軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 “婚約者”とコート

「この秋物のコート、お洒落ですね」

そう言って愛理沙は値札を見て……

表情を曇らせた。

「予算オーバーか?」

「……少しだけ」

チラりと由弦は値札を確認する。

愛理沙が言うには、彼女が養父から受け取った衣服代よりもこのコートは高いらしい。

なるほど、確かにちょっとお高い。

そのコートよりも少し低い程度のお小遣いというものは……果たして女子高生に対して衣服代として渡す額としては、適正かどうか、由弦にはイマイチ、分からなかった。

男性と女性では必要な額も異なるだろう。

とはいえ……

愛理沙が由弦と結婚することで天城家が得られる利益を考えると、ケチ臭いと言えばケチ臭い。

もっとも、結果論的に言えば愛理沙は由弦と結婚することはないので、妥当なのかもしれないが。

「いくら足りない?」

由弦がそう尋ねると、愛理沙は残念そうな表情で足りない金額を口にした。

由弦は少し考えてから、愛理沙に尋ねる。

「気に入っているのか?」

「……まあ、そこそこ」

そういう愛理沙の表情には未練の色があった。

もしそんなに気に入っているわけではないのなら、彼女はすっぱりと諦めるだろう。

その愛理沙が迷っているということは、かなり気に入っているということだ。

「立て替えようか?」

「え? で、でも……」

「気に入っているんだろう? 値段相応に良い物みたいだし。次に来た時には無くなっているかもしれない。ちゃんとお金を返してくれるなら、良いよ」

本物の恋人同士ではない以上、さすがに「買ってあげる」とは口にはできないが……

お金を少し貸すくらいならば、どうと言うことはない。

愛理沙はちゃんと返してくれる子だと、信用している。

幸いにもバイトで貯めたお金があるので、余裕がある。

「……ゆ、由弦さんがそう言うなら……じゃあ、試着してから、決めます。感想、教えてください」

「ああ、良いよ」

由弦が答えると愛理沙はおずおずと、そのコートを手に取る。

それから店員に許可を取ってから、その場で羽織った。

「……どうですか?」

「似合っているよ。大人びて見えると思う」

愛理沙が気に入ったそのコートは、キャラメル色のトレンチコートだった。

少し大人びたデザインと色合いだったが、元々愛理沙は女子高生離れしたスタイルの持ち主。

問題なく、着こなせていた。

「……じゃあ、買っちゃいますよ? 買っちゃいますからね!?」

愛理沙はそう念押ししつつも、ウキウキした様子でコートをカゴへと入れた。

二人で会計まで向かう。

「あぁ……そうだ。クレジットのポイント、貰って良いかな?」

少し前までは高校生ではカードを持つことはできなかったが、今は結婚年齢の引き下げと共に、できるようになっている。

カードを手に持って愛理沙に尋ねると、彼女は小さく頷いた。

カードで決済を終え、店員から紙袋を受け取る。

愛理沙はギュッと、紙袋を両手で握りしめた。

「良い買い物ができました。ありがとうございます。お金は後日、お返しします」

「ああ。……まあ、急かしはしないよ。余裕があるときに、返してくれ」

由弦がそう言うと、愛理沙は目を細め、小さく頷いた。

いつになく、愛理沙は上機嫌な様子だった。

普段は冬の湖面のように静かな瞳には、温かい光が灯っているように見える。

もし彼女に“アホ毛”があったら、ぴょんぴょんと跳ねていることだろう。

あまりにも可愛らしかったので、由弦は思わず愛理沙の頭に手を伸ばした。

最初は戸惑いの表情を浮かべた愛理沙だが、すぐに目を細め、されるがままになる。

まるで犬を撫でているようだなと、由弦は思った。

すると。

妙な物音がした。

由弦が顔を上げて、物音がした方を見ると……

猛烈な勢いで、誰かが走っていた。

その背中はあっという間に遠ざかっていく。

「どうかしましたか? 由弦さん」

気付くと由弦は自分の手を愛理沙の頭に置いたまま、固まっていた。

きょとん、と愛理沙はこちらを見上げている。

「いや……なんか、人が走っていった」

「それはまた。危険ですね」

