軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 “婚約者”の水着

『ぷ、プールですか!?』

電話の向こう側から、愛理沙の動揺した声が聞こえてきた。

やっぱりダメかと、由弦は内心でため息をつく。

事の経緯は一時間ほど前。

由弦の祖父が唐突に「株主優待で貰ったんじゃ。雪城さんと行ってきなさい」とそんなことを言って、有名な遊泳娯楽施設のチケットを二枚、由弦に寄越してきたのだ。

そう、プールだ。

プールに行くということは、水着になるということだ。

水着になるということは、肌を晒すということになる。

愛理沙は男性慣れしていないようで、男性の肌を見るのが苦手だ。

そして自分自身の肌を晒すのも嫌だろう。

由弦も愛理沙の水着姿は……まあ見たくないというのは嘘になるが、おそらくそれを目の前にすると緊張してしまう。

緊張と恥ずかしさから、まともに遊べなくなるのは目に見えていた。

由弦としては断りたかった。

だが「普通の恋人同士は、夏はプールや海で遊ぶものじゃろう」などと言われてしまえば、反論できない。

「うん、まあ……そうだ」

『プール……ですか。ということは、水着になるということですか』

最初は動揺していた様子だが、すぐに愛理沙の声は落ち着きを取り戻していた。

電話越しなので、彼女の感情が伝わりにくい。

が、しかしおそらく愛理沙は嫌がっている。

由弦の知っている、雪城愛理沙ならば、好きでもない男性とプールに行くのは嫌なはずだ。

「やっぱり、嫌だよね。うん、爺さんには俺から上手く言っておくよ」

『……大丈夫なんですか?』

「俺はともかく他の客に見られるのを雪城が恥ずかしがっているとか、他の男に彼女の肌を見せたくないとか、それっぽいことを言えば引き下がるんじゃないかな」

いくら何でも無理強いはしないだろう。

もっとも、代わりに遊園地か映画館か、それっぽいところには行く必要があるが。

『……でも、難しいですよね?』

「いや、まあ……簡単とは言えないけど」

今時、プールで水着になるのが恥ずかしいなどと言う女子がどれくらいいるだろうか?

そもそも学校の水泳の授業ではどうしているのか?

などとツッコミどころがないわけではない。

『行っても良いですよ』

冷静沈着な声が返ってきた。

それは由弦にとっては大変、ありがたい返答だが……しかし不安になる。

無理をしているのではないか、と。

「嫌じゃないのか?」

『嫌な時は嫌、そう言えと言ったのは高瀬川さんです。別に嫌ではないので、行っても良いですよ』

「……恥ずかしくないのか?」

『TPOの問題です。プールで水着になるのはおかしなことではありません。……そもそも水泳の授業では水着になっているわけですし』

おっしゃる通りである。

意外にそんなものなのか? 自分が気にし過ぎただけか?

と由弦は内心で首を傾げる。

『ああ、勿論。勘違いしないで欲しいですが……原則的に好きでもない異性とプールには行きませんよ。他の人は知りませんが、私は行きませんし、行きたくありません。そんな節度のない人間ではありませんし、何より気があると勘違いされたら面倒です』

きっぱりと、愛理沙はそう言った。

それから淡々と言葉を続ける。

『ですが、高瀬川さんは別に勘違いしたりしないでしょう?』

「まあ……そうだな。そもそも“婚約”しているという前提でもない限り、誘わないし」

『そういうことです。それに高瀬川さんは無害でしょう。有害な人であれば、とっくに化けの皮が剥がれています。……まあ物凄く、隠すのがお上手なのかもしれませんが』

「有害無害ってな。害虫や害獣の類じゃ、ないんだから。……まあ男は狼とは言うが」

由弦だって邪な心を持っていないのか? と言われるとそんなことはない。

普通の男子高校生並みの性欲はある。

『高瀬川さんも狼ですか?』

「……ちゃんと躾されている大型犬くらいだとは、思っているよ」

『でしょう? もっとも、私は猫派ですので高瀬川さんのことは好きではありませんが』

「そうか。ちなみに俺は犬派だ」

もっとも、この場では犬派か猫派かの情報はそれほど重要ではない。

勿論、相手が議論するつもりならば由弦も受けて立つつもりではあるが。

『そもそも、“婚約”は私が持ち出したことです。そして高瀬川さんは私を庇う形で、これを引き受けてくれたんです。ならば私の方が協力的に動くのが道理というものです』

「いや、そこまで義務感を抱かなくても別に構わないが……」

『実は一週間前、もしかしたらクラスの女の子に誘われることがあるかなと思って、水着を新調したんです。高瀬川さんに誘われたことは予想外でしたが……まあ、タイミング的にも悪くありません』

