軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 “婚約者”と冬

すでに暗くなっていたこともあり、由弦は愛理沙を彼女の家の前まで送り届けることにした。

二人で並んで歩く。

昼間は暑かったが、すでに秋に入りかけているということもあり、夜は少し肌寒い。

もっとも体が昼夜の寒暖差に驚いていること、そして着ているのが涼し気な夏服というのもあるのかもしれないが。

「大丈夫か? 愛理沙」

由弦にとっては少し涼しく感じる程度だが、愛理沙は少し寒そうにしていた。

声を掛けると、愛理沙は両手で体を抱いて見せた。

「……寒いの、あまり得意ではないんですよ」

「雪城、なのにな」

「苗字に雪が入っているだけじゃないですか」

そう言って愛理沙は小さく笑った。

とはいえ、本当に少し寒そうなので、苦手というのは嘘ではないのだろう。

愛理沙は由弦よりも寒さ耐性が低そうな服を着ているのもあるのかもしれない。

何にせよ、体を冷やして風邪を引くのは良くない。

由弦は少し考えてから、ジャケットを両手で握り、軽く引っ張りながら愛理沙に尋ねる。

「貸そうか?」

「え? ……でも、由弦さんは寒くないですか?」

「見栄を張らせてくれ」

由弦がそう答えると、愛理沙は「じゃあお言葉に甘えさせてください」と答えた。

ジャケットを脱ぎ、愛理沙に手渡す。

彼女は皺を付けないように、慎重に袖を通した。

ジャケットがすっぽりと、愛理沙の体を覆い隠した。

「暖かいです。……由弦さんは大丈夫ですか?」

「先ほどの君よりはね」

涼しいから少し寒いくらいに、体感温度が変わったような気がした。

が、耐えられないほどではない。

「本当に……ありがとうございます」

愛理沙は目を細めた。

それから彼女は視線を自分の足元に向けた。

「私、冬が好きじゃないんです」

「寒いから?」

「そうですね。震えているときに、上着を貸してくれるような人もいませんでしたから」

助けてくれる人がいなかったという意味か。

それとも他の意味があるのか。

由弦には分からなかった。

「でも、今年の冬は……ちょっと、好きになれるかもしれません。そんな気がします」

「よし、じゃあ君が冬を好きになれるように努力しよう。……と言っても、あと二か月以上あるけどね」

まだ九月の半ばだ。

冬の話をするのは少し気が早いだろう。

「そう言えば、由弦さん。その、こういうことを聞くのは、あまり良くないのかもしれませんが……」

「スリーサイズ?」

「違います! ……その、コートのお代を立て替えて頂いたじゃないですか。それで、どれくらい、その、お懐事情が……無理をなさっていないかと。由弦さんのお小遣いも限りはありますし、それにもしご両親のお金でしたらそれはそれで申し訳ないというか」

「なるほど」

気にしなくても良いと言いたいところではあるが、愛理沙はこういうことを気にする子だ。

今まで自分の金銭事情を語ったことはないが、これから付き合いを続けていく以上、知らせておいた方が良いだろう。

「光熱費は親が出してくれている。あと、衣服代もみっともない恰好をされると困るからと、出して貰っているな」

服に関してはレシートを取っておいて、後から請求する形になっている。

もっとも、由弦の両親は適当なところがあるので、ややどんぶり勘定気味ではあるが。

「食費は?」

「最低限飢死しないように、と一万五千円だな。それに加えて、小遣いで五千円」

「……意外に少ないですね」

「まあ、我儘で一人暮らしさせて貰っている身で文句は言えないな」

とはいえ、二万円で食費と娯楽費を賄うのは少し厳しいところがある。

なので……

「後はバイト代だ」

「あ、バイトしていらしたんですか?」

「ああ……そう言えば言ってなかったな」

由弦は週に一度しか、部活に行っていない

愛理沙のための土曜日を除けば、週五がオフだ。

特に熱中している趣味があるわけでもないので、暇な時間はバイトに当てていた。

「自分でお金を稼ぐなんて、ご立派ですね」

素直に感心するような、そんな声音で愛理沙は言った。

由弦としては愛理沙に褒められるのは嬉しいが……

しかし同時にやや複雑な心境になった。

「うーん、いや、まあ……」

「どうしましたか?」

「今のはちょっと、違うかなって……思ってね」

言い淀む由弦に対し、愛理沙は首を傾げた。

「俺はさ、必要に迫られて働いているってわけじゃなくて、暇だからやってるんだよ。つまり趣味なんだ。別にいつでも辞められる」

そもそも、一人暮らしそのものが由弦の我儘だ。

家がそれなりに裕福だからこそ、許されている。

「学生の本分ってのは、学業だろう? だからさ……バイトも、部活動も、必要に迫られてとか、プロとしてその道で食べていくとか、そういう事情でもない限りは二の次じゃないといけないと思うんだよね。親が健在なら、子供はちゃんと勉強するべきだ」

