軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第33話

「愛弥、お見合いって興味ない?」

「えぇー!」

ある日の朝。

由弦は十五歳、高校一年生となった息子に問いかけた。

愛弥は黒髪に翠色の瞳の美少年に育った。

性格は昔と変わらず、活発な男の子だ。

ただ、分別は着いたし、思慮深くなった。

「別に女の子に興味ないけどなぁ」

「そうか? 中学生の頃はとっかえひっかえ、してたじゃないか」

「とっかえひっかえって……告白したから付き合っただけだよ」

愛理沙に似て美形に育った愛弥は由弦よりも女の子にモテた。

だから恋愛経験もあるし、恋人もいた。

過去形なのは最終的にフラれるからだ。

愛弥は恋人よりも、自分のことを優先するタイプだ。

デートよりもゲームをしたり、友達と遊ぶことを優先する。

そんな感じだから、結局「思ってたのと違う」と女の子の方から離れていく。

「もう、学んだんだよ。面倒くさいだけだって」

「じゃあ、面倒くさくない女の子なら?」

「しつこいな……」

由弦の追及に、愛弥は不快そうな表情を浮かべた……その時。

「お父様。私は高身長でイケメンの男の子がいいです」

亜麻色の髪に碧眼の美少女が口を開いた。

今年、中学二年生となる長女、弓理だ。

昔から落ち着いていた弓理は、我儘で甘えん坊なお嬢様に育った。

普段は手は掛からないが、たまに出てくる我儘が手に負えないことがある。

「うむ、弓理はまだ、ちょっとお見合いは早いかなって……」

「早い方が見つかりますよね?」

「ううむ、否定はしないけど……」

「高身長でイケメンで、高学歴で。私のことを一番に考えてくれる、王子様みたいな男の子がいいです」

「注文が細かいな……」

由弦は思わず眉を顰めた。

本音を言えば、由弦はまだ弓理に結婚の話を持って行くつもりはなかった。

娘を嫁に出したくないからだ。

ずっと、手元に置いておきたい。

「でも、お父様はいろいろと条件を付けてお母様を紹介してもらったんでしょう? 金髪で巨乳で大和撫子とか……」

「誰から聞いた!?」

弓理の言葉に由弦は目を大きく見開いた。

娘にだけは知られたくない話だった。

とっさに由弦は愛理沙の方を見た。

愛理沙は苦笑しながらも、首を左右に振った。

自分は話していないと。

「去年、亡くなったひいお爺様が話してくれました」

「あの爺……」

由弦の祖母は五年前に。

そして由弦の祖父は去年、亡くなった。

悲しくないことはないが、しかし十分長生きした。

大往生だったこともあり、由弦もすぐに死を受け入れられた。

「ねぇ、お父様。いいでしょ?」

「はぁ……分かった。じゃあ、紙か何かに条件を纏めておきなさい。……言っておくが、希望に添えるかは分からないぞ?」

「私も王子様がそこら辺にいるとは思っていません」

そう言いながらも、弓理は期待に満ちた目で由弦を見つめた。

愛弥と異なり、異性に興味があるのは良いが、注文が細かいのは問題だ。

「ふぁぁ……朝から、何してるの?」

二人の子供とやり取りをしていると、女の子が欠伸をしながら部屋に入ってきた。

黒髪に翠色の女の子だ。

だらしなく、浴衣を着ている。

パンツが丸見えだ。

「弓沙! ちゃんと服を着なさい」

愛理沙は次女、弓沙を睨みながらそう言った。

昔からマイペースな彼女は、自堕落な女の子に育ってしまった。

由弦と愛理沙の悪いところを集めたような子だ。

二人にとって、最近の悩みの種だ。

「いいじゃん、家族しかいないんだし」

「家族でも、男の人の前でそんな恰好、しない!」

愛理沙は大股で弓沙のところまで歩くと、やや強引に浴衣を直した。

弓沙は得意気な表情を浮かべた。

「くるしゅうない」

「何様のつもりですか!」

愛理沙はバシっと弓沙の頭を叩いた。

夕方。

学校から帰ってきた息子を、由弦は個室に呼び出した。

「今朝の話なんだけど、興味ないか?」

「ないけど?」

