作品タイトル不明
第25話
「また……亜夜香さんが映ってますね」
ムスっとした声で愛理沙はそう言った。
画面には五歳ほどの二人の少年と一人の少女――由弦と宗一郎、亜夜香――が映っていた。
三人は御飯事をしているようだ。
宗一郎は亜夜香に泥団子を食べさせられており、由弦はそれを見てドン引きしている――様子が映っている。
「そうだね」
「何でですか」
「幼馴染だから」
「……私は映ってないのに」
「まだ知り合ってないからね」
「……」
「どうしようもないことで怒らないでくれ……」
「怒ってないです」
愛理沙はそう言いながら由弦の方へと体を傾け、頭を突き出した。
そんな愛理沙の頭を由弦は優しく撫でる。
「俺は亜夜香ちゃんの泥団子よりも、君の作ってくれる料理の方が好きだ」
「当たり前です。そもそも前者は食べられないでしょう?」
「……宗一郎は食べているが」
「……お気の毒ですね」
この時から両者の力関係ははっきりしていたようだ。
由弦も愛理沙も苦笑した。
愛理沙の機嫌が少し良くなったところで、場面が切り替わる。
そこは見覚えがある浴室で……
「わわっ! だ、ダメです!」
「いたっ……」
愛理沙は慌てた様子で由弦の目元を手で塞いだ。
軽くとはいえ、手を顔に叩きつけられた由弦は小さな悲鳴を上げる。
「な、何をするんだ!」
「み、見ちゃダメです!!」
「五歳児の裸なんて……」
「ダメです!! ……飛ばしますから!!」
愛理沙は叫ぶようにそう言った。
しばらくしてから、由弦の視界が開けた。
「気にし過ぎじゃないか?」
「気にしますよ! ……どうしてお風呂に一緒に入ってるんですか?」
「さあ……ああ、御飯事で泥だらけになったからじゃないか? 時系列的に」
宗一郎が泥団子を食べさせられていたシーンでは、由弦も宗一郎も亜夜香も泥だらけになっていた。
御飯事が終わった後、保護者たちは三人をまとめて湯舟に入れて、泥を落したのだろう。
由弦はそんな推理をした。
「ううっ……こ、これだから幼馴染は……! い、いつまで一緒に入ってたんですか!?」
「うーん……そもそもさっきのシーンも記憶にないしな。あれが最初で最後じゃないか? 分からないけど……」
少なくとも由弦の記憶上はなかった。
もっとも、今後録画ビデオを再生し続けているうちに発掘される可能性も否定できないが。
「そうですか。……なら、許します」
そう言って小さく鼻を鳴らす愛理沙に由弦は思わず苦笑した。
「そんなに羨ましいなら、後で一緒に入る?」
冗談半分で由弦は愛理沙にそう提案してみた。
すると愛理沙の動きが固まった。
少ししてから翡翠色の瞳を大きく見開く。
「あぁ……そ、その、今のは冗……」
「……入りたい、ですか?」
由弦が誤魔化そうとすると、愛理沙は仄かに赤らんだ表情でそう聞いてきた。
由弦は少し考えてから、頷いた。
「……入りたい」
「そう、ですか」
「……愛理沙は?」
「私も……吝かではありません」
愛理沙は潤んだ瞳で由弦を見上げながらそう言った。
ここまで言われてしまえば、今更逃げられない。
そして由弦には逃げるつもりもなく、逃げる必要性もなかった。
「そ、そうか……じゃあ、入ろうか」
「はい。……入りましょう」
由弦の言葉に愛理沙は力強く、頷いた。
「……」
「……」
そして少しの沈黙。
「……水着、ないけど、大丈夫?」
「……はい。分かっています」
「そう……か」
気が付くと由弦の心臓は酷く脈打っていた。
望んでいたことであるにも関わらず、いざ目の前までそれが迫った途端、緊張してしまったのだ。
「お風呂、沸かしてくるよ。……待っていてくれないかな?」
由弦は愛理沙にそう言って、立ち上がった。
由弦の言葉に愛理沙は頷いた。
「はい。お風呂掃除は……」
「お手伝いさんが済ませてくれている」
「そうですか」
「だからお湯を溜めるだけだ。じゃあ、行ってくるよ」
由弦はそう告げると逸る気持ちを押さえながら、浴室へと向かった。
お湯を沸かすのは簡単で、湯沸かし機能のボタンを押すだけだ。
ボタンを一つ押してから、由弦は今へと戻った。
愛理沙は正座して由弦を待っていた。
「……沸かしてきたよ。十五分くらいで湧くと思う」
もう、逃げられないから。
愛理沙に対して、そして自分自身に言い聞かせるように由弦はそう言ってから、その隣に腰を下ろした。
「……」
「……」
テレビの音だけが室内に響く。
由弦は愛理沙と何を話せば良いのか分からなかった。
いたたまれなくなり、忙しなく首を動かして部屋の中の様子を伺う。
当然、何か気になる物が見つかるはずもない。
由弦は再び愛理沙の方へと視線を向けた。
「「あっ……」」
すると顔を俯かせていた愛理沙と、目が合ってしまった。
目が合ったからには、何かを話さなければいけない。
「「あ、あの……」」
そう思ったのは由弦も愛理沙も同じだった。
二人の声が被る。
「ど、どうぞ……お先に」
「え、えっと……」
愛理沙に促され、由弦は必死に話題を考えた。
話しかけることに必死で、肝心の内容について考えていなかったのだ。
「明日の予備校の授業だけど……」
すでにある程度、話し合ったはずの内容を、由弦は何度も繰り返す。
そして愛理沙もまた、何度も相槌を打った。
二人の会話には中身がなく、そして二人とも上の空だった。
「……ところで、愛理沙は?」
「わ、私ですか? え、えっと……何でしょうか?」
「何を言いかけたのかなって……」
「あ、あぁ! そ、そうですね……え、えっと……」
愛理沙もまた、何も考えていなかったのだろう。
目を泳がせた。
「お風呂に入った後は、ど、どうしましょうか?」
時刻はまだ二十時。
どんなに長湯をしても風呂から上がるのは二十一時頃だろう。
寝るのには少し早すぎる。
「ビデオの続きを……見れば良いんじゃないか? ……飽きたなら、ゲームをしよう」
「そ、そうですね」
愛理沙は乾いた声で笑った。
由弦もまた、緊張で強張る顔へ、強引に笑みを浮かべた。
「……」
「……」
再び沈黙。
一分か、二分か……それとも五分以上か。
愛理沙はおもむろに立ち上がった。
「……愛理沙?」
「着替えとかタオルを持ってきます」
「そ、そうか。じゃあ、俺も……持ってくるよ」
由弦もそう言って立ち上がる。
「……多分、体を洗っている間に溜まると思うんだ」
「そう、ですか」
「だから、もう入れると思う」
「では……浴室で集合ということで」
そう決めると、由弦は愛理沙と別れて自室へと向かった。
自分のタオルと着替えを持ち、浴室へと向かう。
脱衣所の前で立っていると、すぐに愛理沙がやってきた。
「……お待たせしました」
「いや、今、来たところだ」
そして由弦と愛理沙は顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
――入ろう。