軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 高瀬川からの抗議

「……心配だ」

雪城愛理沙と天城直樹が高瀬川家へと、挨拶に出向いた日。

実家に帰省していた天城大翔は、非常にソワソワした時を過ごしていた。

理由は勿論、愛理沙が高瀬川家へと赴いたことだ。

天城大翔の頭の中では、愛理沙は大金と引き換えに高瀬川家へ売られたことになっている。

その愛理沙が高瀬川家の人間に、酷いことをされないか心配しているのだ。

「心配のし過ぎだと、思いますよ……お兄様」

そんな大翔を窘めたのは、 天城芽衣(あまぎ めい) 。

小学六年生。

大翔とは七つほど年の離れた妹だ。

「私の目から見て……愛理沙さんは嫌がっているようには、見えませんよ」

それから芽衣は近頃の愛理沙の様子を思い浮かべた。

彼女は与えられた自室(と言っても物置部屋を改装したものだが)で、一日中、婚約者から買い与えられたプレゼントのネックレスを眺めながら、にやけていた。

義理の妹として、姉が幸せそうなのは結構なことだ。

しかし……ちょっと、いやかなり気持ち悪かった。

(あれ、多分ブランド物だよね……良いなぁ、愛理沙さん)

天城家は世間では、一応裕福な家ということになっている。

が、実際は決して余裕があるわけではない。

勿論、中流家庭以上の生活は維持できているが……

かなり背伸びをしている。

少なくとも小学生の芽衣が、ブランド物を手にすることはできないだろう。

「当然だろう。愛理沙が嫌と言えるはずない」

本心を隠しているだけだ。

本当はきっと、嫌がっているに違いない。

そう言われると、芽衣も決して否定はできない。

「……まあ、そうかもしれませんが」

子供である芽衣はこの政略結婚の経緯を知らないが……

随分と大金が絡んでいるということは、薄々勘づいている。

愛理沙の性格を考えれば、断れないだろう。

大翔と芽衣がそんな話をしていると……

「フン……散々、選り好みをしたんですからね。まさか、今更嫌だなどと言い出す道理は通りませんよ」

不機嫌そうに鼻を鳴らし、会話に割り込んできたのは天城絵美。

二人の母親だった。

彼女が愛理沙のことを酷く嫌っていることは周知の事実だ。

特に今回の“婚約”に関しては、非常に機嫌を悪くしている。

自分から縁談を受けると言ったにも関わらず、幾度も縁談を断り続け、男を選り好みした愛理沙の態度と行動が、気に食わないのだ。

そして大翔と芽衣は預かり知らぬことだが……元々は実子である芽衣の婚約相手である高瀬川由弦を奪ったことも、彼女を苛立たせていた。

加えて愛理沙が悲劇のヒロインぶって、自分の悪口を高瀬川由弦に吹き込んでいる(と思われる)ことも、腹立たしい。

愛理沙の行動と態度は、愛理沙の母親――つまり絵美の妹――を絵美に強く想起させていた。

「わざわざ、そんな話をするんじゃありません」

折角、愛理沙という不快な存在がいないのに。

その話を子供たちがしている――それも愛理沙を心配している――というのは絵美にとっては不愉快なことだったようだ。

彼女は強引に大翔と芽衣の話を終わらせた。

母親を相手に強く出れない二人は言われるままに、話を中断した。

もっとも……大翔は不満そうではあったが。

その日の夜。

絵美と愛理沙、芽衣が寝静まった後……直樹と大翔は向かい合っていた。

「……それで、お父さん。話とは、何ですか?」

不満そうな表情で大翔は直樹に言った。

珍しく、直樹が大翔に対して「話がある」と呼び出したのだ。

大抵、直樹が大翔や芽衣に「話がある」と言い出す時は説教だ。

大学生になってもやや反抗期を引き摺っている大翔にとって、父親からの説教はあまり心地の良い物ではない。

身に覚えがなければ、尚更だ。

「去年の十一月頃、高瀬川さんから正式な抗議が来た。身に覚えがあるか?」

「……僕は特に悪いことをした覚えはありませんが」

大翔は不愉快そうに眉を顰めた。

すでに“高瀬川”を敵として認定している大翔にとって、高瀬川家や愛理沙の結婚が絡んだ話は聞きたくもないことだ。

それに大翔が最後に由弦と出会ったのは、夏季休暇の時。

時期がズレる。

「両家の結婚の話を、他人に話したそうだが。違うか?」

そう言われて、ようやく大翔は今回の説教の趣旨を理解した。

愛理沙の結婚について、小林祥太に話したことがどうやら高瀬川家に伝わってしまったようだ。

高瀬川由弦と雪城愛理沙の縁談に関する正式発表はまだ行わない。

というのが両家の方針だ。

故に軽々しく、他者に話してはならないことになっている。

もっとも……別に絶対に秘密にしなければならないことではない。

すでに橘、上西、佐竹と言った名家は勿論の事、海原のような議員たちもこの縁談についての話は聞き及んでいるだろう。

情報を隠す必要はない。

だが両家に関わる人間が明言してはならない。

