軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

① レスター男爵

「お父様にとって、私は要らない娘なのでしょう?お父様はお義姉様しか愛しておられないのですもの」

「な……何を言っているんだ。メリンダの事は娘として大切に思っている」

「そうですか。お父様は大切な娘に『シェリルと違って、ドレスが似合わない』『元の容姿の悪さはどうしようもない』『 あ(・) れ(・) を好いてくれる男などいないだろう』と仰るのね。随分歪んだ愛情ですこと」

俺のたった一人の娘は、そう言って冷たい眼を俺に向けた。

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「グローヴズ公爵の命により君を預かる。外向けには妻として扱うが、あくまで名目上だ。分かっていると思うが」

「心得ておりますわ。これから宜しくお願い致します。旦那様とお呼びしても?」

「ああ。好きなように呼んでくれ」

目の前の麗人が花の咲くような笑みを浮かべた。男ならば、誰しも心を動かされるだろう――そんな風に思わせる魅力的な微笑みだった。但しそれは無垢な百合などではなく、蜂を引き寄せて捕らえる美しい毒花だ。

エレイン・コレット男爵令嬢。

彼女はいつも男たちに取り囲まれていた。

類まれな美貌と、それでいて貴族令嬢らしからぬ無邪気な言動が数多の男を惹きつけると噂の女性。下位貴族の令嬢でありながら高位貴族の令息たちを手玉に取り、その中には王族すら含まれているという。

エレインの顔だけは知っていた。しかし高位貴族の輪の中にいる彼女に、男爵令息に過ぎない俺が近づけるわけもなく。俺には関係の無い相手だと思っていた。

グローヴズ公爵の使いから『エレイン・コレット男爵令嬢を娶るように』との手紙を受け取ったときは、まるで現実味を感じなかったものだ。

『彼女の腹には自分の子供がいる。レスター男爵令息の子として育てるように。なお、これらはすべて他言無用のこと』

そこまでは良い。

要らなくなった愛人を押しつける気だろう。迷惑千万な話ではあるが、公爵家に貸しが出来る。それに手が届くはずもなかった美女が妻になると考えれば――まあ悪い話ではない。しかし……次の一文に目を疑った。

『彼女の行動を制限しないこと。また白い結婚とし、彼女に触れないこと」

「何だ、これは……!ふざけるな!」

つまり公爵はエレインを手放す気など毛頭無く、名目上は男爵家の妻として愛人関係を続けるつもりなのだ。

俺を馬鹿にするにも程がある。

それならいっそ愛妾にすればいいものをと思うが、グローヴズ公爵夫人は苛烈な性格であると聞く。婿入りの身で愛妾を設けるのは差し障りがあるのだろう。

公爵とは面識のない俺が何故選ばれたのか分からなかった。

恐らくコレット男爵家と家格の釣り合いが取れていること、また我が家がこれといった力もない弱小貴族だったからだろう。もし俺が少しでも公爵の意に添わない動きをしたら……我が家ごとひねり潰すつもりなのだ。

どれだけ憤ったところで、所詮しがない男爵家。貴族のトップともいっていいグローヴズ公爵に逆らうことなど出来ず、俺はエレインを妻へ迎えることになった。

「……真面目な方だと思っておりましたのに。貴方まであの女狐に誑かされるなんて」

婚約者には事情を話すこともできず、ただ「エレインと結婚することになったから」と解消を申し出た。恋情は無くともそれなりに交流を深め絆を育んでいたはずの彼女に、ゴミを見るような目を向けられたことは今でも忘れられない。

