軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編上 愛理沙ちゃんは

いつの頃から、あの人のことが好きになってしまったのだろうか?

ふと、思い返す。

あの人と初めて出会ったのは入学式の時。

養父からは「決して揉め事は起こさないように」と厳命されていた。

だから初めから、彼のことは知っていたし、印象も良く覚えている。

とても物静かで、落ち着いている人。

それが彼の印象で、そして多くのクラスメイトたちもそういう印象を覚えたと思う。

クラスの女の子たちは、カッコいいけれどおとなしそうな人と彼のことを評した。

しかし私は彼の事を、おとなしそうな人だとは思えなかった。

今にして思うと、私は彼のことを……怖いと思ったのだ。

例えるならば、大きな巨木。もしくは鬱蒼と木が茂る森だ。

静かで、落ち着いている。

だけれど……とても強い力を持っている。

そう感じた。

同じクラスになって、私と彼の間には特に会話はなかった。

私は男の人とあまり関わり合いになりたくないと思っていたし、彼の方は特に私に対しては興味を抱いていない様子だった。

だから養父から「彼がお前との縁談を望んでいる」と言われた時には、少し驚いた。

彼は私に対しては、明らかに無関心だった。

本当に彼は私のことが好きなのかと、疑問に思いつつも……私はお見合いを断れず、承諾した。

そしてやはり、彼が私との縁談を望んでいるというのは養父の誤解だった。

それどころか彼は、あまり縁談をしたくないという様子だった。

当然だと思う。

高校生で婚約だとか、結婚だとか……さすがに考えられない。

だから、もしかしたら。

“偽装婚約”という無茶なお願いも聞いてくれるのではないかと、思った。

そして結果的に彼は私のお願いを聞いてくれた。

私を庇うために。

優しくて、気遣いもできる人。

そんな印象が加わった。

その時から彼のことが好きだったか……と聞かれると、分からない。

少なくとも、あの時は彼に対しては強い思いを抱いていなかった……と思う。

はっきりと断言できないのは、今、思い返すと、彼の気遣いがとても嬉しく、頼もしく感じ、そして……とても胸が苦しくなるからだ。

それから、成り行きもあって彼の家に週に一度、通うことになった。

彼のことを、たくさん知ることができた。

そして私のことも、私の家庭事情についても、気付くと彼に話していた。

大抵の人は、私の事情を知ると……大きく分けて二つの行動を採る。

“大きなお世話”をするか、逃げるかだ。

いや、この表現は私にとって都合が良すぎるかもしれない。

義兄は時折大きなお世話をしてきた。

大したこともできないくせに余計なことをされて、私の立場が悪くなった。

だから私は助けて欲しいのに、助けなんて要らないと言うようになった。

だって、助けられないのに助けようとしてくるから。

そんなことをされてしまうと、私の立場は余計に不利になる。

私が助けを拒絶するから、人は見て見ぬふりをしたり逃げ出すようになった。

助けて欲しいのに、助けて欲しくない。

私にとって都合が良いように、都合の良い匙加減で、助けて欲しい。

本当に我儘で、自分勝手で、傲慢な考えだと思う。

何の意思表示もできない弱虫な私のそんな意図を汲んで、それを実行してくれるような都合の良い白馬の王子様などいるはずがない。

いるはずがない……

のだけれど、彼はそうしてくれた。

力になると、言ってくれた。

できる限り私を助けようとしてくれた。

けれども私の立場が不利になるような、強引なことはしなかった。

もしかしたら、美化しすぎているかもしれない。

偶然かもしれない。

けれど、それでも……彼は私のことをしっかりと見て、何も言わない私の意図を汲み取って、私の意思を尊重して、私がして欲しいことをしてくれた。

この人は私を守ってくれる。

そんな安心感を抱くようになった。

だから……彼なら安心だと、そう思って、プールのデートにも付き合った。

そしてそこで、偶然に鉢合わせた亜夜香さんと千春さんに聞かれた。

彼のことが好きなのか? と。

いつから彼のことが好きになったかは分からない。

けれど、はっきりとそれを自覚したのはいつなのかと言うと……その時だろう。

まず、私は亜夜香さんと千春さんに彼氏(? と言って良いか分からない。仮に彼氏だとしたら、佐竹さんは二股を掛けているわけで、そしてあの二人はそれを容認していることになる。真剣によく分からないし気になるけれど、それはここでは重要ではない)がいることに、とても安心した。

