り調べてみるんだね。霊能がないんじゃ、やりがいもないだろうが」

「……そうですか。まあ、頑張ってみます。取り組んでみないことには、諦めがつかないので」

さらさら諦める気などないが、この程度に言っておいたほうがヘルミーネの溜飲も下がるだろう。

「じゃあ、もう行きな。子供は寝る時間だよ」

「はい。それじゃ、失礼します。貴重なお時間をありがとうございました」

ぺこりと頭を下げると、ヘルミーネは手をはためかせて追い払うような仕草をした。

おれは席を立つと、部屋を去った。