軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 “婚約者”と必要経費

ハロウィンから一週間と少し。

その日、第三回全国模試が行われた。

模試終了後、由弦と愛理沙はマンションで自己採点をしていた。

「こうも模試続きだと、さすがに疲れますね……」

自己採点を終えた愛理沙は大きく伸びをした。

二週間もしない前に高難易度模試という別の模試があったばかりなので、一か月の間に二連続で模試があったことになる。

途中でハロウィンという息抜きがあったが……

さすがの愛理沙も疲れたようだ。

「でもまあ……一先ず、これで終わりだからね。模試は」

「そうですね。……息抜きも兼ねて、次の土曜日、その……お外にしませんか?」

つまりデートのお誘いだ。

ここ最近は“お家デート”という名の勉強会が続いていたので、外に遊びに行くのは大賛成だ。

ただ……

「そのことだが、実は相談があってね」

「相談、ですか?」

「ああ。……彩弓、俺の妹も一緒に来て良いかな?」

由弦の提案に愛理沙は目を丸くした。

事の経緯は昨晩まで遡る。

「はい、もしもし」

『兄さん、私、私だよ!』

「私私詐欺の方ですか?」

『た か せ が わ あ ゆ み、高瀬川彩弓です!!』

「なんだ、彩弓か」

『何だ、じゃないでしょ。携帯で掛けてるんだから、分かるでしょ!』

ぷんすか、と電話の向こうで怒る彩弓。

勿論、由弦も冗談で言っているし、彩弓も冗談で怒ったふりをしている。

兄妹なのだから、これくらいのじゃれ合いは日常茶飯事だ。

「それで、何のようだ? ……明日、土曜日は模試があるんだが」

土曜日だが、登校して模試を受けなければいけない。

校外模試を校内で受けるというのは少々変な話ではあるが。

『勉強中だった?』

「ああ、勉強中だ。手短に頼むよ」

『私、次の土日、都心の方に服を買いに行きたいんだよねー』

「護衛兼荷物持ちとして付いてきて欲しい、そういうことか?」

『うん、半分はね』

兄妹仲はそこそこ良い部類で、彩弓の護衛として、荷物持ちとして、彼女の買い物に付き合ったことは何度もある。

由弦が一人暮らしを始めた後も、同様だ。

しかし……半分、とはどういうことだろうか?

由弦は首を傾げる。

「もう半分は?」

『兄さん、女の子の服とか全然、分からないじゃん?』

「可愛いか可愛くないかくらいは判別できるぞ」

『でも流行もブランドも分からないじゃん』

確かに由弦は女性物のブランドは分からない。

興味がないからだ。

時計やスーツのブランドなら興味があるので多少は分かるのだが。

『それで愛理沙さんにも来て欲しいなぁって』

「愛理沙に?」

『ほら、そろそろ本格的に冬の服が欲しい頃じゃない? 愛理沙さんも女の子だし、私と同じ気持ちだと思うんだよねぇ。友好も深めるついでに一緒に買い物に行きたいの』

「なるほどね」

とはいえ、愛理沙からは最近、コート代金を受け取ったばかり。

彼女に金銭的な余裕があるか、心配だ。

「まあ、一応聞いてみる」

『よろしくねー。兄さん、愛してる』

「はいはい、俺も愛しているよ」

「と、まあそんなことがあった」

「なるほど」

由弦からの説明を聞いた愛理沙は納得した様子で頷いた。

そして小さく頷く。

「良いですよ」

「……お金は大丈夫か?」

由弦は愛理沙がどれくらいのお小遣いを貰っているか知らない。

だが、おそらくはそうたくさん貰ってはいないだろう。

高瀬川家は「衣服・化粧品・筆記用具・教科書はお小遣い外」という考え方なので、彩弓は両親から相当の衣服代をせしめてくるはずだ。

彩弓の買い物に付き合えば、愛理沙の財布は干上がってしまうだろう。

「私の家では、お小遣いは月ごとではなく、目的・用途別です」

「目的別?」

「例えば……定期的に買い替える必要がある服だと、四半期にまとまった金額を衣服の代金として貰える感じです。デートの時は、その都度ごとに……という感じです。ですから由弦さんと妹さんと一緒に服を買いに行くと養父に言えば……多分、服代とは別に貰える、かどうかは分かりませんが取り敢えず冬の衣服代金は最近、頂いたばかりなので、懐は温かいですよ」

前々から、愛理沙の金銭事情について、由弦はいろいろと疑問を抱いていた。

例えば彼女は「ちょっと高い感じの石鹸を買ったことがない」と言っていたが、その割にはお洒落な服を身に着けていたりする。

そしてデートをするとき、映画館や食事などで躊躇する様子を見たことがない。

お小遣いがあるのかないのか……どっちなんだろう?