彼と、亜夜香さんや千春さんの間にそういう関係や気持ちがないことを確認できて、とても安堵した。

加えて、亜夜香さんと千春さんに由弦さんへの好意の有無を聞かれて……自覚した。

私は彼のことが、好きなのだと。

そして夏祭りの日、それは決定的になった。

彼は私の“嘘”を許してくれた。

彼なら、信じられる。

安心できる。

体を委ねても良い。

そう思った。

彼に抱きしめられると、ドキドキした。

頭を撫でられると、安心した。

逆に彼の頭を撫でて、悪戯したい気持ちに駆られた。

これが恋なんだと、はっきりと分かった。

彼も同時に私のことを好きに思ってくれていたか……は分からない。

けれども彼は母から私を守ってくれたし、私の粗末な誕生日プレゼントにも喜んでくれた。

だから……罪悪感を少し覚えた。

だって、私は彼に何も返すことができていないから。

助けて貰ってばかりで、それも……私自身は助けてと口にしないで。

全て責任を彼に押し付ける、そんな行為だ。

自分がとても醜く、感じられた。

だから私は……彼に、当たってしまった。

私は醜い人間だと。

彼はそれを知らないんだと。

本当に無茶苦茶で、自分勝手で、我儘だった。

だけど彼はそんな私を、受け入れてくれた。

私が醜い人間だということを知った上で、それを肯定してくれた。

申し訳ない気持ちは、今もある。

けれど、胸が軽くなった。

同時に私も彼に何か、返さなければいけないと思った。

尽くされてばかりではなく、私も彼に尽くさなければと。

とはいえ……私が彼に出来ることと言えば、お弁当を作ることくらいだった。

でも、彼は喜んでくれた。

いつも美味しかったと、言ってくれた。

このままずっと、彼のためにお弁当を作っても良い。

夕食も毎日、彼のために手作りしたい。

そんなことを思うようにまでなった。

そしてクリスマスの日、彼は私にこれからも料理を作って欲しいと言ってくれた。

まるで、プロポーズのようだなと思った。

勿論、彼はプロポーズの意図で言ってくれたわけではないだろう。

でも、それがプロポーズであったとしても私はその言葉に対し、頷いただろう。

喜んで、受け入れた。

この時、私は思ったのだ。

この人となら、結婚しても良いと。

彼となら、結婚して、夫婦になって、子供を産んで、一緒に歳を取って、孫に囲まれて……そんな人生を、想像することができた。

今まで考えないようにしてきた、彼との結婚が現実味を帯びてきた。

彼から貰ったネックレスを眺めながら、彼との結婚生活を思い描くようになった。

薄々思ってはいたけれど、彼は私のことを好いてくれている。

それはネックレスを見れば分かる。

彼が私に贈ってくれたネックレスはブランド物の、とても素晴らしい品物だった。

一目見て、分かった。

彼が私の趣味を把握してくれていること……以前、映画館へデートをした時に私が彼に話したことを、彼はしっかりと聞いて、覚えていたことを。

それにそのネックレスはとても高価な代物だ。

バイトで生活費を捻出している彼にとって、安い買い物ではないだろう。

好きでもない女性にそんなものを贈ったりはしない。

だから、彼は私のことが好き……なはずだ。

私と彼の関係は偽物の“婚約者”だ。

しかしそれは私と彼の間に、双方好意がなく、私が自分だけの力で生活できるようになった段階で婚約破棄をすることが、前提となっている。

その前提は崩れた。

私は彼のことが好き。

彼は私のことが好き。

なら、このままの関係を続けて行けば良い。

そうすればやがて、私たちは普通の婚約者となって……結婚する。

呑気にそんなことを私が思っていた時だった。

唐突に養父から言われた。

「お前が嫌なら結婚しなくても良いぞ」

と。