軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話 マラソン大会当日

マラソン大会ではまず女子が走り始めて、それからしばらくして男子が走り始めることになっている。

なぜこのような順番になっているのか、詳しいことは分からないが……

おそらくは混み合わないようにするためだろう。

一般的に男子と女子を比較すれば、男子の方が速いことは想定できる。

そして男子は十キロ、女子は七キロという距離の違いはあるが……この程度の距離ならば、男子の先頭集団はすぐに女子の後方集団に追いつくだろう。

だから男子のスタートを遅らせるというわけだ。

そういうわけで愛理沙たちを見送ってからしばらくして、由弦たちが走る番となった。

合図と共に男子が一斉に走り出す。

由弦も宗一郎たちと並ぶ形で走り出した。

(……最初は差がつかないというか、みんな周りに合わせるんだよな)

これは日本人特有の、周りを伺ってから自分の出方を決める、集団に合わせる傾向故か。

それとも世界全ての少年少女は周囲に合わせるのか。

それとも単純に序盤はゆっくり走るから差がつかないだけなのか。

分からないが、最初は全員、団子のようになって足並みを揃えるのが恒例である。

そしてチラチラと集団から抜け始める人が出てくると……

安心したように集団から離れていく。

気付くと先頭集団と後方集団の間には大きな差が生じていた。

「……」(さて、どうするか)

由弦の前を走っているのが宗一郎。

後ろを走っているのが聖だ。

宗一郎はこのまま由弦と聖を自分より前に出すつもりはないだろうし、聖は終盤で由弦と宗一郎を追い抜く算段をしていることだろう。

そして勿論、由弦は聖に抜かされるつもりはなく、宗一郎を追い抜くつもりでいる。

今は序盤なのでそれぞれ様子見で一定の距離を保っているが、中盤以降からは心理戦になるはずだ。

(まあ、今はこの距離を維持するか)

由弦は体力を優先することを第一に考える。

由弦たちは比較的、先頭集団を走っているということもあり……

すぐに女子の後方集団に追いつき始めた。

そしてその後方集団の中には……天香の姿があった。

まだ序盤にも関わらず、すでに辛そうにしていた。

「大丈夫か?」

「……ぜぇ、話し、ぜぇ、かけないで……」

後方からそんな会話が聞こえてきた。

どうやら聖が天香に声を掛けたようだ。

もっとも天香の方はそれに答える余裕はない様子だ。

さて、天香を追い抜かし……中盤に差し掛かったころ。

丁度、反対車線側には折り返し地点を過ぎた女子の先頭集団が走っていた。

そしてその中には……亜夜香と千春の姿があった。

二人は性格的に出し惜しみをしたり、様子見をしたりするようなタイプではないので、最初から先頭を突っ走ってきたのだろう。

もっともさすがの二人も、それなりに辛いらしい。

軽く目を合わせるだけで過ぎ去っていく。

そしてそれからしばらくすると……

“女子”の折り返し地点を曲がろうとする、女子の中間集団を前方に見かけた。

(あっ……)

そしてその中には「雪城」という苗字の書かれたゼッケンがあった。

後ろで纏められた美しい亜麻色の髪が揺れている。

目印として置かれた三角コーンをぐるりと回り……愛理沙は由弦たちの方向へ向いた。

白い肌は紅潮しており、肌には汗が浮かんでいる。

少し辛そうな表情をしていた。

……そして僅かにその大きな胸が揺れていた。

短いパンツからは健康的な白い脚が覗いている。

体操服は少し汗が滲んでいて、僅かにキャミソールが透けて見えている。

そんな、ちょっとだけセクシーになっている愛理沙へと由弦が熱い視線を送っていると……

さすがの愛理沙も由弦に気が付いた。

そして彼女は何を勘違いしたのか、微笑みを由弦の方へと向けてくれた。

(可愛い……)

体に力が漲ってきた……気がした。

が、同時に少しだけもやもやとした気持ちになる。

(他の男には見せたくないな……)

この妖精のように可愛らしく、そして艶っぽい“婚約者”は自分だけのもので、他の男には見せたくない。

そんな独占欲が湧き上がってくる。

(いや、でも……自慢したい気持ちも……)

それと同時に“婚約者”を自慢したい気持ちもある。

うちの“婚約者”は可愛いだろう、どうだ、羨ましいだろう? と。

(あ、不味い)

そこまで考えてから、由弦は慌てて自分の口元を手で覆った。

気付かないうちに表情筋が緩み、ニヤけていた。

ニヤニヤしながら走る男……

控えめに言ってかなり気持ちが悪いだろう。

表情を引き締め……そして“男子”の折り返し地点に到着した。

女子も男子もスタート地点が同じならば、折り返しが異なるのは当然のことだろう。

由弦は三角コーンを回り……

そして気付く。

自分の横を聖が走っていることを。

追い上げてきたのだ。

由弦は聖に抜かされないように速度を上げ、そしてついでに宗一郎も抜こうとする。

これに対抗するように宗一郎と聖は速度を上げた。

「……」

「……っ」

「……はぁ」

三人、横並びになってのイタチごっこが始まる。

(……これ、失敗したな)

ようやく、由弦は気が付いた。

三人で競争なんかしたら、余計に辛くなるだけだと。

適当に気楽に走った方が楽だった。

とはいえ、今は食事が掛かっている。

しかも由弦の場合、愛理沙に然るべきプレゼントをしないといけないので……宗一郎や聖に食事を奢るような金はない。

由弦は一心不乱に愛理沙のことを考えながら、とにかく走る。

とはいえ、気力だけでどうにかなるなら、この世に体力の概念はない。

宗一郎、由弦、聖の三人は皆そこそこ運動が得意だが……

この中では宗一郎が頭一つ、抜けている。

必然的に宗一郎が僅かにリードをする形になり、その後ろに由弦と聖が続いた。

(ま、不味い……不味いな)

由弦の僅か後ろを、聖がピッタリとついて来ている。

どうやら彼は直前になって、一気に追い上げる戦法に出たようだ。

じりじりと宗一郎や由弦に圧力を掛けている。

時折速度を速めるふりをするのが嫌らしい。

と、そうこうしているうちにゴールが見えてきた。

ゴール付近ではすでに先に到着した生徒たちが遠巻きに見守っている。

「宗一郎くーん、がんばれぇー」

「あと少しですよぉー」

その声は亜夜香と千春だった。

すると露骨に宗一郎の足の回転数が上がった。

女の声援で元気になるなんて。

なんて現金な奴だ! と由弦は内心で憤慨した。

ところで愛しの想い人は自分を応援してくれていないのだろうか?

とそう思って彼女を探す。

愛理沙は亜夜香と千春の、すぐ隣にいた。

胸に手を当てて、こちらを見ている。

僅かに愛理沙の可憐な唇が動いた。

がんばってください。

そう聞こえた。

厳密にはそんな風に愛理沙が応援をくれた……気がした。

(そうだ。俺は愛理沙のために頑張らないといけないんだ)

由弦は最後の気合いを振り絞った。

聖も最後の追い上げをしてきたが……気にしない。

野郎のことなんぞどうでも良い。

由弦の頭には愛理沙しかいなかった。

そして……

「俺は久しぶりに包み焼きハンバーグが食いたい」

「俺は何でも良い。奢りなら、な」

宗一郎と由弦がどのファミレスに行くかを話している横で……

「……お前ら、男同士の戦いで、そういうのは、卑怯だろ……死ねよ」

聖が怨嗟の声を漏らした。

尚、天香は最後に盛大な拍手と共にゴールインした。

可哀想なので、彼女についてはみんなで触れないようにすることにした。