と思っていたが、今の愛理沙の言葉で疑問が解けた。

おそらく、愛理沙の養父は愛理沙に対し、不自由ないように育てているつもりではいるのだろう。

由弦とのデート代はちゃんと渡すし、衣服代も支給する。

しかし……男である彼女の養父には「石鹸に拘る」という発想が存在しない。

石鹸以外にも、そういうことが多々あるのだろう。

愛理沙としては周囲がそういう物を持っているのに自分だけ持っていないという状況には、強い劣等感を抱くし、コンプレックスの種ではあるものの、生活必需品でない以上、養父にそれを買うお金を 強請(ねだ) れない。

「そうか。……なら、むしろ君としては得なわけか」

目的によってお小遣いが支給されるなら、愛理沙の懐は痛まない。

むしろ目的ができることは、愛理沙にとってはお金が支給される理由ができるということなので、“得”だ。

「そうですね。……養父には迷惑を掛けることになりますが」

少し申し訳なさそうな表情で愛理沙は言った。

そもそも婚約・結婚を強制してきたのはその養父であり、それに必要な経費なのだから、愛理沙が遠慮する必要はないような気がするが……

それでも彼女は気になってしまうのだろう。

「気にするな。……君と俺の婚約で、君の養父は少なくない利益を得ているんだから」

「……でもまだ結婚していないですよね? この状況でも利益があるんですか?」

“まだ”という言葉に少し由弦は引っ掛かったが、敢えて聞かなかった。

その上で愛理沙の問いに答える。

「君の養父が経営している会社に、既にうちの両親が相当額を投資したようだから。まあ……投資の話は俺と君との婚約以前からあったようだけど、婚約の後に投資額が増えたから、多少は影響しているだろう」

実際のところ、養父の目当ては金よりも高瀬川の傘下に入ったという事実と周囲からの評価だろう。

由弦と愛理沙の婚約は正式発表ではないが、しかし情報はどこかで必ず洩れるし、そもそも由弦の父は婚約の情報が洩れることを前提に行動している……否、積極的に洩らしたり、匂わせたりしていることだろう。

そうすることで天城が高瀬川の傘下に入ったことを、周知させている。

そして天城の方も高瀬川の傘下に入ったことを周知させることで、融資を募っているはずだ。

天城単体なら二の足を踏んでしまうが、背後に高瀬川がいると知れば、金を吐き出す人間も少なくはない。

由弦も気になってお金の動きを少し調べてみたが……高瀬川の関係者だけでなく、橘や上西、佐竹辺りはかなり初期の段階から――具体的にはプールでその子息である三人と鉢合わせする前の時点で――少額ではあるが、お金を動かしていた。

……まあ、この辺りの関係者は家系図を辿ればどこかしら繋がっていたりする。

そういうネットワークがすでに構築されているのだ。

由弦の両親が高瀬川の分家や血縁関係者に婚約の話を匂わせれば、あっという間に情報が拡散するのは当然のことである。

「つまり、俺と君が将来的に結婚せずとも、正式な婚約ではなく仮のものであっても……事実だけで君の養父はそれなりの利益を得ている。……まあ、だから良いんじゃないかな。少し我儘を言うくらいは……と言っても、天城の詳しい財政状況は知らないし、無責任なことは言えないけれど」

会社の経営が傾いていることと、家の家計が傾いていることはイコールではない。

会社の資金繰りが良くなかったからと言って、天城家の資金繰りがすぐに良くなるかと言えば決してそうはならないだろう。

「……そうですね。考えてみれば、必要経費ですね。無駄遣いはダメですけど」

そう言って愛理沙は僅かに微笑んだ。

婚約者の妹と仲良くするための交際費は必要経費であり、それを請求するのは当然の権利。

とそう考えることで罪悪感は僅かに薄れたようだった。

「……そうだね。その通りだと思うよ」

でもそれって、俺と君が結婚することが前提になるのでは?

と由弦は内心で思いながらも、適当な相槌を打つのだった。