軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

義姉と義弟の学園生活1

入学式も無事に終わり、早二週間。私とナイジェルの学園での日々は、穏やかに過ぎていた。

……穏やかに、過ぎているわよね。

「ナイジェル様が、いらっしゃったわよ!」

「ど、どうしましょう。お声をかけていただけないかしら」

「そんなの無理よ。だって、ナイジェル様はウィレミナ様としかお話されないのだもの!」

授業が終わり、わたくしを迎えに来たナイジェルを目にした女生徒たちは今日もかしましい。こちらに聞こえよがしに言っているのは、わたくしが『温情』をかけナイジェルとの仲を取り持つことを期待しているのだろう。

ナイジェルは今は護衛の立場とはいえ、三大公であるガザード公爵家の者だ。よほど情勢に『疎い』者でない限り、彼に直接声をかけることはしない。

だけど期待をされても困るわね。……わたくしは、ナイジェルが望まない限りは仲を取り持つ気はないの。

どなたか気になる令嬢がいるかと訊ねてみたら、『いません』ときっぱり言われてしまったのだ。

教室の出入り口にいるナイジェルに『少し待って』と身振りで示すと、彼はこくりと頷く。机の上に置いていた本などを、鞄へしまおうとした。その時……

「ナイジェル様!」

ナイジェルに向けての高く愛らしい声が、教室に響いた。

そう。ナイジェルには、情勢に疎い……もしくは。情勢を無視してしまえる豪胆さがある者しか、声をかけない。

今ナイジェルに声をかけているのは、パロラ子爵家のイルゼ嬢だったかしら。茶色の髪と茶色の瞳の子犬のような雰囲気の美少女で、男子生徒には人気のある令嬢だ。そして、女生徒からはあまり評判がよろしくない。わたくしはイルゼ嬢と関わりがないし、彼女を取り巻く男性たちとの噂にも特に思うところはないけれど。

――ナイジェルは、彼女に対してどんな反応をするのかしら。

そんな好奇心がむくりと湧き上がり。本をしまいながら二人を観察する。

話しかけるイルゼ嬢を、ナイジェルは完全に無視している。あんなに可愛い子にも、まったくなびかないのね。うちの義弟が好む女性というのは、一体どんなご令嬢なのだろう。

子供の頃にあの子が言っていた『想い人』のことが、今さら気になってしまうわね。だって昔のこととはいえ、そのご令嬢はナイジェルの気を引くことができたのだから。実に稀有な存在だわ。

「ナイジェル様、少しだけでいいんです! お話を……」

「――断る」

まだまだ食い下がるイルゼ嬢に対してナイジェルが発したのは、その一言だけだった。その表情はピクリとも動いていない。……いや、ちょっと不機嫌そうね。

対応としては間違ってはいないのだろうけれど、女性の扱いという意味では及第点はあげられないわね。

鞄を手にしてナイジェルの元へと向かう。すると彼はぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。それを見た女生徒たちは、真っ赤になってほうっとため息をつく。イルゼ嬢も同様で、ナイジェルの笑顔に見惚れ忘我の境に入っていた。

「ナイジェル、帰りましょう」

「はい、姉様。お鞄をお持ちします」

「自分で持つといつも言っているでしょう? お前は小間使ではなく、護衛なのよ」

「姉様のか細い腕に、それは重すぎるので。こういうことも私の仕事です」

ナイジェルは手から鞄を奪ってしまう。もう、この子は。すぐにわたくしを甘やかそうとするのだから。

「あ、あの……」

声をかけられそちらを見ると、イルゼ嬢がもじもじとしながらこちらを見つめていた。

……困ったわね。そんなふうに期待する目を向けられても困るのよ。

「ね、イルゼ嬢。貴女ナイジェルのどこがお好きなのかしら?」

「え、えっ? か、顔……です」

ふと思ったことを訊いてみると、なんとも素直な答えが返ってくる。言った後にさすがにしまったと思ったのか、イルゼ嬢は気まずそうな表情で少しうつむいた。

顔……ね。

令嬢たちは誰しも、義弟の容姿ばかりを褒め讃える。もしくはその肩書きをだ。ナイジェルは中身だって素敵だ。優しくて、努力家で、いい子なのに。そこが褒められたことは……一度もない。内面の美点を見つけて好いて欲しいと思うのは、わたくしのわがままだろうか。

「うちの弟は、顔や肩書き以外にもいいところがたくさんあるのよ。それがわかる方に、この子のことは好いて欲しいわ」

ついそんな言葉が口から零れてしまう。それほど大きな声ではなかったはずなのに、教室にいた女生徒たちはびくりと体を震わせた。

「姉様……!」

ナイジェルはぱっと表情を輝かせてわたくしの手を握る。もう、この子は!

「ナイジェル。護衛が護衛対象の手を握るなんておかしいと思わなくて?」

「ですが。姉様が……いいところがたくさんある、なんて言ってくださったのが嬉しくて」

「だって、実際たくさんあるでしょう?」

「姉様……!」

ナイジェルは破顔し、わたくしの手に頬を擦り寄せた。その様子は尻尾を振って飼い主に擦り寄る犬のようだ。……本当に、困った子。

「なるほど。内面に目を向けて、よいところをちゃんと探せば好いてもいいと……」

イルゼ嬢はぶつぶつとそんなことをつぶやいている。なかなかにめげないご令嬢らしい。なんだか、面白い子ね。

「では、ごきげんよう」

一言そう告げてから、身を翻す。

……ナイジェルがわたくしの手を握りっぱなしなのは、この際気にしないようにしよう。