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作品タイトル不明

3ー9 婚姻と披露宴 その二

私は、フランツ・ヴィスク・マンハイム・リーベルト子爵。

今宵(こよい) は、ブラッセルマン公爵の招待により、叙爵の披露宴に出席するためにブラッセルマン家を訪れている。

我が領地は、ブラッセルマン公爵が与えられた王家直轄領の東隣にあるので、今後とも派閥とは無関係にブラッセルマン公爵家とは付き合わなければならぬのじゃ。

何せ、我が領から産品を他の領に移出するためにはどうあってもブラッセルマン侯爵領を通過せねばならぬから、万が一にでもこれを止められると領民も商人も困ることになる。

これまでは王家の直轄領であったから、そのような嫌がらせは無かったのじゃが、領主の考え次第では色々な嫌がらせはできてしまうのが、貴族の悪しき慣例なのじゃ。

従って、様々な場面でブラッセルマン公爵の機嫌を取っておかねばならないのが、頭の痛い話じゃな。

そのような面倒な話は別として、ブラッセルマン公爵の屋敷は、旧セントリード侯爵と某子爵の屋敷であったものを一つの屋敷として拝領されたものらしい。

かれこれ15年も前になるはずだが、当時のセントリード伯爵家当主が屋敷内で自殺を遂げた事件があり、それからセントリード伯爵家に災いが多発した。

このために、セントリード家そのものが没落したという 謂(いわ) 幽閉王子 3―9 婚姻と披露宴 その二れのある屋敷であり、少なくとも十数年はこの屋敷の敷地に入ろうとする者は居なかった筈なのじゃ。

また隣には某子爵邸が有ったのじゃが、これまた7~8年前には、敷地の境界を超えて奇妙な色合いの 蔦(つた) 植物が繁茂しだし、その浸食が始まったと頃合いに、子爵邸の家人又は従者で奇病を発症する者が続出したらしく、セントリード邸の呪いとして当時の貴族界に噂が広がったものだ。

当該某子爵家でも、セントリード邸の隣にある拝領地に住み続けることに大いに不安を感じたようで、王家に懇願して別の屋敷を拝領し、転居したという曰く因縁付きである。

その後、噂のゆえに、侯爵邸及び子爵邸のいずれの屋敷にも入るものは居なかったわけじゃが、此度は王家からの拝領邸として新たな公爵に見合う広さの敷地が無いということで、止むを得ず、この因縁付きの二つの屋敷を拝領することになったようじゃ。

無論、拝領邸とはいえ、これまで十数年もの間、王都を管理する法衣貴族が手をこまねいていたはずもなく、これまで何度か侯爵或いは子爵への陞爵が有った際に、当該二つの屋敷の拝領を斡旋したはずなのじゃが、噂を知っている当の陞爵貴族は、その屋敷の拝領を辞退して元の子爵邸なり男爵邸なりにそのまま居座っていたはずなのじゃ。

それゆえ、一度は下級官吏などからブラッセルマン公爵にその拝領の可否を問い合わせたはずであろうが、おそらくは王都内に屋敷を持たぬ新公爵が拝領を断ることも出来ぬまま、拝領が決定したのであろう。

ある意味でブラッセルマン公爵は平民から取り立てられた 俄(にわ) か公爵であるし、公爵自身が成人して間もない御歳であるから、そうした曰く因縁を知らないのだろうと思う。

気の毒な話ではあるのじゃが、この件について我らが口を挟める事柄ではない。

正直なところ、その拝領に関する詳しい経緯は分からぬが、法衣貴族どもも汚い真似をするものじゃ。

あるいは、何も知らぬ平民の成り上がりとして見て馬鹿にしておるやもしれぬ。

仮に、この一件が国王陛下の耳に入り、官吏どもが知っていて、呪いの屋敷を王都の英雄に与えたともなれば、陛下の恥にもなりかねない話の筈じゃ。

宰相辺りが気づけば、そのうち下級官吏の幾人かが左遷されることにもなるじゃろうな。

この二つの敷地の屋敷は、長らく主不在のままで放置されていたから、屋敷の会見も薄汚れ、庭も手入れが全くなされていなかったので雑草が生い茂り、それこそ荒れ果てた幽霊屋敷のような存在であった。

私も二年程前に近くを通った際に、馬車の窓から遠目に見かけたが、王都郊外の原野を思わせるような惨状であったことを覚えている。

あの地であれば庭を手入れするだけでも、大変な労力と経費が必要だろうと思っていた。

そうして、叙爵を受けて一月ほどでその屋敷で披露宴を行うという招待状が届いた時には、流石に驚いてしまったわい。

叙爵又は陞爵の際に、当該貴族の屋敷で催される披露宴というものは、その叙爵又は陞爵の時期から三月以内に開くのが望ましいとされてはいるが、場合により遅れても構わないとされているのじゃ。

にもかかわらず、僅かに一月で披露宴を開催できるということ自体が、ある意味で大変なことなのである。

披露宴と言うものは、迎える側に、相応の準備が必要とされるものである。

仮に30名ほどの招待者であっても、その妻女や令息若しくは令嬢を伴ってくる場合もあるから少なくとも二倍、最大で三倍近くの人員を饗応する必要があり、その飲食を手配するだけでも大変なことなのである。