即答する愛弥に由弦は苦笑した。

「まあ、そう言わず。俺の顔を立てると思って」

「俺、高校生だぞ? 早すぎるだろ?」

愛弥の言葉に由弦は頷いた。

「分かってる。お試しだよ、お試し。別に俺は相手が誰だっていいんだ。ちゃんと、一般常識のある女の子と結婚してくれれば、それでいい」

「破談になってもいいってこと?」

「もちろん。後からやめるでもいい。まだ高校生だしね」

由弦としては女の子に興味を持ってくれればいい。

最終的に結婚して、子供を作ってくれれば、親としては十分だ。

「ふーん、じゃあ、条件つけて良い?」

「いいよ」

「無理難題でも?」

「叶えられる範囲なら」

由弦の言葉に愛弥は少し悩んだ様子を見せてから、口を開いた。

「落ち着いてて、お淑やかな感じがいいかな?」

「お母さんみたいな?」

由弦が尋ねると、愛弥は眉を顰めた。

「母さんは口煩いだろ……」

「昔はそうでもなかったよ。ずっと、遠慮してて、自己主張がなかった」

「嘘でしょ」

今の愛理沙は由弦や子供たちにあれこれと叱りつける女性だ。

しかし昔は遠慮気味で、気弱な印象だった。

もっとも、愛弥は由弦とは違い、「口煩い母親」しか知らない。

「あと、うるさくない子がいい」

「大人しい子ってことか?」

「大人しい子でもうるさい子はうるさいだろ。弓理とかさ。……そうじゃなくて、プライベートに干渉しない子だ」

「ふむ、なるほど」

やはり愛弥は干渉されるのが嫌なようだ。

昔から彼はそういう子供だった。

「うーん、やっぱり、デートとか面倒くさいしな。割り切ってくれるような子がいい」

「……なるほど」

結局、愛弥は恋愛をしたくないのだろう。

先ほどから「好きな女の子」のタイプよりは、むしろ「恋愛しなくても済む女の子」を求めているように聞こえる。

「好みの外見を教えてくれないか?」

由弦は切り口を変えることにした。

どんな男でも、好きな容姿くらいあるものだ。

愛弥も恋人はいらないとは言いつつも、性欲はあるだろう。

由弦は知っている。

彼が夜中にこっそり、インターネットであれこれ見ていることを。

……もちろん、指摘したりはしないが。

「可愛い子がいいな」

「それはまあ、そうだな」

「あと……スタイルが良い子がいい」

「君は昔から、胸が好きだったからね。

「……話したことあったっけ?」

「赤ちゃんの頃から、君は愛理沙の胸に包まれると、泣き止む子だったよ」

由弦が笑いながら言うと、愛弥は不機嫌そうに眉を顰めた。

「単に腹が減ってただけじゃないか? それは。……まあ、いいけど」

「で、他に条件は? まさか、金髪がいいなんて言わないよな?」

「うーん……そういう系の髪は、母さんと弓理の顔がチラつくから、嫌だな……」

「あぁ、そう?」

色素の薄い髪は好きじゃないようだった。

とはいえ、これは由弦にとっては都合が良い。

候補が増えるからだ。

「あと、お尻が大きい方が……タイプかな」

「ほう?」

「スカートとか、ズボンとかさ。しゃがんだ時に迫力があると、やっぱり、こう、グっとくる」

「分かる」

愛弥の言葉に由弦は頷いた。

由弦の相槌に気を良くしたのか、愛弥の口は少しずつ滑らかになっていった。

「太っているのは嫌だ。細い感じの子がいいなぁ。でも、太腿は肉付きがいい方がエロい気がする」

「分からんでもない」

「髪色は茶髪がいいな。明るい感じの雰囲気で」

「髪型は?」

「セミロングくらいかな?」

そこまで話してから、愛弥は軽く咳払いをした。

「……さすがにそんな子、そう簡単にいないだろ?」

「簡単にはいないが、探せばいないことはないだろう」

「ふーん」

「まあ、期待しておいてくれ」

「……まだ受けるとは、言ってないから」

「分かってるよ」

こうしてその日の聞き取りは終わった。

「という感じなんだけど、どう思う?」

「はぁ? ……好みが細かいですね」

愛弥のタイプを纏めた書類に目を通した愛理沙は小さくため息をついた。

「まあ、こっちが無理に聞き出したわけだし」

