軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第014話 アリシア

「どうも、アリシア・ラクレンといいます。よろしくお願いします」

玄関に訪ねてきた少女がぺこりと頭を下げた。

ドアを開いたままのゲオルグは、

「あんたは、酒場のところの娘じゃないのか」

と言った。おそらく村長が家事手伝いの募集に応じて送って寄越したのであろう少女は、見覚えがあった。

村に一軒だけある酒場で飲んでいた際、給仕をしていたのを見た覚えがある。

「あれは忙しい時、たまに手伝いをしているだけです。本当はもっと手伝いたいんですけど、父があまりいい顔をしないので」

「あぁ……なるほどな」

あの無愛想な親父はなかなか娘のことを考えているようだ。若い娘をガラの悪い酒場で働かせたくないので、外に働きに出しているのだろう。

器量よしの看板娘といえば聞こえはいいが、あんな酒場の看板娘など悪い虫の誘引剤のようなものだ。村長のところに働きに出したのは正解である。

「間違っていたらすみません、ゲオルグさん……でよろしかったですよね?」

「ああ、そうだ」

「父があなたのことを覚えていて、とても紳士なので男性があなただけなら働いてもいいと言われたのですが、確か女性と暮らしているのでしたよね」

「いいや、もう一人男がいる。小さい子供だがな」

「小さい子供……えっと、ご夫婦で引っ越して来られたんですか?」

……まあ、そう思われても仕方がない。それが常識的な社会通念というものだろう。

アリシアが腑に落ちない表情をしているのは、イーリはルシェを喚んだ術式の開発と研究で既にここに半年以上住んでいるので、近頃やってきた男が夫なのだとすると少しおかしなことになるな。と思っているからだろう。

少し面倒だが、この辺の事情は説明しておいたほうがよさそうだ。

「違う。ここには四人が住んでいて、女二人は親子だが、男二人は他人だ。まあ、色々と複雑な事情があって一緒に暮らしているという感じだな。俺は用心棒といったところだ。まあ、玄関で立ち話もなんだ。あがってくれ」

そもそも雇うかどうか決めるのはイーリなので、早く投げてしまいたかった。

「イーリ。頼んでいた家事手伝いだ」

玄関から数歩歩き、居間でルシェに勉強を教えていたイーリに声をかけた。

「ああ、そうか。こちらに来てもらっておくれ」

「彼女が家主だ」

後ろにいたアリシアにイーリを紹介した。

「よろしくおねがいします。アリシア・ラクレンといいます」

「よろしく。そちらに座って」

「はい」

アリシアは、手で指し示された対面のソファに腰掛けた。

イーリの隣では、ルシェが本から目を離してアリシアを見ている。

「聞いているとは思うが、やってもらいたいのは家事全般だ。給金は月にオルメール金貨一枚で、試用期間を一ヶ月取らせてもらいたい。本採用になったら能力に応じて昇給するつもりだ。この条件でどうかな」

「はい。もちろん大丈夫です」

「魔法や付呪具を使うための儀式を受けたことは?」

「いえ、ありません。なにか問題がありますでしょうか」

「いや、むしろ好都合」

付呪具の中には、ゲオルグが使っている杖のように危険な効果を発生させるものがある。

世の中の普通の屋敷にはそんな付呪具は置いていないので問題ないが、この家にはイーリの商売柄わりと転がっているので、励起を済ませていないのはむしろ好都合ということだろう。興味本位でいじってしまって暴発でもしたら大変なことになる。励起を済ませていないならそういう危険はない。

「使えなくてまったく構わない。では、今日から働き始めてもらうということでいいかな?」

「もちろん大丈夫です」

「では、昼食をまだ済ませていないので用意をお願いする。五人分作って同じ食卓で食べても構わないからね。それと、後で案内するが書斎には立ち入らないでくれ。清掃は不要だ」

「うけたまわりました」

アリシアはぺこりと頭を下げて、厨房へ向かっていった。

◇ ◇ ◇

「ネイ、昼食がそろそろできるそうだ」

ゲオルグは裏庭にいたネイに声をかけた。

芝の上に草を編んだ敷物を敷いて、その上で座禅を組んでいる。

「要りません」

声は聞こえているようだ。

「お前、朝食もろくに摂っていなかっただろう。体がもたんぞ」

「……食べると集中できなくなるんです」

「なら、食べた後しばらく休憩しろ。そういう無茶は長続きしない。集中力を乱すのが消化の都合なら、集中を長続きさせるのは健康な体なんだ。数日の短期決戦で向上を目指すならお前のやり方でもいいがな。長期戦ならモチベーションに頼って無茶をするのは非効率だ」