公然の秘密の状態にする……それが両家に交わされた約束だ。

「……愛理沙の友人に話しただけです」

大翔から見ると、それは実に馬鹿馬鹿しい話だった。

どうせみんな知っているなら、口を噤む必要性はない。

そもそも 愛理沙の友人(小林祥太) は他人ではない。

それが大翔の主張だ。

「それを他人と言うのだ」

直樹はあっさりと、大翔の言い訳を切り捨てた。

そして淡々と、強い口調で言った。

「この縁談は会社にとっても、両家にとっても、愛理沙にとっても重要なことだと話したはずだ。お前の軽々しい行動が原因で、破談になったらどうするつもりだ」

「この程度で破談になるような婚約なら、そもそもしなければ良いでしょう!」

そもそも婚約の破談を望んでいる大翔は、そう言い返した。

それに対し、直樹はため息をついた。

「問題はそれだけではない。どうやらお前は、愛理沙のことを慕っている少年に、嘘を吹き込んだそうだな。そのせいでその少年が、愛理沙と高瀬川の娘さんに危害を加えようとしたと聞いたぞ」

実際のところは彩弓に言い負かされ、ボロボロにされただけだが。

しかし危害を加えた可能性は否定できない。

落ち着いているように見せてかなり頭に来ていた由弦は、両親に対してそうとも受け取れるような言い方で報告した。

これによって小林祥太の名誉はかなり毀損されていたが……

しかし、冷静・冷徹・冷血な高瀬川の男である由弦にとって、小林祥太の名誉など、どうでも良いことだ。

重要なのは可愛い妹と愛する女性の安否だけである。

「危害を? ……彼はそんなことをするような人ではありません!」

「お前の印象は聞いていない。それと嘘を吹き込んだことは本当か?」

「嘘なんて、言ってません」

「まるで高瀬川家が金と権力で愛理沙を脅し、奪い、そして由弦君が愛理沙に結婚を強要しようとしているかのような言い方をしたそうだが、違ったか?」

「だって、その通りでしょう」

間違ったことは言っていない。

事実を話しただけだ、と大翔は主張した。

それに対し直樹は眉を顰める。

「……どうやら誤解をしているようだな。愛理沙の婚姻以前に、高瀬川との取引や融資の話はあった。由弦君と愛理沙の婚姻は、両家の友好のためだ」

「物は言いようです。実際、愛理沙が生贄にされているのは事実でしょう」

大翔は由弦が愛理沙に恋をしていて、もしくは彼女の“体”を欲していて、実家の権力を使って愛理沙を略取しようとしていると思っている。

その事実は大翔の中では確かなことだが、しかしもしその事実が違うとしても、直樹の言う通りにこの婚姻が両家の友好のためであったとしても、愛理沙が人身御供にされている点は変わらない。

大翔の主張を聞いた直樹は、目を見開いた。

実際、愛理沙に苦労させているのは事実ではあるが……しかし大翔の主張は、直樹の認識とは大きく違っていた。

「生贄などではないし、生贄にさせたつもりはない。愛理沙の幸せも考えての事。高瀬川はこの国有数の名門だ。その家に嫁げるならば、愛理沙の将来は安泰だろう。愛理沙も縁談を望んでいる」

今度は呆れるのは大翔の方だった。

もし本気でそれを言っているならば、(大翔からすれば)直樹は大きな勘違いをしている。

「縁談を望んでいる? 愛理沙が望んでいるはずがないでしょう」

「なぜ、お前にそれが分かる。愛理沙は由弦君と結婚したいと言っているぞ。それ以前の見合いの話も、愛理沙がしたいというから持ってきた」

直樹は天城を立て直そうと奮闘してはいるが、しかし未来は明るいとは言えない。

特に高瀬川と取引をする前は、直樹の会社はいつ倒産してもおかしくない状態だった。

愛理沙の今後を考えると、早いうちに良い相手を見つけることは決して悪いことではない。

だから愛理沙に提案したのだ。

お見合いを受けてみないか? と。

お見合いを受けたからと言って、絶対に結婚しなければならないという道理はない。

相手が嫌ならば、断れば良い。

気に入った相手がいなかったら、それはそれで良い。

それに愛理沙が嫌だと言うのであればその話はそれでやめるつもりだった。

結局のところ愛理沙はお見合いには乗り気の様子だった。

特に嫌がる様子は見せず、首を縦に振った。

そして幾度かお見合いを続け……愛理沙も気に入った相手もいない様子だったので、止めてしまおうとした時。

丁度、高瀬川から「由弦が愛理沙に興味を示している」という話が持ち込まれたのだ。

と、直樹は大翔に説明した。

すると大翔はため息をつき……強くテーブルを叩いた。

「あんたは何も、愛理沙のことを分かっていない!! 子供のことを見ていない!!」

「そんなことは……」

「あんたにお見合いをしないかと、そう言われたら、愛理沙の立場じゃ、嫌なんて言えるわけないだろ!!」

大翔はそう怒鳴ると立ち上がり、自室へと戻ってしまった。

直樹はしばらく呆然としていたが……

「……ふむ、そうだったのか」

そして頭を抱えて、小さく呟いた。

「だとしたら、すまないことをしたな……」