「それもそうですが、しかし……巨乳にお尻が大きい子って、誰に似たんだか」

愛理沙はそう言って由弦をジト目で睨んだ。

由弦は苦笑する。

「半分は君だろ?」

「……まあ、私も好みの男性のタイプは狭い方だったので否定はしませんが」

愛理沙は机の上に置かれた書類――弓理が提出したもの――にチラりと視線を向けた。

つい先ほどまで愛理沙はこれを見ながら「誰に似たんだか……」と頭を抱えていた。

思い至るところがあるのだろう。

「しかし、由弦さん。候補、いるんですか?」

「……いないことはない」

「へぇ、誰ですか?」

「この子」

由弦はそう言って携帯を愛理沙に突き出した。

そこには一枚の写真がある。

由弦と愛理沙が見知った女性と、その隣に和服を着た女の子が立っていた。

「最近、どう? って送って来てさ」

「へぇ、久しぶりに見ますけど……隣の子、あの子ですか? 随分と大きくなりましたね。……確かに胸も大きい」

「まあそこはノーコメントで」

妻の前で妻の友人の娘の胸の大きさを品評するほど、由弦は非常識ではなかった。

「しかし、上手く行きますか? その子と……昔、喧嘩しちゃったでしょう?」

「お互い幼かったし。大きくなったら……多少、変わるんじゃないか?」

「そういうものですかね?」

愛理沙は懐疑的だった。

そもそも愛理沙は子供たちの「お見合い」にはあまり乗り気ではない。

由弦との出会いが「お見合い」であることは認めているが、それでもあまり良い印象を抱いているわけではないのだ。

一方、由弦は乗り気だ。

由弦は愛理沙とは異なり、「お見合い」には肯定的だ。

それに“彼女”との縁談は、高瀬川家にとって利益になる。

そんな打算も少しだけあった。

「相性が悪ければ取りやめればいいさ。せめて、友人には戻って欲しい」

「確かにそれもそうですね。話、持って行きますか」

乗り気ではないが、反対するほどの理由はない。

そんな様子で愛理沙は頷いた。

「はぁ、面倒くさいな」

「お見合い」当日。

愛弥は思わず呟いた。

うっかり父親の口車に乗り、あれこれ女の子の好みについて話してしまった。

そのせいで、お見合いを受ける羽目になってしまった。

もちろん、自分のドストライクの女の子だと聞いて興味がないわけではないが……

(恋人、婚約者かぁ……やっぱり面倒くさいな)

愛弥は束縛されるのが嫌いだ。

だから高瀬川家の家督も継ぎたいと思っていなかった。

妹たちの方が乗り気なら、そちらに譲ろうと考えている。

「懐かしいですね。私たちもここで会いました」

「そうだね。そういえば、昔の君は目が死んでたね」

「あの時はいろいろ悲観的だったんですよ」

両親たちは自分を放っておいて、思い出話に浸っている。

どうやら、二人はここで出会い、結婚するに至ったらしい。

(最初から、相性良かったんだろうなぁ)

いい年して今でもイチャイチャしている二人だ。

昔はさぞや凄かったのだろうと愛弥は勝手に想像した。

「こちらです」

料亭の従業員はそう言って襖を開けた。

愛弥と両親は案内に従い、和室に入る。

そこにはすでに先方が座って待っていた。

(あれ? どこかで……)

一人は落ち着いた色の着物を着た茶髪の女性だった。

にこにこと機嫌の良さそうな表情を浮かべている。

愛弥の両親と同じく、彼女にとってこの縁談はとても嬉しいことのようだ。

そしてその隣には、茶髪の可愛らしい女の子が正座していた。

華やかな着物が良く似合っている。

ぱっと見、胸も大きい。

タイプに近い。

ただ、顔はとても不機嫌そうだった。

望んできたわけではない。

そんな顔だ。

そのムスっとした顔を見て、愛弥はようやく思い出した。

「上西小春です。……初めましてでは、ありませんよね?」

喧嘩別れしたはずの幼馴染はそう言って愛弥に挨拶した。

十分後。

愛弥は小春と大喧嘩し、この「お見合い」は失敗に終わった。

十年後、日本一のおしどり夫婦と呼ばれるようになる二人はこうして出会った。