作品タイトル不明
2ー13 隣国の王族 その二
相談を受けたクロイム・サイルズは、私見ながらと前置きして宰相に言った。
「リック・バウアーなる人物は、未だ12歳の若年者でありながら、エルフの賢者にも匹敵する知見・能力を持ち合わせた人物にございます。
そうして此度の感染症の対応には、 真(まこと) に迅速適切な対応をなしており、国内外の感染拡大を未然に防止したことから、ハーゲン王国においても爵位を与えても差し支えないほどの功績があったと思われます。
しかしながら、生憎とハーゲン王国の律法においては、王国が絡む戦で戦功のあった者については、例え平民であっても、叙勲の上で叙爵若しくは陞爵することはできるのですが、それ以外のことで国への功績のあった者について叙勲はできても、叙爵できるという制度が御座いません。
ある意味で王国制度の 瑕疵(かし) とも存じますが、この場合、王国の現行法制では平民に与える叙勲が精々でございましょう。
されど、公国において 斯様(かよう) に評価されている以上は、ハーゲン王国にても相応の動きを為すのが肝要に御座いましょう。
従って、王国ではリックの功績に対して然るべき叙勲を為し、一方で公国から申し入れのあった叙勲並びに名誉伯爵への叙爵については、賛同の意を表明するのが両国の友好のためには良かれと存じます。」
その後、王宮内部の官吏連中の間でのすったもんだの 挙句(あげく) 、最終的には国王陛下にリック・バウアーの叙勲が 奏上(そうじょう) され、国王陛下の裁可を経て、叙勲が決定された。
同時に、国王陛下から公国王あての親書で、公国がリック・バウアーに対して爵位を授与することについては特段の支障が無く、公国王の意向にハーゲン王国でも賛同する旨が伝えられたのである。
而して、リックには、平民としては最高位に当たる、黄龍紋勲章がハーゲン王国宰相から手渡されることになった。
また、公国からは、わざわざ公国宰相がリックの元を訪れて、公国の民間に与える最高位の白バラ宝章を授与するとともに、名誉伯爵への叙爵がなされたのであった。
本来であれば、リックが公国へ 赴(おもむ) いて爵位を受けるところなのだが、リックが異国で診療所を運営していることを特に考慮され、特別に宰相がハーゲン王国まで出張っての爵位授与となったのである。
このため、リック・バウアーは、ハーゲン王国の国民でありながら、ノルディア公国の名誉伯爵という地位を得て、公国から年金を支給されることになったのである。
因みに、ハーゲン王国の叙勲は、一時金は支給されるが、年金はついていない。
このことについて、ことのほか喜んだのは、クラウディア嬢であった。
クラウディアは、貴族の令嬢としての慣行から、13歳までには 許婚(いいなずけ) を決めなければならないのだが、リック・バウアーが、他国の貴族とは言え、名誉伯爵の地位を有することになったため、その嫁ぎ先選択肢の範囲内に収まった可能性が高いからであった。
慣例では、王国が認める限りは他国の貴族に嫁いでも、問題は無いのだ。
これまでも頻繁にリックの診療所を訪れていたクラウディアであったが、この一件以降はその頻度が倍増したのだった。
一方で、クロイム・サイルズは、これを契機に平民であっても叙爵ができるようにするための法制を創るように王家に対して進言していた。
その理由は、リックが平民のままでは問題が生じる恐れが高いとみての動きだった。
何となればリックの診療所の評判は、国外にまで届くほどであり、心無い貴族がその取り込みに動く恐れが多分にあったからである。
黄龍紋勲章の授与は、貴族の暴走を止めるのに 何某(なにがし) かの役には立つが、必ずしも万能ではない。
また非公式ながらダイノス侯爵がリックの後ろ盾でいる以上、伯爵以下の貴族が簡単には手が出せないはずではあるのだが、ダイノス侯爵以上の権威を持つ貴族の中では、オーレンベック公爵辺りが、これまでも別件では功名狙いで色々と暗躍する傾向にあり、普段からクロイム・サイルズもその動きには警戒しているのである。
◇◇◇◇
ノルディア公国の王太后が診療所を訪れてから三か月後、ハーゲン王国の南に隣接するサルバドス王国の公式の使者が、ハーゲン王国を訪れた。
用件は、サルバドス王国の名品を土産に、国王から国王への時候の挨拶を為すとともに、サルバドル王家から一つの依頼を持って来たのであった。
依頼とは、サルバドル王家の嫡男であるクロイゼル王太子殿下が奇妙な病に 罹(かか) り、サルバドル中の治癒師をしてもその原因も治癒方法もわからず、クロイゼル王太子殿下は日々衰弱している状況にあったのだ。
そこでサルバドル王国でも耳にしたのが、ハーゲン王国において大銅貨一枚で治癒を行っている風変わりな治癒師の話である。
しかも死期を告げられたノルディア公国の王太后すら 快癒(かいゆ) させたという噂が、サルバドル王国にも流れて来たのを 奇禍(きか) とし、是非とも当該治癒師の往診を賜りたいとの依頼であった。
