作品タイトル不明
第23話
「愛理沙ちゃん。今、ゆづるんの実家にいるんだよね?」
春期講習、三日目。
予備校にて、休憩時間中に亜夜香は愛理沙にそう話しかけた。
亜夜香の問いに愛理沙は頷いた。
「はい、そうです。お邪魔しています」
「何か、進展あった?」
「……進展、ですか?」
亜夜香の問いに愛理沙は首を傾げた。
一方で亜夜香はニヤニヤと笑みを浮かべながら、愛理沙に耳打ちした。
「いや、婚約者と一つ屋根の下で寝泊まりしてるなら、やることは一つじゃない」
「なっ!」
亜夜香の言葉に愛理沙は顔を真っ赤にした。
「ご家族もいるんですよ? そんなこと、できるわけないじゃないですか!」
一つ屋根の下なのは間違いないが、しかしながら由弦以外の高瀬川家の人も、同じ屋根の下にいるのだ。
覗かれることはなくとも、何かをしたのだろうと邪推されるようなことをできるほど、愛理沙は度胸がなかった。
「ということは、いなかったらするの?」
「そ、それは……」
愛理沙は三日前の由弦の言葉……
家族が旅行に出かけたら、一緒に眠れるという言葉を思い出した。
由弦の家族たちは、由弦と愛理沙が予備校から帰って来てから、家を出発することになっている。
だから今日の夜から、愛理沙と由弦は同じ布団で眠ることができる。
「顔、真っ赤だけど。あれ、図星だった?」
「ち、違います! あ、揚げ足を取らないでください! ……別に由弦さんと一緒に寝るのは今回が初めてというわけではないですから」
由弦と愛理沙が一つ屋根の下で過ごすことは今回が初めてではない。
そして添い寝も初めてではない。
考えすぎであると……愛理沙は自分で自分を言い聞かせながら、そう主張した。
「私、寝るとは一言も言ってないけど? やーい、むっつり!」
「うっ……でも、そういう意図を込めてたじゃないですか」
連想させるようなことを言ったのはそちらだと、愛理沙は亜夜香を睨みつけた。
一方で亜夜香は肩を竦めた。
「まあ、そうだけど……でも、それ以外にもいろいろあるじゃない」
「……それ以外、ですか?」
「うん、それ以外。あれ、愛理沙ちゃんは婚約者と一つ屋根の下でやることと言われたら、それ以外思い浮かばないの?」
「そういうのはやめてください。……候補が多すぎて何のことだか、分からないんです。そもそもやれることは一通り、やってますから」
添い寝をする。
膝枕をする、腕枕をしてもらう。
接吻をする。抱きしめ合う。
手料理を振る舞う。一緒に料理をする。
一緒に遊ぶ。
何か特別なことをするわけでもない、何気ない時間を過ごす。
おおそよ、やれることは一通りやっている。
やっていないことがあるとすれば、その程度だと愛理沙は考えていた。
「へぇ、じゃあ裸を見せたこともあるんだ」
「は、裸って……な、ないですよ! そ、そんなこと!!」
水着を含め、半裸に近い恰好になったことはあるが、裸を見せたことはなかった。
そして逆に見たこともなかった。
半裸と裸では、大事なところが隠れているか、隠れていないかで、大きな違いがある。
「そ、そもそも……それこそ、裸なんて、そう言う時くらいしか、見せること、ないじゃないですか」
「そうかな?」
「そうですよ。……急に何の脈絡もなく、裸になんてならないでしょう?」
裸を見せてくれ。
と、急にそんなことを言われても困る。
もちろん、嫌と言うわけではないが……ムードや雰囲気というのは大切だ。
「そうかな? 他にもあると思うけれど」
「……どんな時ですか?」
「あ、気になっちゃう? そんなに見せたい? それとも見たいの?」
「違います!」
亜夜香の揶揄いに、愛理沙は拗ねた様子で顔を背けるのだった。
「じゃあ、邪魔者は留守にするから。お若い二人だけで楽しんでね」
「お気遣い、ありがとう」
彩弓の言葉に対し、由弦は苦笑しながら答えた。
彩弓は由弦と愛理沙に手を振ってから、「さあ、行こう!」と言わんばかりに両親の顔を見上げた。
しかしながら由弦の両親は、まだ心残りがあるらしい。
「由弦、ちょっと来て」
「何だよ、母さん」
彩由の手招きに応じ、由弦は彼女の側にまで駆け寄った。
彩由は愛理沙の方を一瞥してから、近くにまでやってきた息子に耳打ちした。
「分かっていると思うけど、あまり羽目を外し過ぎないでね?」
「分かってるよ」
「愛理沙さんの保護者に、私たちが頭を下げなければいけないようなことは、絶対にやめてね」
「分かってるって。……もう少し、信用してくれてもいいんじゃないか?」
由弦はムスっとした表情で彩由にそう言った。
早く愛理沙と二人でイチャイチャしたいと思っている由弦だが、当然限度は弁えている。
そもそも由弦は愛理沙が困るようなこと、苦しめたり、悲しませたりするようなことをするつもりは全くない。
「本当の良妻賢母はね、夫や息子のことを信じつつも、妄信しない人のことを言うのよ」
「良妻賢母、ね……」
「何か文句があるの?」
「ないです」
彩由の言葉に由弦は首を左右に振った。
一方で彩由は満足そうに頷くと、愛理沙に向き直った。
「じゃあ、うちの息子のこと、お願いね」
「はい。任せてください」
愛理沙は力強く頷いた。
その言葉に彩由はもちろん、和弥も笑みを浮かべた。
「頼もしい言葉だね。安心して留守を任せられる。……では、行ってくるよ。何かあったら、遠慮なく連絡してくれ」
そう言い残すと、三人は車に乗り込み、去って行った。
それを見送ってから、由弦は愛理沙の肩に手を置いた。
「……どうされましたか?」
「どうやら、俺は両親からの信用がないらしい。傷ついた。慰めてくれ」
由弦はそう言いながら、愛理沙の自分の頭を差し出した。
もちろん、由弦はその程度の言葉で傷つくほど柔な人間ではない。
愛理沙といちゃつくための、大義名分に過ぎない。
「はいはい……」
愛理沙は呆れ顔を浮かべながら、由弦の頭を優しく撫でるのだった。