作品タイトル不明
第22話
翌朝。
普段通りの時刻に起きた愛理沙は着替えを終えると、顔を洗いに洗面台へと向かった。
「……起きてるのは私だけ?」
早く起きすぎてしまったのかと、愛理沙は思わず首を傾げた。
一先ず、顔を洗い終えた愛理沙は台所へと向かった。
もし人がいるとするなら、そこだと考えたからだ。
「やっぱり、この時間からじゃないと間に合わないですよね。朝食の準備は」
距離を縮めて行くと、僅かに台所から物音がしていることに愛理沙は気付いた。
彩由が料理を作っているのだろう。
手伝わなければと、愛理沙は台所に顔を出す。
「おはようございます……?」
しかしながら、そこにいたのは彩由ではなかった。
高瀬川家の人ではない……中年の女性だ。
しかし知らない人物ではない。
自己紹介をしたことはあったし、何より昨晩は彼女が夕食の配膳をしていたからだ。
「あら……おはようございます、若奥様。お早いのですね」
高瀬川家に努めている、家政婦の女性は包丁を持つ手を止めると、愛理沙に頭を下げた。
“若奥様”と呼ばれた愛理沙は、思わず苦笑した。
「若奥様って……気が早いですよ」
「おほほ、そうでしたね。では失礼ながら……愛理沙様でよろしいでしょうか?」
「……はい」
“様”と敬称で呼ばれた愛理沙は、思わず頬を掻いた。
“お客様”や“雪城様”とレストラン等で呼ばれたことはあるが、“愛理沙様”は初めてだ。
「朝ごはんのご準備ですか?」
「はい、そうですよ」
「何かお手伝いできることはありますか?」
愛理沙が早起きしたのは、朝の準備を手伝うためだ。
将来嫁ぐ身の上として、お客様扱いで“居候”させてもらい続けるのは、愛理沙には少し気が重たかった。
「いえいえ……愛理沙様はごゆっくりお過ごしください」
「簡単なことならできますけれども……」
愛理沙の言葉に家政婦の女性は少し困った表情を浮かべた。
「その……お気持ちは大変嬉しいのですが。 私(わたくし) の仕事ですから……」
「そ、そう、ですか……」
仕事だから。
と、言われてしまうと愛理沙も無理に手伝うとは言えなかった。
「あ、そうだ……もしよろしければ、お時間が来たらお坊ちゃまを起こして差し上げてもらえませんか? 愛理沙様が起こしに行かれた方が、お喜びになられると思いますし……」
「そう、ですね。そうします」
こうして愛理沙は体よく台所から追い出されてしまった。
予備校への道中。
「土日祝日以外はお手伝いさんがいらっしゃるという認識でよろしいですか?」
愛理沙は由弦にそう尋ねた。
愛理沙の言葉に由弦は頷く。
「基本的にはね。あとは……旅行に行っている間はいないかな」
「旅行? ……あぁ、海外旅行ですか」
「そう。お手伝いさん……他にも庭師とかもいるけど、彼ら、彼女らを休ませる目的もあるから。だから爺さんたちも温泉旅行に行くし。……本当に二人っきりだ。安心して欲しい」
「そう……ですか」
どうやら由弦は家政婦がいるせいで二人きりになれないのではないかと、愛理沙が心配していると思ったようだ。
もちろん、そういう懸念があったわけではないが……しかし愛理沙が気になったのはそこではない。
「……何かあった?」
思っていた答えが得られなかった。
と、そんな表情が顔に出ていたらしい。
由弦に尋ねられた愛理沙は小さく頷いた。
「えっと……今朝、お手伝いをしようとしたら、断られてしまって」
「あ、あぁ……うん、そうだね。手伝いはしなくていい……というか、しない方がいいかな……仕事を奪うのは良くない」
「そうですよね……」
由弦の言葉に愛理沙は小さく肩を落とした。
雇用契約が結ばれている以上、いくら善意とはいえ領分を犯すことは良くないと愛理沙も分かっている。
しかし分かっていることとはいえ、落ち着かない。
「……家事したい?」
「したい……というか、その、そうですね。由弦さんに私の手料理を食べて欲しいとは……思ってます」
当然ながら愛理沙にも好きな家事、嫌いな家事、得意な家事、苦手な家事がある。
例えばトイレ掃除などは、率先してやりたいとは思わない。
一方で料理については、手料理を由弦に振る舞いたいという気持ちがある。
愛理沙が自信を持って誇れる得意分野であり、そして由弦の胃袋を掴んでいるという自負もあるからだ。
「じゃあ、二日目からお願いしようかな?」
「はい。ところで……私たちが結婚した後なのですが……」
「あぁ……そっちか」
愛理沙の言葉に由弦は顎に手を当てて考えてから、口を開いた。
「大学に入学して……卒業するのが最低でも五年後だろう? 大学院に進学するなら、もう少し掛かるかな。それから結婚して……しばらくはマンションか、別邸に住むかな。本邸に移るのはその後だし……その時には最年長の人は退職しているかな」
「……ということは、私、お料理できますか?」
最年長の人は退職している。
つまり人が減ることで、愛理沙が家事をすることが可能になると捉えられる。
その解釈で正しいかと愛理沙が尋ねると、由弦は大きく頷いた。
「君がしたければ。……かな? 逆に君にやりたい仕事や趣味、研究ができて……料理に手が回らないなら、人を増やすだけだ」
「なるほど。そう、ですか。……やりたいことが見つかるかは、分かりませんが。その時に考えれば良いことですね」
「そうだね。……二日後からは、期待していいかな?」
由弦がそう尋ねると、愛理沙は大きく頷いた。
「はい、もちろん!」