作品タイトル不明
プロローグ
十二月の末頃のとある日のこと。
「由弦さん、由弦さん。あれ、もう一度言ってもらえますか?」
「……あれ? あれって何だ?」
二人のカップルがイチャイチャしていた。
「修学旅行の時に言ってくれたやつです」
そう言ったのは亜麻色の髪に翠色の瞳の女の子だ。
季節柄、厚着をしているため分かり辛いが、メリハリのあるスタイルをしていることが分かる。
「え……? あぁ……いや、すまない。何の話だったかな?」
少女に対してそう返答したのは、黒髪に碧い瞳の少年だ。
同年代と比較して、大人びた顔立ちと落ち着いた雰囲気が特徴的だ。
「ほら……初日の夜に言ってくれたじゃないですか」
少女――雪城愛理沙は、少年――高瀬川由弦の袖を掴み、軽く引っ張った。
その仕草は子供が親に玩具を強請る様に似ていた。
一方で由弦は恥ずかしそうに仄かに顔を赤らめながら、顔を背けた。
「い、いや……あまり覚えてないかな」
「……本当に忘れてしまったんですか?」
「さ、さぁ……」
「ぐすっ……」
愛理沙は酷く悲しそうな表情を浮かべ、顔を俯かせた。
そんな婚約者の表情と仕草に、由弦は慌てて首を左右に振った。
「いや、ごめん。嘘、覚えてる」
「じゃあ言ってください」
「え、えっと……言わないと、ダメ?」
「……やっぱり、忘れちゃいましたか?」
愛理沙は上目遣いで由弦にそう尋ねた。
由弦は観念したのかため息をついた。
「君が婚約者で良かった。君という心の底から好きと言える人に出会えたことが幸運だ。そんな君と結婚できる立場で嬉しいと思っている」
照れくさそうに頬を掻きながら由弦はそう答えた。
すると愛理沙は嬉しそうに頬を緩めた。
「えへへ」
「……満足してくれた?」
「そうですね。でも……あの時はもっと長くて、心が籠っていた気がします」
「いや、さすがに全文は覚えてないし……」
ちょっと違う。
そんなクレームに由弦は困り顔を浮かべた。
「でも、心の込め具合は全然、違いますよね? さっきのはちょっと、棒読みでした」
「これ、何回目だと思っているんだ?」
「まだ五回目です」
「まだ、じゃない。五回も、だ」
どうやら、由弦の心からの告白は愛理沙にとっては非常に嬉しく、そして琴線に触れる部分があったらしい。
修学旅行が終わった後も、繰り返し同じことを求められた。
由弦としては気恥ずかしい言葉でもあったので、あまり何度も口にはしたくなかったのだが……
大切な婚約者に可愛く頼まれ、悲しそうな表情を浮かべられると、逆らえない。
だから何度も何度も繰り返し、同じような愛の告白を愛理沙に行い、そして回数を重ねるごとに短くなり、棒読みになっていった。
「回数を少し重ねた程度で薄れてしまうようなものだったんですか?」
「うん、まあ、そもそも少しじゃないけどね」
「少しじゃなかったとしても……薄れてしまうんですか?」
「いや、別に君への気持ちは薄れないけどね? 毎回、同じくらいの言葉を込めるのは、いくら何でも無理があるから……」
言葉に嘘はない。
愛理沙への想いは変わらない。
しかし最初と同じテンションで同じことを何度も繰り返すのは難しい。
そう弁明する由弦に対して愛理沙は笑った。
「そんなこと言って……本当は照れくさいだけですよね?」
「……分かっているなら、何度も言わせないでくれないか?」
図星を突かれた由弦は眉を顰め、不機嫌そうな声でそう言うと、再びそっぽを向いてしまった。
愛理沙はそんな由弦の肩を揺する。
「拗ねないでくださいよ。……ね?」
「別に拗ねてないから」
「じゃあ、こっち向いてください」
「……」
由弦は渋々という様子でゆっくりと振り向いた。
すると、由弦の頬に愛理沙の指が突き刺さった。
少し驚いたのか、由弦は目を見開いた。
そんな由弦の反応が面白かったのか、愛理沙は楽しそうに笑う。
「悪戯、成功です」
「……」
当然だが、この程度の悪戯で怒るほど由弦の器は小さくない。
とはいえ、揶揄われて何もせず、されるがままになるタイプでもない。
何か、皮肉の一つでも言ってやろうと、由弦は知恵を働かせた。
「……小学生みたいな悪戯だ」
「何ですか、それ。私が小学生レベルだって言いたいんですか?」
「悪戯のレベルはそうだね。あぁ……いや、同じネタを何度も繰り返すのも小学生くらいかな?」
由弦の言葉に、先ほどまで上機嫌だった愛理沙の表情が険しくなる。
高校生にもなって、“小学生レベル”と揶揄されるのはさすがに腹が立つようだ。
そんな愛理沙に由弦は尚も続けた。
「注射が打てないのは幼稚園児レベルだ」
「打てますから。打ちましたよね? 一緒に行きましたよね?」
もう注射は克服した。
そう主張する愛理沙に由弦は大きく首を左右に振った。
「普通だから、それ。注射一つで大騒ぎするのは、小学校低学年レベル」
「それはちょっと言い過ぎじゃないですか?」
愛理沙は眉を顰め、目を吊り上げた。
そんな愛理沙に対して由弦は肩を竦めた。
「そう思うなら、小学生みたいなことはやめるべきじゃないか?」
「……大人っぽい悪戯をすれば良いということですか?」
「いや、そもそも悪戯を……」
由弦は最後まで、言葉を紡ぐことができなかった。
愛理沙の唇が、由弦の唇を塞いだからだ。
「これも、小学生レベルですか?」
愛理沙は僅かに赤らんだ表情で由弦にそう尋ねた。
由弦もまた、赤くなった顔を左右に振った。
「いや、今のは……大人っぽい」
「それは良かったです」
愛理沙は嬉しそうに微笑んだ。
してやらてた由弦は頬を掻く。
「今日は本当に……楽しそうだね」
「当然です」
愛理沙は頷くと、クルっとその場で回転してから、両手を広げた。
「クリスマスに、大好きな人と、お泊まりで、遊園地。……楽しくない人、いますか?」
愛理沙の問いに由弦は大きく首を左右に振った。
「いや、君の言う通りだ」
そう、今日はクリスマス。
そして二人がいるのは、日本でもっとも有名な遊園地だ。