軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話

元旦、早朝。

「わぁ……このお餅、凄く美味しいですね」

愛理沙は磯辺焼きにした餅を口に運び、目を丸くしてそう言った。

餅を焼いたのは由弦だが……もちろん、オーブン任せであって、由弦が天才的な調理の才能を発揮したわけではない。

餅の質が良いだけだ。

「餅は餅屋というだけはある……かな?」

愛理沙の言葉に由弦は頷きながら、焼き餅を齧る。

正月になると、いつも実家で食べている餅の味だ。

由弦の実家は毎年、専門店から餅を購入している。

今年はそれをマンションに郵送してもらったのだ。

「それよりも君の作ってくれたお雑煮の方が、俺は感動的だ」

由弦は雑煮のすまし汁に舌鼓を打ちながらそう言った。

醤油風味の関東風の出し汁には、鰹と昆布の旨味と香りがしっかりと溶け込んでいる。

焼いた餅は普段と変わらないが、雑煮に入った餅は全くの別物だ。

出汁を吸い込み、何倍も美味しくなっている。

「そう言っていただけると嬉しいです。……来年も機会があったら、作りますね」

「来年と言わず、できれば毎日作って欲しい」

由弦がそう言うと愛理沙は苦笑した。

「またまた。……飽きても知りませんよ?」

「君の料理に飽きるなんてことはないが……味噌汁が飲めなくなるのは嫌かも」

愛理沙の言葉に由弦は思い直した。

雑煮も捨てがたいが、しかし愛理沙の味噌汁が全て雑煮に置き換わってしまうのは非常に残念だ。

「お味噌汁と言えば……関西風は白みそ仕立てで、美味しいですよ。お味噌汁とは少し違いますが……」

「……関西風? え、作れるの?」

「本場の物と同じ味になっているかは分かりませんが……作れるか作れないかで言えば、作れますね。私の家では飽きないように日替わりにしてますから」

「へぇ……」

由弦は関東の生まれなので、関西風の雑煮は食べたことがない。

だからこそ、非常に気になった。

「……食べたい、ですか?」

「食べたい」

「じゃあ、明日はそうしましょう」

丸餅はないので、本当の意味での関西風にはなりませんけどね。

と愛理沙は苦笑した。

もっとも、愛理沙にとっては気になるポイントなのかもしれないが、由弦が気になるのは美味しいか美味しくないかだ。

餅の角一つが味に大きく影響するとは思えなかったので、由弦にとってはどうでもよいところだった。

「ところで愛理沙。餅の食べ方のバリエーションって、どれくらいあったりする?」

「……バリエーションですか?」

「俺は磯辺焼きか、砂糖醤油か、きな粉くらいしか、思い浮かばないのだが……」

いくら美味しくても、毎日食べれば飽きる。

そして餅の量は毎年、正月だけでは食べ切れないほど多かった。

実家でも持て余し気味だったからか……

由弦の家に送られてきた量は、由弦が正月に一人で食べる分としてはあまりに多かった。

冷凍すれば長持ちするからというのは由弦の母親の言葉ではあるが、由弦も餅は嫌いではないにしても大好きではない。

どこかで飽きてしまうのは目に見えていた。

「そうですね。由弦さんが挙げた食べ方は確かに美味しいですけれども……他にもあると言えばありますよ」

「……例えば?」

「メジャーなところだと、ベーコンでチーズとお餅を焼いて食べたり、とかですかね」

「おぉ……」

確かにそれは美味しそうだった。

そもそもベーコンとチーズだけで美味しいので、不味いわけがない。

「他にはある?」

「他ですか? 生卵と合わせるとかはどうですか?」

「生卵!? いや、でも、そうか。相性は悪くないのか……」

卵かけごはんという食べ物がある。

由弦も面倒な時は頼ることがある、手軽で美味しい料理の代表格だ。

卵と白米の相性は非常に良い。

ならば、卵と餅の相性が悪いわけがない。

「バターと納豆の組み合わせも美味しいですよ」

「なるほど。……白米に合う物は殆ど合うのか」

生卵が美味しいなら、納豆だって美味しいだろう。

「調理に手間は掛かりますが、パリパリなるようにフライパンで焼いて、ピザみたいにすることもできます」

「おぉ! それは良さそうだ」

餅感は失われてしまいそうだが、味どころではなく食感にすら飽きてきた頃には丁度良さそうだった。

後でレシピを教えてもらおうと由弦は決意した。

と、そんな餅の食べ方トークで盛り上がりながら、二人は雑煮と餅を食べ終えた。

「では……私は少し準備があるので。先に行ってますね」

片づけを終えると愛理沙はそう言った。

事前に「準備があるから、一緒に行くのではなく、待ち合わせしよう」とは言われていたので由弦は特に驚きはなかった。

「準備ね」

由弦は苦笑した。

愛理沙の準備とやらには、おおよその見当はついていた。

言い当てることは難しくはないが……

そんなことをするほど、由弦も無粋ではない。

「じゃあ、後でゆっくりと行かせてもらうよ」

「はい。……期待しててくださいね」

こうして由弦は一度、愛理沙と別れたのだった。

しばらく時間が経過してから、由弦は神社の最寄り駅へと向かった。

そこにはすでに宗一郎がいた。

「待たせた」

「本当だよ、全く」

「……そこは今来たところと言うべきじゃないか?」

遅いぞ!

と、不機嫌そうな表情の友人に対して由弦は苦笑しながら言った。

「俺はお前の彼氏じゃない。当然、婚約者でもないからな」

「まあ、それもそうだが」

宗一郎の言葉に由弦が笑うと、二人も笑った。

不機嫌そうな態度は、彼なりの冗談だ。

集合時間にはまだまだ余裕はあるし、そもそもまだ来ていない人間が二人いる。

「そう言えば、お前は愛理沙さんと一緒には来なかったのか?」

「準備があるから先に行くって言われてね。この分だと、準備に少し時間が掛かっているようだけれど」

「なるほど。……まあ、俺も似たようなものだが」

由弦の言葉に宗一郎は納得の表情を浮かべた。

由弦と宗一郎が雑談を初めてしばらく。

背後から元気そうな声が聞こえてきた。

「宗一郎君、ゆづるん。ごめんね、待った?」

そう言いながら現れたのは、真っ赤な着物を身に纏った由弦の幼馴染。

橘亜夜香だった。

今回は軽く化粧もしているらしい。

元々大人びた顔立ちではあるが、今日は一段と磨きが掛かっている。

「お待たせしてすみません。……少し手間取りまして」

そして亜夜香の影から、控えめな声と笑みを浮かべながら、亜麻色の髪の少女が現れた。

由弦の婚約者、雪城愛理沙だ。

緑の生地に、紅い華が描かれた着物を身に纏っている。

髪も結い上げ、軽く化粧をしている愛理沙は……

普段も言うまでもなく美しいが、また違った美しさがあった。

待たせてごめんね?

と、女の子二人から言われた男二人は揃って首を左右に振った。

「「いいや、今、来たところだ」」

そして由弦は愛理沙の、宗一郎は亜夜香の手を取った。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

「行くぞ」

「うん」

四人はゆっくりと――下駄を履く女の子二人の速度に合わせながら――歩き始めた。