「……でも由弦さんはちゃんと、学業と両立させているじゃないですか」

確かに由弦の成績は悪くない。

バイトにかまけて学業を疎かにしているわけではないが……

「でも、それに全力を出しているわけではないからね。……本来なら君のように、ちゃんと真面目に勉強をするべきだと思うよ。まあ……これは俺個人の勝手な考えだけどね」

「一つ、お聞きしても良いですか?」

「どうした?」

「いえ……そう思うなら、どうしてそうしないのかな……と」

それは当然の疑問だった。

自分でお金を稼ぐのは素晴らしいと思ってバイトをしているならばともかくとして、それを良くないことだと思いながらバイトをするのは変な話だろう。

勿論……それにはある意味、ちゃんとした理由がある。

「俺は良い子じゃないからね。悪い子だから……勉強だけするってのは、つまらないじゃないか。それに学生の本分は学業かもしれないが、人生の本分は趣味……楽しむことにあると思っているよ」

もっとも……由弦がバイトをしている理由は、もう一つある。

それは由弦の場合、将来がほぼ決まっているからだ。

順当に行けば由弦は親の仕事を、高瀬川家の家督を継ぐわけで……つまり職業選択の自由が実質的にはない。

由弦が自由でいられるのは学生の時だけだ。

だからこそ、両親も由弦の道楽バイトを認めている。

「確かに良い子ではありませんね」

一方、由弦の回答を聞いた愛理沙はそう答えた。

由弦は思わず苦笑する。

「そこは否定して欲しかったな」

「でも……」

「でも?」

「そういうところは、好きですよ?」

愛理沙はクスっと笑った。

由弦の心臓がドキっと、跳ねた。

そんな話をしているうちに、愛理沙の家の近くまで到着した。

「家まで、ついて行った方が良いかな?」

由弦はそう尋ねた。

普段の愛理沙なら、「ここまでで大丈夫です」と答えるところだ。

しかし……

「……今日は付いてきて、もらえませんか?」

どういう風の吹き回しか、家の前まで送って欲しいらしい。

勿論、徒歩にして五分程度の道なので手間でも何でもない。

由弦は愛理沙の家の前まで、ついて行った。

「折角、ここまで来たことだし。君のご両親に一言、挨拶をしても良いかな?」

「はい。……でも、今は養父はいないと思いますが」

愛理沙はそう言ってから、インターホンを鳴らした。

そして少しだけ申し訳なさそうな声で、インターホンの向こう側の人物へと話しかける。

「愛理沙です。今、帰りました。……開けて頂けないでしょうか?」

しばらくしてから、やや乱暴に扉が開いた。

ビクリと、愛理沙は体を震わせる。

出てきたのはやや不機嫌そうな表情の中年女性。

愛理沙の養母である、天城絵美だった。

「全く、家事を放り出してこんな夜遅くまで! 最近、随分と反抗的に……」

「すみません。愛理沙さんを、遅くまで連れ回してしまって」

由弦は愛理沙を庇うように、前に進み出た。

それから小さく、一礼する。

そして社交用の笑顔を顔に貼りつけた。

「これは……高瀬川君。うちの娘に付き合ってくれて、どうもありがとうございます」

天城絵美は一瞬、たじろいだ様子だった。

そしてバツが悪そうな表情で由弦にそう言った。

(……愛理沙のことが嫌いなら、どうして結婚に反対なんだ?)

天城絵美は由弦と愛理沙の縁談には好意的ではないらしい。

しかし愛理沙のことは特に嫌っている様子だ。

あの時、お見合いの場で愛理沙の頬を叩いたのは彼女らしい。

しかし愛理沙のことを嫌っているならば、別に愛理沙が由弦と結婚しようがしなかろうがどうでも良いはず。

全くもって、理解できなかった。

もっとも、理解したいとも思わなかったが。

「いえ、僕も楽しませていただきました。……遅くまで彼女を引き留めてしまったのは、僕なんです。本当にすみません。どうか、愛理沙さんを責めないであげてください」

由弦が天城絵美にそう言うと、彼女は眉を顰めた。

とはいえ、由弦にそう言われて尚、愛理沙を叱り続けるわけにはいかないらしい。

「愛理沙、入りなさい」

「は、はい」

絵美は由弦の言葉には答えず、愛理沙を家に入れた。

それからやや乱暴に扉を閉めた。

「愛理沙、大丈夫だろうか?」

帰り道。

愛理沙のことを少し心配していると……携帯がなった。

そこには愛理沙からのメッセージが表示されていた。

『庇ってくれて、ありがとうございます』

『今度もまた、お願いできますか?』

由弦はホッと、ため息をついた。