「あら、もう起きてらしたの。お早いのね」

結婚と共に爵位を継ぎ、レスター男爵夫人となったエレインは自由気ままにお飾り妻を満喫していた。

彼女は男爵夫人の仕事など全くしない。部屋にいるか、着飾ってどこかに出掛けるかだ。行先はどうせ公爵の所だろう。

「仕事があるからな。君のように日が高くなるまで寝ていることなど出来ないんだ」

「そうですわね、殿方はお忙しいですものね」

エレインはころころとは鈴を転がしたような声で笑う。俺の嫌みなど、全く意に介していないらしい。

会話をしていても、まるで空に向かって話しているかのように感じる。俺の言葉は彼女の側を風のように素通りしていくだけなのだ。

酷く苛ついたが、怒鳴りつけるようなことは出来ない。

エレインの側には公爵家から遣わされた専属侍女カーラが常に控えている。おそらく俺が少しでもエレインを粗略に扱うようなことがあれば、すぐに公爵へ報告する気なのだろう。おかげで家の中でも気が抜けない。

夜会はエレインが唯一、正式な妻の役目を果たす場だ。

彼女をエスコートして入場すれば、観衆の視線が痛い程俺に刺さる。既婚者であっても、その優美な姿は男たちの目を引くのだ。

「旦那様、私は知り合いの方のところへ行って参りますわ」

「……ああ」

エレインは指で俺の手をするりとなぞった後、組んでいた腕を離した。

評判の美女を手に入れた俺に、やっかみの目を向ける者や嫌みを言ってくる者もいた。だが夜会に出るたびにすぐに俺から離れ、どこかへ消えていく彼女の姿を見て皆察したようだ。

――あれは、お飾りの夫だ。

そんな陰口を叩かれていると知っても、何も出来ない。

屈辱に腸が煮えくり返る。それなのに。彼女の腕のぬくもりが消えて欲しくないと思う自分がいて、それがまた歯痒い。

「旦那様、お茶をしませんこと」

どんな気まぐれだったのか。エレインが突然執務室に現れ、ひとときお茶を共にしたことがあった。

「美味いな」

「この季節に出回る新茶ですのよ。お口に合ったのなら何よりですわ」

紅茶を口に含む俺を、エレインはニコニコと眺めていた。その碧の瞳に見つめられると何だかひどく落ち着かない。

「旦那様は本当にお仕事がお好きなのですね。働いている姿しかお見掛けしませんもの」

「君が気付いてないだけだろう。休息している時間もあるし、趣味がないわけではない」

「ふふ、そうご不満そうな顔をなさらなくても。殿方が仕事を生きがいとなさるのは素晴らしいことですわ」

「……そういう君は、満足しているのか。この生活に」

「ええ、私に選べる中では最善だったと思っておりますわ」

ティーカップが空になった頃を見計らったのか。エレインは「さて、あまりお仕事のお邪魔をしてはいけませんわね」と立ち上がった。

「ああ。……エレイン。ありがとう」

「そうそう。私ね、新茶は好みませんの。汚れを知らない所が、とっても嫌なんですもの」

その時彼女が何を言いたかったのか……ついぞ、聞くことは出来なかった。シェリルを産んだ後すぐにエレインは体調を崩して儚くなったのだ。

これでようやく解放される。

今度こそお飾りではない妻を迎えなければ、と俺は躍起になって縁談を探した。今思えば、ぽっかりと穴が空いた心を認めたくなかったのかもしれない。

しかし後妻で、しかも子供がいる男爵家に嫁いでくれる令嬢はなかなか見つからなかった。

ようやく見つかった相手がヘレナだ。目が細くもっさりとした容姿の彼女は決して美人とは言えない。また堅物な性格も災いして、年頃になっても相手が見つからなかったらしい。しかし今の俺にとっては嫁いでくれるだけでも有難い相手だった。