往診をお願いするのは、クロイゼル王太子殿下の容態が非常に悪く、ハーゲン王国まで王太子殿下を移動させるのが非常に難しいと判断されたからである。
確かに、先のノルディア公国王太后の例では、重病ながら最後の望みを託して、遠路はるばると王太后を運んできたのだった。
サルバドル王国の場合、それができないとなれば確かに治癒師がサルバドル王国まで 赴(おもむ) かねばならないことになる。
さて、ハーゲン王国が、一回の治癒師に対して、王命としてよその国まで治癒に行けと命令できるものなのかである。
そもそも治癒師のほとんどはいずれかの教会に属しており、王家と言えど、治癒の依頼はできてもおいそれと命令できるような上下関係の立場にはないのである。
然しながら、隣国の使者がわざわざ訪ねて来たのであるから、その願いを仲介することはやぶさかではなかった。
而して、ハーゲン王国の宰相補佐が、サルバドル王国の使者を随伴して、リックの診療所に現れたのである。
この際には、先触れをなし、診療所の診療開始前にリックと面会することになったのである。
話を聞いて、リックは少々困った立場に置かれている。
弟子的な立場の治癒師がいるので、軽易な傷病については任せられるが、万が一不在中に重病人が来た場合、彼らでは対応できなくなる恐れが多分にある。
このため、リックが代替案を出した。
リックが不在中、重病人が出た場合には、高位の聖職者により代診をお願いしたいということ、その際に生ずる代診費用については、ハーゲン王家若しくはサルバドル王家が支払うこと。
今一つ、実際に患者を診ないことには治癒できるか否かもわからないが、治癒できない場合でもその責任を取らされることが無いかどうかを尋ねた。
サルバドル王国の使者は躊躇なく答えた。
「リック殿不在の間にこの診療所に参る傷病人で重症の者については、教会の高位聖職者に代診を行ってもらうことに異存はありませんし、それに要する費用は我が王国で負担します。
また、これまで国内各地のあらゆる治癒師をもってしても 癒(いや) せなかったクロイゼル王太子殿下の病でございますから、例えリック殿が試して治癒できなかったとしても、何の 咎(とが) めもありません。
さもなければ、これまで治癒行為に当たった者全ての責任を問わねばなりませんが、それはいかにも不条理。
人にはその能力に応じて、できることとできぬことが御座います故、それを持って責任を問いただすようなことはございません。
ですので、是非に往診をお願いいたします。」
「わかりました。できるかどうかは分かりませんが、サルバドル王国の要請に応じてサルバドル王国へ参りましょう。
要すれば、後の措置を宰相補佐殿にお願いして、すぐに出立いたしたいと存じますが、 如何(いかが) でしょう?」
急転直下、リックは使者の馬車でそのままサルバドル王国へ向かうことになった。
急ぐ必要があったので、サルバドル王国の正式な使者であるカインリッヒ宮廷長官補佐の了解を貰って、馬車を曳くお馬さんにヒールをかけ続け、疲労を貯めないようにしたのである。
このために、本来であれば十日かかる旅程を三日縮めて、わずかに七日でサルバドル王国の王都に着いた。
但し、乗っている者は非常に疲れることになったのである。
道がさほど良くないこともあって、馬車が揺れに揺れたのである。
低速で有ればまだ違ったのだろうが、高速で走られると流石に尻も痛くなるというものだ。
この快速馬車に出会った隊商などは、「どこの阿呆だ。」と驚いていたものである。
但し、そのすぐ後で、サルバドル王家の紋章が付いた馬車と知って、慌てて口をつぐんだ商人達であった。
王家の使者が一緒にいるために出入国の手続きも、またサルバドル王国の王宮に入る手続きも一切が簡素化された。
リックは、到着してすぐに、クロイゼル王太子殿下の病床へと案内されたのである。
王太子殿下の身体にはどす黒い斑点が全身にできており、身体全体が高熱を発していた。
また、意識 混濁(こんだく) 状態であり、呼吸も荒い。
或いは肺炎を起こして血中酸素が不足している可能性もある。
それよりも、王太子殿下の身体から発する黒い 瘴気(しょうき) が異常なのである。
リックには見えるのだが、どうやら他の者には見えないようだ。
おそらくは妖精たちが力を貸してくれているがゆえに、リックも見ることができるのだろう。
王太子殿下を診て直ぐに、リックは呪いであることを察知した。
そうして、ダイノス家のクラウディア嬢と違うところは、その呪いが格段に強いことであった。
念のために呪具を探したが、王太子の近辺には無いことが分かった。
流石に王宮内とあって呪具は持ち込めなかったのかも知れないが、それに代わる 依り代(よりしろ) を術者は入手しているのかも知れない。
例えば狙う相手の爪とか髪の毛とかである。
この世界では、それを依り代にして、呪いをかけることも可能なのだということをリックは闇属性の妖精から教えてもらったので知っている。
術者は、王都内には居るだろうが、王宮の中にはいないとみて良いかも知れない。