作品タイトル不明
第19話
春季休暇が始まった次の日のこと。
「これで終わり……っと」
由弦は最後の荷物を段ボールに詰め込み、ホッと一息ついた。
そして引っ越し作業を手伝ってくれた婚約者と友人たちを見渡した。
「ありがとう、助かった」
「ええ。これは貸しにしておくわ」
凪梨天香は笑みを浮かべながらそう言った。
由弦が承知したと言わんばかりに頷くと、天香は僅かに困惑の表情を浮かべた。
……冗談のつもりだったようだ。
「いやぁ、薄い本の一つや二つ、出てくると思ったのにね」
「残念ですねぇ」
「……俺はそんなものは持っていない」
不純な動機で手伝っていたらしい橘亜夜香と上西千春はそれぞれそう言った。
一方で由弦は愛理沙の方を見ながら弁解するようにそう言った。
「当然です」
それに対して愛理沙は満面の笑みで頷き返した。
「しかし男水入らずで集まるには便利な場所だったんだがな」
「全くだ」
佐竹宗一郎と良善寺聖は口々にそう言った。
二人は愛理沙の次程度に由弦の家に入り浸っていた人間だった。
男友達の正直な言葉に由弦は苦笑する。
「悪かったな。……別の場所を探そう」
由弦は二人にそう言ってから時計を確認した。
時刻は十四時過ぎ。
朝食を食べてからずっと荷物の整理をしていた由弦は空腹を感じていた。
そしてそれは友人たちも同様だろう。
そう考えた由弦は提案する。
「何か、注文しないか? 奢るよ」
「わぁ、ピザ! 久しぶりですね!!」
届けられたピザを目の前に愛理沙は嬉しそうに目を輝かせた。
時刻は十五時過ぎ。
昼食にしては遅すぎで、夕食にしては早すぎる時間帯になってしまった。
「はい、じゃあ、ゆづるん。主催者として音頭を取って」
「大袈裟だな。……まあ、いいけど。あぁー、えーっと、そうだな……今日は手伝ってくれてありがとう。……乾杯!」
「「乾杯」」
由弦の簡単な挨拶と共に六人は紙コップを掲げた。
ジュースを飲んでから、ピザを切り分け、食べ始める。
「ところで……皆さんは受験勉強とか、いつ頃から始めます? ……もしかしてもう、始めてますか?」
愛理沙はそんな話題を振った。
すると何人かは――特に千春と聖の二人――は露骨に顔を顰めた。
「い、嫌なことを聞いてきますね……こんな時に」
「全くだ……」
「す、すみません」
楽しい場所でする話ではなかったと思ったのか、愛理沙は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
しかし由弦はそんな婚約者を庇うように、首を大きく左右に振った。
「いや、大事なことだ。……君たちみたいな人間には特に。もう始めないと間に合わないんじゃないか?」
二人の志望校と成績が釣り合っていないことを由弦は把握していた。
しかし由弦の言葉に二人は耳を貸すばかりか、露骨に耳を塞ぐことで聞きたくないという態度を見せた。
……こういうところが「志望校と成績が釣り合っていない」所以である。
「そういう愛理沙さんはどうなのかしら?」
「私は予備校の春期講習に通おうと思ってますよ。……由弦さんも一緒です」
天香の問いに愛理沙は答えた。
由弦も同意するように頷く。
「あら、そうなの。奇遇ね……私もよ。……本格的に始めるつもりはないけどね」
「俺もだ。……俺はもう、入塾するつもりでいるけどな。学校の授業だけでは不十分だと感じている」
天香と宗一郎はそれぞれそう答えた。
スタンスは微妙に異なるようだが、それでも一緒に通う仲間がいることは心強い。
友人と通えることに由弦と愛理沙が喜んでいると、水を差すように亜夜香が口を挟んだ。
「へぇー、真面目だねぇ。まだ春だよ? 私は夏から始めるつもりだけどね」
亜夜香の言葉に由弦は苦笑した。
油断していると落ちるぞ……と言うことはできなかった。
彼女は天才肌なのだ。
普段から何もしなくてもそれなりにできるし、少しやるだけで大きく偏差値を伸ばせる。
そういうタイプの人間だ。
「ですよね?」
「その通り! もっと暖かくなってからでいいはずだ!」
「君たちは夏頃にはもっと涼しくなってからと言ってそうだな」
由弦は忠告するようにそう言った。
明日やろうは馬鹿 やろう(・・・) とはよく言ったものである。
「まあまあ、いいんじゃないかしら? 最悪……浪人するという手もあるでしょう?」
冗談半分という調子で天香はそう言った。
実際のところ由弦の高校では浪人を選択する生徒は少なくないので、彼女の言葉は冗談では済まされない。
……この中の全員が“現役合格”する可能性の方が低いだろう。
「……二年間も勉強するなんて、絶対に嫌です」
「俺もごめんだ」
「ということは志望から外れたところであっても、妥協して進学するのですか?」
愛理沙は二人にそう問いかけた。
“学歴”の価値は人それぞれだ。
十代の貴重な一年間――人によっては二年以上――を捧げる価値があるかどうかも、人それぞれだ。
絶対に浪人するのが嫌だと言うのであればそういう選択肢もある。
しかしながら千春と聖は揃って目を逸らした。
どうやら二人にも譲れないところが、妥協できないラインがあるようだった。
「君たちみたいな人間は少しでも今から始めた方がいいんじゃないか? 本格的に始めるのは夏以降でもいいとは思うが……助走期間はあった方が良いと思うけどね」
「……そうかもですね。春期講習の情報……メールで送ってもらえますか?」
「……俺も頼む」
千春と聖は嫌そうな顔でそう言った。
どうやら春期講習に通うのは亜夜香を除いた六人になりそうだ。
「え? みんな通うの? ……じゃあ、私も行く!! 仲間外れは嫌!!」
訂正。
七人になった。