作品タイトル不明
第24話
「由弦さん、あーん」
「あーん……」
由弦は口を開けて、菜箸に挟まれた肉じゃがを迎え入れた。
愛理沙は手に持っていた菜箸を下げてから、由弦に尋ねる。
「どうですか?」
「うん、美味しい。丁度良い感じだと思う」
由弦の言葉に愛理沙は満足そうに頷いた。
「そうですか。なら、これで完成にしましょう」
由弦の両親と妹が海外旅行に出かけた後。
由弦と愛理沙の二人は早速、夕食作りに取り掛かっていた。
「あとはお魚だけですけれど……どうですか?」
「丁度焼けた……かな?」
「……見せてください。これは……焼けてますね。大丈夫です」
主菜が完成したことを確認すると、二人はお盆に料理を乗せて、居間へと運んだ。
「いただきます」の挨拶をしてから、食事を始める。
「君の料理はしばらくぶりだったけど、やっぱり美味しいね」
由弦は目を細めながらそう言った。
家政婦たちもその道のプロなので、料理は美味しいが……しかし愛理沙が、婚約者が作ってくれた料理は別格だった。
「ありがとうございます。……由弦さんが焼いてくださったお魚も、美味しいですよ?」
「いや、それはグリルが凄いだけだから……」
「分かってます。冗談ですよ」
雑談を交えながら、二人は食事を終えた。
食器を洗いながら由弦は愛理沙に尋ねる。
「この後、どうしようか?」
「……そうですね」
由弦の問いに愛理沙は少し考え込んだ様子を見せてから、軽く手を打った。
「そうだ。ぜひ、見せていただきたい物がありまして」
「見たい物?」
「はい。由弦さんが小さい頃を録画したビデオってありますか?」
「あぁ……なるほど」
愛理沙の言葉に由弦は頬を掻いた。
アルバムや録画ビデオなど、“思い出”を切り取った情報媒体は大抵の家庭には存在するだろう。
当然、由弦の家にもそういったものが……それも大量にあった。
だから見せることは可能だ。
「……問題がありますか?」
「いや、ちょっと恥ずかしいなと……」
「嫌と言うなら無理にとは言いませんが……」
残念そうな表情で愛理沙はそう言った。
そんな愛理沙に対して由弦は左右に大きく首を振ってみせた。
「いいや……大丈夫だ。恥ずかしいには恥ずかしいが……見せたくないってわけじゃない。君が見たいなら見せるよ。……見たいんだろう?」
「はい。とても……気になります!」
愛理沙は目を輝かせながら大きく頷いた。
由弦は苦笑しながら、洗い終えた食器を置くと、手をハンカチで拭いた。
「分かった。……ちょっと探してくるから。残りの洗い物は任せていいかな? 終わったら居間で待っていてくれ」
「はい!」
探し物をする時(こういう時) 、家が広いと困る。
由弦は内心でそんなことを思いながら、幼少期の出来事が記録されているであろうデータディスクを探し始めた。
幸いにも保管場所は由弦の予想通りであり、愛理沙が洗い物を終えた頃には持ってくることができた。
「どの部分から見たい?」
「そうですね。……じゃあ、最初から」
「ゼロ歳ってことね」
長くなりそうだと由弦は苦笑しながら、ディスクを再生した。
テレビに若い女性と、赤子が映し出される。
「わぁ……これが由弦さん。可愛い……」
「君の方が可愛いよ」
「そういうのは今はいいですから」
画面の中の由弦は少しずつ成長し始める。
そんな由弦の様子を見て「少し似てきた」と愛理沙は嬉しそうに笑う。
しかし途中で愛理沙は自分の顔を両手で覆い始めた。
「わ、わわ……は、早送りしてください!」
「……そこまで過剰に反応しなくても」
そこは丁度、由弦が湯舟に入れられているシーンだった。
当然、由弦は素っ裸であり、あられもない姿になっている。
もっとも、赤子なので“あられもない”も何もないのだが。
「だ、ダメです……犯罪になってしまいます!」
「はぁ、まあ、いいけど……」
顔を少し赤らめ、あたふたする愛理沙の様子を見るのは面白かったが……
あまり婚約者を困らせるのも良くないと考え、由弦は言われるままにスキップ機能を使った。
次の瞬間、ちゃんと服を着た由弦が画面に浮かぶ。
その後も由弦の成長は続く。
ハイハイ歩きだったのが、立ち上がるようになり、二足歩行を始め、走り出し始めた。
「あはは、由弦さん。甘えん坊さんだったんですね」
幼稚園に行きたくない!
と泣きながら駄々を捏ね、母親にしがみ付く由弦を見て、愛理沙は楽しそうに笑った。
「昔のことだ。……あまり揶揄わないでくれ」
一方、画面の外の由弦はため息をつきながらそう言った。
いくら過去とはいえ、自分の痴態を婚約者に見られるのはとても恥ずかしい。
「良いですね。こういうの……」
愛理沙は羨ましそうな表情でそう呟く。
その表情は少し寂しそうだ。
「残ってないのか? ……小学生の時までのやつ。写真とかも」
愛理沙の両親が亡くなったのは、愛理沙が小学生の時だ。
だから愛理沙の両親が機械が苦手という理由がない限り、その時までの録画ビデオや写真が残っていてもおかしくない。
「……どうでしょうか? 聞いたことがないので、分からないです」
「……聞いてみないのか?」
「そう、ですね。気が向いたら……」
随分と消極的な様子の愛理沙に由弦は首を傾げた。
羨ましがるのに、探そうとしないのは由弦にとっては少し理解がし難い。
(……残ってないと言われるのが怖いとか? 生きてるご両親を見たくないとか?)
そこには愛理沙にしか分からない、複雑な感情がありそうだ。
こればかりは無遠慮に触れない方がいいだろうと判断した由弦は、そんな愛理沙の肩を抱いた。
「これからたくさん残していこうか。……もちろん、子供の分も」
「もう、気が早いですよ」
愛理沙は顔を少し赤らめてそう言った。