軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 “婚約者”と映画館

由弦はいつものシャツにジャケットを羽織り、ワックスで髪を整えたスタイルで待ち合わせ場所の駅へと向かった。

すでに愛理沙は到着していた。

今日は残暑もあり、そこそこ暑い。

そういうこともあり、愛理沙は少し涼し気な恰好をしていた。

シースルーのブラウスに羽織ものを組み合わせ、そしてロングスカートを履いている。

透けて見えるデコルテは眩しいほど白く、美しい。

耳にはお洒落なイヤリング。

薄っすらと化粧をしていて、元々ふっくらと美しかった唇はリップでさらに艶やかになり、少し官能的だった。

会うたびに美人になっている気がするのは、気のせいだろうかと由弦は内心で首を傾げる。

「待たせたかな?」

「いえ、私も今、来たところです」

そんなお決まりの台詞を交わしてから、由弦は少し目に毒な胸元にはできるだけ視線を向けないようにしながら、愛理沙の今日のファッションについて言及する。

「今日はいつもよりも、女性らしい……というかフェミニンっぽいね」

由弦はイマイチ、自分でもよく分かっていない言葉を使って愛理沙を褒めた。

実際、非常に良く似合っていて、いつもよりも彼女の“女性”を感じるのは確かだ。

艶っぽいが、しかしいやらしさを感じない。

そんな印象を受ける。

もっともそれを直接言うのは気恥しいので曖昧な表現でぼかす。

「ありがとうございます。由弦さんも……カッコいいですよ」

「そう言って貰えるとありがたい」

もっとも由弦のファッションは愛理沙とは異なり、いつもとそれほど変わり映えもしないのだが。

それから愛理沙に尋ねる。

「それで何という映画だ?」

「この映画です」

愛理沙はそう言ってスマートフォンの画面を由弦に見せた。

思わず由弦は目を見開く。

「……いや、これ、ホラーじゃん」

それは最近、怖いと評判になっていたホラー映画だった。

「ホラー、苦手ですか?」

「いや、俺は平気だけど……君は大丈夫なのか? 前、暗いのは苦手だと。怖がりなタイプだと、勝手に思っていたけど」

すると愛理沙は首を左右に振った。

「そうですね。……怖いのは、ちょっと。夜眠れなくなるかもしれません」

「……なら、どうして?」

苦手なのにも関わらず、ホラー映画を選ぶ愛理沙の気持ちが由弦には全く理解できなかった。

が、愛理沙は何を聞くんだと言わんばかりに答えた。

「みんな、怖くなりたいからホラーを見るんじゃないんですか?」

「それは……まあ、言われてみれば確かに、そう……なのか?」

ホラー映画というのは怖いからこそ、価値がある。

まあ中には実質ギャグ枠なB級ホラーもあるのだが、一応ホラー映画というのは怖くなるために見に行くものだ。

ホラーなんて、全然怖くないぜ!

みたいな人間はホラーを本当の意味で楽しめないだろう。

「それに面白いと……クラスの女の子たちも話していました。怖いという気持ちもありますが、同時に強い興味があります」

「君は流行には乗らないタイプだと、思っていたが」

愛理沙にしては珍しく、“普通の女子高校生らしい”と思った由弦は思わずそう口に出した。

すると愛理沙は小さく笑って答えた。

「乗らないのではなく、乗れないのです。家庭の事情で」

「……」

「あぁ、今のは自虐ジョークです」

由弦が変な表情になったのを見て、愛理沙は慌てて言い繕った。

そういう冗談が多少、言えるようになったのは……良い影響なのだろうか?

由弦は少し判断に迷ったが……

「まあ、俺のおかげ……かどうかはともかく、今回は流行に乗れるな」

「はい。じゃあ、行きましょう」

二人は近くの映画館へと、向かった。

「すみません。実は私、映画館初めてで。……予約とか、必要でした?」

「公開されてすぐの人気映画なら必要だけど……これは公開されてから、そこそこ時間が経ってるし。席は十分にあると思うよ」

由弦はそう言うと、映画館のホールにある券売機へと向かう。

由弦と愛理沙は高校生なので、学割が効く。

のだが……

「なるほど……」

「どうしました?」

「……今日はカップルで来ると、安くなる日らしい」

由弦がそう言うと愛理沙は僅かに肌を薔薇色に染めた。

そうやって恥ずかしがられるとこちらも余計に恥ずかしくなってしまうので、やめて欲しいものだ。

「そっちの方がお得、ですか?」

「まあ、そうみたいだね」

「……じゃあそれにしましょう。その方が経済的です」

由弦は別にお金には困っていないが、節約できる時は節約するのが賢い。

カップルチケットを二人で購入する。

それから売店を指さす。

「取り合えず、飲み物を買おうか。あとはポップコーンでも、買う? 昼前だけど」

由弦が尋ねると、愛理沙は小さく頷いた。

「映画館でポップコーンを食べるという、ありがちな奴。やりたいです。……お昼が入らないと困るので、二人で食べません?」

「まあ、それが無難だな」

意外にポップコーンはお腹に溜まりやすいので、油断すると痛い目を見る。

愛理沙の提案は渡りに船だ。

「塩、バター、キャラメルの三種類がありますが、どうなさいますか?」

ポップコーンを注文すると、店員にそう聞かれた。

由弦はどれでも良かったので、愛理沙にどうするか尋ねる。

「じゃあ……キャラメルで」

彼女ならばキャラメル味を選ぶだろうなと思っていたら、案の定キャラメル味を選んだ。

可愛らしいなと、思わず笑みを浮かべてしまう。

「……何を笑っているんですか?」

「なんでもないさ」

由弦はそう言って誤魔化すと、愛理沙と共に劇場へ入場した。

席に座ってしばらくすると、上映中での注意を喚起する映像が出てくる。

「うわぁ……」

「どうした、愛理沙」

小さく声を漏らした愛理沙に、由弦は小声で尋ねた。

「私、あれ……なんか嫌です」

愛理沙はそう言って眉を顰めた。

スクリーンに映されている映像は、かの有名な『映画泥棒』である。

「……まあ、見てて気持ちの良いものでもないよな」

正直、由弦もあまり好きではない。

もっとも、恐怖を煽る映像だからこそ効果があるのだろうが。

「この映画泥棒よりも、怖いと良いな」

「……私、眠れなくなっちゃいますよ」

愛理沙は青い顔で言った。

そういう彼女はすでに震えている。

ホラーを選んだのは君だろうが。

と由弦は内心思いながら、ポップコーンを口に運んだ。