「……はい」

ネイは素直に言うことを聞いて、座禅を解いた。

特訓に関しては一家言ある男だという認識があるのだろう。

「しかし、なんの特訓をしているんだ? 魔術には詳しくないからさっぱりわからん」

「 超魔(オーバースペル) です」

「ああ、なるほど」

超魔(オーバースペル) とは魔術師が持っている得意技のことで、特に強力で磨き上げたものをいう。

魔術というのは発現素子の組み合わせなわけだが、その形成の速さには日々の修練が必要になる。それを訓練して、スムーズに……できれば一瞬で発現素子を形成できるようにするのが戦闘魔術師なのだが、何百、何千にも及ぶ種類の発現素子の全てを訓練して瞬時に出すというのはどだい無理な話だ。

なので、戦闘魔術師たちは自分が得意な分野の魔術の中でも強力で殺傷性の高い技を選んで、あるいは編み出し、様々な魔術の中でもそれ一つだけは瞬時に発現できるという殺しの魔術を作る。

戦場においてはそういう存在だが、もともとは大魔術師たちが世界中で己にしか使えない超魔術のことを 超魔(オーバースペル) と称していて、そこから持ってきた言葉らしく、大魔術師が使うとんでもない大魔術のことも 超魔(オーバースペル) と言う。それで言えば、ルシェを喚んだあの魔術も 超魔(オーバースペル) と言って間違いではないだろう。定義の曖昧な言葉である。

「どんな魔術にするのかは決めたのか? 戦いに使うものなら助言するぞ。剣士側の意見でしかないが」

「それは助かります。じゃあ……今まで出会った中で、特に厄介だと思ったのはどんな魔術ですか?」

「そうだな……」

難しい質問だ。

ゲオルグは数々の記憶を紐解いていった。

熟練の戦闘魔術師が使う 超魔(オーバースペル) というのはどれも厄介極まりなく、ゲオルグも何度も殺されそうになった。全てを回避して、あるいは小さな怪我で済んで、今ここに五体満足で立っているのが奇跡のように思えるほどだ。

「空を飛翔して突っ込むように接敵しようとしたら、人間が通れない……そうだな、肩幅より一回り狭いくらいの格子状になった風の刃が飛んできたことがある。目の前に大きな死の壁が現れたようなもんだ。新米の剣士はみんなズタズタにされていた」

風で刃を作る魔法というのは透明で避けづらいように思えるが、むしろ避けやすい部類の魔法に入る。

刃に鋭利さを纏わせるためには常に魔力を通しておかなければならず、一瞬でもそれが途切れると人体を切断する能力がなくなり、ただの突風になってしまうからだ。当然、魔力を纏っているので視覚的にも一目瞭然に見えるし、 割る楔(キュリウス) のような術破壊も効く。

しかし格子状になって飛んできたのには驚いた。

「あとは、躱す時間が一切ない熱線も厄介だった。パッ、と光が瞬いたと思ったら体を貫通していて、持続するのは一瞬なんだが指を四本束ねたくらいの長さは焼き切られる。真っ赤に焼けた剣で突き刺されたようなもんだ。あれには熟練の戦士もなすすべなく殺されていたな」

戦いに赴く魔術師たちは、誰もがあの手この手で剣士を殺そうと考えている。小手先だけのつまらない術も多かったが、厄介なものもあれば、そんな発想があったのかと思うような奇想天外な術もあり、パッと思いつくだけでも数え切れないほどのバリエーションがあった。

「まあ、剣士からしてみれば前兆がなかったり躱しようがなかったりするのが一番厄介だ。それには投網のように面で攻撃するか、あるいは反応できないくらい速い攻撃をするかだな。当たったら死ぬがノロノロした攻撃ってのは、一番役に立たない」

