作品タイトル不明
218話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 七
エリアス王子にはジーニアスの言うことを信じられなかったし信じたくも無かった。
ジーニアスが悲観的に考えていると思っていた。
スカーレットごときに自分の王位を邪魔されるなどとは考えられなかったし、婚約破棄されてダメージがあるのはスカーレットの方だと思っていた。
王妃になりたがる女など、プリムローズを筆頭にいくらでもいる。
幼少の頃から王子である自分に女は群がってきた。
取り入ろうとしてきた。
スカーレットが婚約者になったのは、単に親が決めたのだ。
媚(こ) びないしそもそも近寄ってこなかったので王宮での引き合わせが初対面だった。
礼儀作法はきちんとしていたが、いろいろと口やかましく出過ぎた口をきいてきた。
人目がある内はにこやかに聞いていたが内心イライラしていたので、そのうち、人目がなくなったところでやりこめた。
陰で泣いているのをジーニアスと 嗤(わら) っていた。
それでも、プリムローズに会うまでは、そこまでは嫌っていなかった。
――彼女を知って、自分は変わった。
愛を知り、そしてスカーレットの生意気さを嫌悪し始めた。
……あの事件で、プリムローズが去り、残ったのはスカーレット。
プリムローズも結局は、王家の権威に群がった一人だったのだ。
思い知らされた。
自分には、与えられたものしか残らないということを。
……それならばそれでいい。
自分にはジーニアスがいて、それだけあればいい。
愛のない婚姻も結ぼう。
王位に就くことだけを考えよう。
そう誓い、学業にますます身を入れようとした矢先に、スカーレットに出くわし、なかなか面白いゴーレムを持っていたので、婚約者であるならば献上しろと言ったら、母親が現れて婚約破棄された。
なぜそうなるのか理解出来ない。
だが、それがなんなのだ!
他の女と婚姻を結べばいいだけだ!
どうせ王家に群がる女はたくさんいる、より取り見取りだ、今度は絶対に従順な女と婚姻を結ぼう。
そう決意して歩くと、スカーレットがいた。
取り巻きに囲まれて、楽しそうにしていた。
虚勢を張っているな、本当は自分に婚約破棄されて内心涙しているくせに、と吐き捨てたが、さらによく見ると男まで近くに居る。
……尻軽女め、婚約破棄したら早速男をはべらせたか、だが、もしかしたら俺への当てつけかもしれんな。そう考え、見ないフリをして無視して通り過ぎた。
――スカーレットは、一度も声をかけることも、視線を向けることも無かった。
数日後。
ジーニアスの予想通り、ジーニアスの両親が訪れジーニアスを呼び出した。
エリアス王子はそのことを知らず、いないジーニアスの行方を聞いたら両親が面会に来た、と返され、慌てて向かった。
すると、面会室から、厳しい顔の両親と、ジーニアスが出てきた。
「ジーニアス!」
ビクッと反応するジーニアス。
その目は何かを訴えるようにエリアス王子を見るが、
「ジーニアス」
父親が名前を呼ぶと、視線をそらし、うつむいた。
その様子に一旦立ち止まったが、また向かう。
認めない。
認めたくない。
ジーニアスが言った通りの展開になるなど、誰が認めるか。
「ジーニアス、両親との話は終わったのか? なら、これから私と来い」
促したが、頭を下げた。
「…………申し訳ありません」
謝るだけで、エリアス王子を決して見ない。
「……なぜ謝る? 私が来いと言っているのだ」
無理やり腕をつかもうとしたら、父親に阻まれた。
「非礼にも程がありますぞ、エリアス様」
ピクリ、と顔が引きつった。
「……どけ」
それでも静かに、エリアス王子は侯爵に命令する。
「……目上の者に命令するとは、さすが公爵令嬢がさじを投げられるだけある方だ。ハハハ、我が息子が御しきれないのも無理はないか」
「なんだと?」
普段のエリアス王子なら、こんな真似はしない。
めまぐるしく状況が変わり、ついていけていないのが無自覚にわかるからこそ、余裕がなくなりボロが出てきたのだ。
ジーニアスはそれが痛いほどに分かるが、ここで口出ししてはよりひどい結果を招くのもわかっていた。
「息子は、貴男の側近から外れました」
その宣告は、前もってジーニアスが予想していた言葉だったが、聞いてはいてもエリアス王子の血の気は引いた。
「……勝手に決めるな!」
「貴男こそ、勝手に我が息子を貴男の物扱いしないでいただきたい。我が侯爵家の子息ですぞ? エリアス・スプリンコート伯爵令息?」
その言葉に凍りついた。
「なん……だと?」
「あぁ、ご存じなかったのですか、失敬。……いや、失態に失態を重ねられた『とある王子』の下賜先を当たったら、かの有名なスプリンコート伯爵が名乗りを上げたそうで。『持参金を積んでもらえるなら、養子として迎える』と、寛大な言葉で迎え入れたそうです。良かったですな? 我が息子も誑かされた 稀代(きたい) の元平民『プリムローズ・スプリンコート』――あぁ、平民と結婚したので平民に戻ったプリムローズですな、の、彼女と兄妹になれたのですからな!」
エリアスの視界がぐるぐる回る。
なんだったのだ。
どんなに困難でもプリムローズを王妃にしようと誓ったのに、それが 叶(かな) わず、ならば平民に堕ちるまで、と覚悟を決めたのにプリムローズは逃げ、それならば王位に就くべくまい進しようと決意したら、王位を追われて平民に 堕(お) ちても結婚しようとまで思った女の家に下賜されて、兄妹にされる。
こんなことがあっていいのか。
立っていられなくなり、膝をつく。
ジーニアスは、駆け寄り助け起こしたい気持ちを必死で堪えた。
父親が見ている。
試されている。
一時の感情に流された自分の不手際が、この状況を生んだのだ。
だから、二度と感情に流されないと、父親と母親に誓ったのだ。
「行きましょう、あなた」
母親が冷たい声を出した。
ほとんど言葉を発していないが、母親も激怒していた。
王の側近になるはずが、このざまなのだから。
――全ては、エリアス王子をいさめられなかった自分が、いや、感情にまかせてスカーレットを嫌悪し、プリムローズに恋し、感傷的にエリアス王子との恋を応援しようなどと考えた自分が悪いのだ。
ならば、むしろエリアス王子からプリムローズを奪い、スカーレットにもエリアス王子にも、親が決めた縁談をないがしろにしてはいけないと、互いにもっと優しく声をかけるようにと説得してその愛を育ませた方がマシな結果を生んだのだ。
二度と、二度と感情に流されるものか。
現王の側近を手本に、感情を殺し、何が得かだけを考えて動いてやる。
ジーニアスは誓った。