特にブラッセルマン公爵の場合、平民であったのだから信用できる侍従もメイドもこれまで居なかった筈である。

仮に、従者ギルドに人を頼んで召し抱えたにしても、長い間手入れのされていない屋敷に客を迎え入れるようにするだけでも、間違いなく一月以上はかかるものだ。

ましてや呪いの屋敷とまで噂の立った屋敷であるから、果たしてまともな饗応ができるものかどうかと、 他人事(ひとごと) ながら、少々心配にもなったわい。

公爵家の招待する披露宴の場合、上は公爵まで、下は男爵までの貴族が招待されるのが常であるから、私も子爵として早目にブラッセルマン邸に馬車で向かったのじゃが、・・・。

まぁ、邸内に入る前から驚かされたわい。

馬車で向かう途中、従者の話では、邸内に馬車置き場があり、御者も含めて従者は別途の待合室があるとの事前連絡を受けていたそうな。

私の王都別邸の敷地も相応の広さはあるが、十台も馬車が入れば、置き場所などなくなるのじゃが、公爵邸は左程に広いのかと半信半疑であった。

私の馬車は正門から入って玄関脇のロータリーで泊まり、私はそこで降りることになるのだが、門をくぐってすぐに邸内の庭がよく整備されていることに気がついた。

また、左手側に大きな屋根付き二階建ての馬車置き場が有って、既に何台かの馬車が中に入っておったわい。

我が家の馬車もあそこに置かれて、宴会の終わりにまた玄関から出ることになるのであろう。

宴会は、何時も帰りの時間に込み合うものじゃ。

王宮でもない限り、馬車を多数置いておくほどの敷地は無いから、屋敷の外の路上で待つか、あるいは一旦屋敷に馬車を戻して、帰宅時間頃に合わせて迎えに来させるなどの手法がとられるのじゃが、邸内に馬車を待たせて置けるならば非常に便利ではあるのぉ。

どのみち、位階上位の客から順次帰ることになろうが、それでも近くに馬車置き場があれば、待機時間は少なくなると思うのだ。

そうして私の馬車がロータリーに入ってすぐに木立越しに屋敷の威容が見えた。

依然見かけた屋敷とはまるで違う大きくて立派な新築の屋敷があったのじゃ。

僅かに一月で、公爵邸を新築したと?

そんな馬鹿なと思ったぞ。

儂の領地にある屋敷もこの公爵邸に比べたらかなり小さいものだが、建造から60年も経つとあちらこちらが痛んで不具合が生じて来るので、その半分程度を一年前に改築したのじゃが、それでも住めるようになるまでには三月もかかったのじゃ。

如何に金を用意したとて、職人にできることとできないことが有る。

屋敷の 普請(ふしん) であっても、まともな大工であればそんなに早くはできないものなのじゃ。

余程の手抜き・・・?

いや、馬車を降りて周囲を見渡しても手抜きとは思えぬほどきれいに仕上がっておるのじゃ。

石組みや木工など目に付くところ全てでアラ探しをしてみたが、全くと言ってよいほどアラが見えなかった。

玄関で出迎えてくれた公爵殿にご挨拶を為し、公爵の従者に導かれて、当座の待合室へと入ったが、屋敷の内装も見事な出来映えであり、素晴らしい調度品が揃って居った。

今一つ、屋敷の中が異様に明るいのじゃ。

おそらくは魔導具の灯りだと思うのじゃが、我が家の灯りに比べて非常に明るいと感じられた。

そうして天井から下がるシャンデリアの見事な細工にも驚かされたし、あかるい灯りの所為で、天井画がまことに綺麗に見えるのは目の錯覚ではなかったと思う。

ともすれば暗い照明の所為でぼんやりとしか見えぬ天井画が非常にくっきりと見えたのじゃ。

我が王都別邸の一部天井にもフレスコ画が描かれているが、高名な画家に聞いたところ、天井画と言うものは手間暇と時間が非常にかかるものらしい。

例えば、私がいる待合室の天井画でさえ一辺が8尋ほどの方形なのだが、この広さ程度のフレスコ画でも二年はかかると教えられたことが有る。

実は、我が家の天井画も少々汚れて来たので、新たに描き直すとなればどれほどの経費が掛かるかを確認ししたのじゃが、・・・・、まぁ、その高値のゆえに諦めたものだ。

その手間のかかる天井画をいかにして一月で成し遂げたものかが知りたいところじゃな。

因みに傍にいた給仕に聞いたところ、『公爵様自らがお創りになりました。』との返事が返って来た。

うん、どういうことじゃ?

公爵が天井画を描いたということなのか?

如何に魔法に通じており、なおかつ絵描きとしての才能が有ったにしても、たった一人でこの屋敷全ての天井画を描けるはずが無いと思うのじゃ。

この待合室の天井画も見事じゃが、実は玄関のホール、この待合室にいたる通廊にも様々な天井画が描かれていたのじゃ。

場所によりサイズは異なるし、デザインも違うが、いずれも見事なものと思って居る。

いずれも絶対に古い天井画を再生しただけのものではないとみたのじゃが、・・・。

『描いた』ではなく、『創った』のであれば或いは、魔法で?

ならばとんでもない話じゃぞ。

同伴した我が妻も、別の調度品を見て驚いていたようじゃ。

特に、壁に掛けられていた絵画に見とれておったのぉ。