「……なるほど、参考になります」

「まあ、頑張るんだな。飯を食ったらイーリにも訊いてみるといい。別に喧嘩をしているわけじゃないんだろう」

「はい。そうします」

ゲオルグが座っているネイに右手を差し出すと、ネイは素直にその手を握った。引っ張って立ち上がらせると、家に向かった。

◇ ◇ ◇

予想以上に上手くできていた食事を食べ終わると、ネイはアリシアに興味を抱くふうでもなく、調べたいことがあるのか書斎のほうに向かっていった。

「アリシア」

「どうしたの? ルシェくん」

アリシアはことのほか小さい子供が好きなようで、ルシェに話しかけられただけで笑顔になっている。

「食事なんだけど、おれだけ肉を多めに出してほしい。鳥のむね肉とか」

「お肉が好きなの? でも――」

「いや、体を大きくしたいの。調理を別にするのは手間だろうから、塩でも振って焼いてくれればいい。献立にスープがあったら一緒に煮込んでほしい」

確かに、イーリとネイは少量のパンとスープ、主菜はわずかで十分といった感じなので、あの食事に付き合っていたら育ち盛りのルシェは体を作れないだろう。

今は麓に下りるたびに買ってきているバニ牛の乳を毎日ごくごくと飲んでいるが、肉も食べたほうがよい。

「アリシア、そうしてやっておくれ」話を聞いていたイーリが口を挟んだ。「修行に励む育ち盛りの子供は、大いに食らって育つべきだ。お金のことは心配しなくていい」

「かしこまりました。では、明日からそのように用意させていただきます」

「うん」

イーリはそう頷くと、

「ルシェ、私は少しネイの魔術を見てあげないといけない。しばらく自習にするか、ゲオルグに習いなさい」

「うん。わかった」

ルシェは、むしろそれを望んでいるようだった。イーリの授業が嫌というより、ネイを構ってもらったほうが嬉しいのだろう。

身を持って学んだ体験から、そうしていたほうがネイと衝突せずに済むと感じているようだ。

イーリが杖をついて書斎に消えると、

「ルシェくんは魔法の勉強をしてるの?」

と、アリシアが声をかけた。年下の子供が好きなのか、嬉しそうにニコニコしている。

「まあ……うん、そう」

「偉いねー。じゃあ、難しい本なんかも読めちゃうんだ」

「……そんなに難しい本は読めないよ。まだ覚えることがいっぱいだから」

ルシェは控えめなことを言った。

「私はまだ勉強中なんだ。ルシェくんはどんなふうに勉強してるの?」

「うーん……まあ、頑張ってる。書き取り……とか」

ルシェが書き取りをしているところなど見たことがないので、これは嘘だろう。

どうも、ルシェは同年代に対して頭の良さを見せることを恐れているようだ。とにかく隠そうとする。

「酒場にも魔法が使える人はけっこう来るんだよ。面白い魔法を見せてもらえるんだ。ルシェくんはどんな魔法が使えるの?」

「……うーん」

ルシェは悩むそぶりを見せると、少しして飲みさしのコップの水に指を入れた。

指を上げると、棒付きの飴玉のように、コップの中身が指にそのままの形でついてきた。

「わっ」

アリシアが感嘆の声をあげると、水の形が変化して輪っかのような形状になった。

そのままカチカチと凍っていき、全部が凍ったところで指にくっついていた部分をパキリと折ると、ルシェは皿の上に輪っかを置いた。

「すごい!」

「すごくないよ。これくらい、たぶん皆できるよ」

まあ、確かに魔術の精髄とか妙技という感じはしないし、さほど凄い芸当ではないのかもしれない。ルシェが魔術を習い出したのは一昨日からだという点を除けば。

あれをやるには三つ四つの発現素子では足らないだろう。火を出すだけだった一昨日から、とんでもない勢いで進歩している。ネイが恐れるのも無理はない。

「そんなことないよ、すごいよ!」

と、興奮気味に叫んだとき、

「アリシア」

ゲオルグは一言声をかけた。

「あっ、はい……」

自分でもまずいと思ったのか、アリシアは小さな声でしゅんとうなだれた。

「この家では無闇に大声を出すな。雑談するなとは言わないが、ほどほどにな」

「はい……」

「ルシェ、どうする。修行にするか?」

「うん。ゲオルグがよければ。自習はいつでもできるしね」

ルシェはやる気満々だ。

なぜ得意であるはずの魔術を放っておいて剣の修行をやりたがるのか気になるが、案外、これほど才能に満ちあふれていると上手くいかない事のほうが楽しいのかもしれない。

わけのわからないことを考えながら、ゲオルグは庭に出た。