実際ヘレナはよくやってくれた。家内の統制に執務の手伝い。すぐに娘メリンダも産んでくれた。躾も、彼女に任せておけば間違いが無い。

その分、俺はシェリルを甘やかした。欲しがる物は何でも与えた。どうせ資金は公爵が出すのだ。

ヘレナはシェリルのこともメリンダと分け隔てなく育てようとし、甘やかすなと俺を何度も窘めたが、俺は聞く耳を持たなかった。

血のつながらない、名前を付けることすら許されなかった娘だ。まともに育てる義理などない。

その甲斐あってシェリルは常識知らずの娘に育った。エレインのような男を手玉に取るしたたかさもない。見た目だけは母親に似て美しい、ただの愚かな娘。

ロートン侯爵家から突然縁談の話が来た際は驚いたが。

どうせ公爵が手を回したのだろうと、有難く受けておいた。これでようやく厄介払いが出来る。あの娘に侯爵夫人など務まらないだろうが、知ったことか。

俺にとってそれは復讐だった。俺を捨て駒にした公爵へ、そして俺を見ようとしなかったエレインへの。

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「お父様。爵位を譲って下さい」

ロートン侯爵家より、シェリルが療養生活に入ったとの知らせが届いてからしばらくして。メリンダに呼び出されて居間に赴けば、厳しい顔をしたヘレナと婿のクラークもいた。

「は?いや、確かにいずれはメリンダに譲るつもりではあるが……まだ早いだろう」

「お義姉様が先ごろ 療(・) 養(・) さ(・) せ(・) ら(・) れ(・) た(・) ことは知っているでしょう?そのせいで、我が家まで悪評に晒されていますの。お父様、責任を取って引退して下さいな。後は私たちで何とかしますから」

「なぜ俺が」

「お義姉様がああなったのは、お父様が散々甘やかしたせいではありませんか。ああ、何ならロートン侯爵領のお義姉様のところへ居を移されてもよろしくてよ」

「お前、実の父を追い出す気なのか!?」

「お父様にとって、私は要らない娘なのでしょう?お父様はお義姉様しか愛しておられないのですもの」

「な……何を言っているんだ。メリンダの事は娘として大切に思っている」

「そうですか。お父様は大切な娘に『シェリルと違って、ドレスが似合わない』『元の容姿の悪さはどうしようもない』『 あ(・) れ(・) を好いてくれる男などいないだろう』と仰るのね。随分歪んだ愛情ですこと」

「そ、それは……本気では……」

俺は冷や汗を流していた。確かに言った覚えはあるが、シェリルを喜ばせるための甘言で本気ではない。あの娘は、自分が優位に立っていることを喜ぶような性根だったから。

「ではどういうおつもりでしたの?私は何度もお伝えしたはずですわ。愛情に差異があるのは仕方ないかもしれませんが、せめて表面上だけでも子供たちを平等に扱ってほしいと」

ヘレナまでもが、俺を切り捨てようとしていた。

「貴方は結局、シェリルしか要らなかったのでしょう?」

「ち、違う!シェリルは俺と血が繋がっていない。俺の娘はメリンダだけだ!!」

他言無用という約束を忘れて俺は叫んだ。シェリルこそ、俺には要らないものなのに。

「……お父様。弁解するにしても、もう少しマシな言い訳はございませんの?」

「そのような戯言、信じられるわけがないでしょう」

妻と娘から溜め息と共に投げかけられたのは、ゴミを見るような目。あの、婚約解消を告げた日に元婚約者から向けられたような。

結局メリンダやヘレナの圧力に負け、俺は爵位を譲る書類にサインをさせられた。

今はメリンダが慣れるまでの当主補佐ということで屋敷に置いて貰っているが、いずれは領地に押し込められるらしい。食事を共にすることも許されず、部屋で一人味気ない食事をとる。

酒を浴びるように飲み泥酔すると、決まって俺をじっと見つめる碧色の瞳が現れる。

あれはシェリル……いや違う、エレインだ。俺を映して欲しいと心底願っていた、その瞳。

……そうか。俺はずっと縛られていたんだな。あの高慢でしたたかな、寂しい女に。

「どうすれば良かったんだろうな」

独り言を口にしてたところで答える者はいない。碧の瞳は何も言わず、ただそこにいるだけだ。