「急ぎの用事でもあったんじゃないか?」

もっとも、“知らない人が走っていた”というだけのお話であり、由弦と愛理沙にはあまり関係ない。

だから頭への愛撫の続きを……

するというわけにはいかない。

「さて、次はどうするか」

手触りが良かったので、つい夢中になって撫でてしまったが……

あまり公衆の面前でやることではないと、由弦はすぐに我に返った。

そして誤魔化すように尋ねる。

愛理沙の方は少し恥ずかしそうに、頬を赤らめていた。

「そう、ですね。……お互い特に買いたい物もないわけですし、適当にウィンドウショッピングをするというのはどうですか?」

「あまり目的とかを考えずに、ぶらぶらするのも楽しそうだね」

ショッピングモールはそこそこ広いので、まだ回っていないところもある。

取り敢えずそういうところを見て回ろうと、由弦と愛理沙は歩き始めた。

ただ商品を見て回る。

それだけでも、案外楽しかった。

しかしいろいろと遊び回ったせいで、時刻は夕方になってしまった。

そこで夕食も済ませてしまうことにした。

丁度近くにあった、ファミレスへと足を運ぶ。

「私、こういうところ、あまり行かないんですよね。……由弦さんは?」

「そうだね……宗一郎たちと、たまに行くかな。あと、家族でもたまに」

由弦がそう言うと、愛理沙は少し意外そうに目を開いた。

家族と行く、というところが驚きのポイントだったようだ。

「何というか、高瀬川家の皆さんが、こういう場所に来るところが想像できないです」

「まあ、年柄年中、和服を着ている珍妙な一族という自覚はあるけどね。外出する時は普通に洋服を着るし、そこら辺りの適当な店に入ることだってあるさ」

由弦の母親、彩由は平日の夕食と土日等の休日のみ、食事を作る。

ただ、彩由が面倒だと思った時は自然と外食になる。

そういう時は大抵、唐突なので、予約なしで入れるようなチェーン店は重宝する。

妹の彩弓に至っては「お母さんのハンバーグよりもファミレスのハンバーグの方が美味しいし……」などと言う。

もっとも、これは当然と言えば当然だ。

家で作ったハンバーグに負けるようでは、商売が成り立たないだろう。

「俺はデミグラスハンバーグにしようかな」

ハンバーグのことを考えていたこともあるし、ここ最近洋風のハンバーグを口にしていなかったこともある。

由弦の注文はすぐに決まった。

一方、愛理沙の方は少し迷っている様子だ。

「目移り、しちゃいますね。こんなにたくさん、お料理があると」

「まあ、ゆっくり考えてくれ」

散々に迷った末に愛理沙はドリアを注文した。

しばらく待っていると、美味しそうな匂いと共に料理が運ばれてきた。

ハンバーグを切り分け、口に運ぶ。

何度も食べたことのある、見知った味だった。

やはりチェーン店というのは、どこの、どの店に入っても、そこそこ美味しい料理が食べられるという点で、安心できる。

勿論、個人経営の店を巡るのもまた楽しいのだが。

ハンバーグを半分ほど食べ……ふと、愛理沙のドリアへと視線を向ける。

彼女は丁度、四分の一ほど食べ終えたようだ。

ふと、愛理沙と目が合う。

すると彼女は新しいスプーンを取り出した。

そして自分が口を付けていない部分を掬い、フーフーと息を吹きかける。

もしかして……

と由弦が思い至るのと同時に、愛理沙はスプーンを突き出してきた。

「食べたいんですよね? どうぞ」

「……では、お言葉に甘えて」

由弦は少し身を乗り出して、スプーンを口に含んだ。

ホワイトソースとチーズの濃厚な味が口に広がる。

「どうですか?」

「美味しいよ」

とはいえ、少し気恥ずかしい。

がそれは口にするよりも愛理沙に実際に体験してもらう方が分かりやすいだろう。

そう考えた由弦は新しいフォークをハンバーグに刺し、愛理沙に突き出した。

少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに愛理沙は身を乗り出し、その小さな口を開けてハンバーグを口に入れた。

「んっ……」

「どうかな?」

「美味しいです」

そういう愛理沙の頬には僅かに朱が差していた。

やはり彼女も恥ずかしかったようだ。