嫌ではない。むしろ乗り気だ。

愛理沙はそう主張した。

何だか気を使われている気がしなくもないが……

ここまで言われて、「いや、やっぱり君も嫌だろう」などと決めつけて断るのは愛理沙に失礼な話だろう。

だったら初めから連絡するなということになる。

「よし、分かった。場所と日時に関してだが……」

『はい。少し待ってください。今、メモしますから』

後日。

すでに水着に着替え終えた由弦は先にプールサイドで愛理沙を待っていた。

周囲には由弦と同様にお相手を待っている男性がチラホラいる。

こういうことをしていると、本当に恋人になったかのような錯覚を覚える。

もっとも由弦は愛理沙のことを恋愛対象だとは思っていないし、逆もまた然りなのだが。

お互いに好き合ってもいないのに、恋人同士のフリをする。

何とも貴重な体験だ。

一生の思い出に残ることは間違いないだろう。良くも悪くも。

そんなことを考えていると、周囲の男性の視線がある一点に吸い寄せられていることに気付く。

由弦もまた、それに釣られるようにそちらへ視線を向ける。

「お待たせしました」

「……おぉ」

思わず、感嘆の声が漏れてしまった。

それほどまでに愛理沙の水着姿は美しかった。

これには自称、大型犬の由弦も見惚れてしまう。

「高瀬川さん。何か言って貰わないと困るのですが」

「ああ、すまない」

眉を寄せ、冷たい目で見られたことで由弦は我に返った。

そして改めて、愛理沙の水着姿を観察する。

まず水着の方だが、意外なことに三角ビキニだった。

しかも色は黒。

デザインは黒一色というわけではなく縁の近くには白い模様のようなものが描かれており、そして中央はお洒落に大きなリボンで飾られていた。

その黒色の水着に対し、彼女の真っ白い肌は良く映えていた。

白磁のように滑らかで艶めかしい肌が余計に強調されたような気がする。

ビキニということもあり、自然と由弦の視線は上中下の三点へと向けられる。

華奢な体つきをしているため全体的に細い印象を受けるが、出るところは出ている。

まずは首筋から鎖骨に掛けての滑らかなデコルテライン。

そこから続く白く眩しい谷間に、美しくたわわに実った果実。

その下からは滑らかな曲線を描きながら細くなり、見事な括れと形の整った臍に至る。

そこを過ぎると急に横に丸みを帯び始め、正面からでもその背面部分のラインを想像させた。

黒い水着から伸びる、細く長い二本の美脚は見事の一言だ。

水色のラッシュガードを羽織っているので二の腕が見えないことは残念だが、これはこれでむしろ想像力を掻き立てる気がする。

「まあ、その……あれだな」

「あれ?」

「君が俺の本当の婚約者じゃないことを、今、少し残念に思ったよ」

冗談半分……という口調で由弦は愛理沙の水着姿をそう褒めた。

ちゃんと冗談であることは伝わったのか、愛理沙は小さく笑った。

「それは残念でしたね。……高瀬川さんも、よくお似合いです。自宅で筋トレをしたり、友人とジムに行ったりすると言っていましたが、それは本当だったんですね」

「勿論。……まあ、男も多少なりとも体型は気になるからね」

女性ほどではないかもしれないが、だらしない体型はやはり恥ずかしい。

こういう時、ちゃんと日頃から運動をしていて良かったと思うのだ。

「しかし、雪城。……君は、まあ、何というか。こういうのは恥ずかしがるタイプだと思ったが?」

肌を晒すことも、そして男の肌を見ることも。

この場は不特定多数の男女がいる場であり、どうしても見知らぬ男性に肌を見られるし、見知らぬ男性の肌を見る羽目になる。

「TPOの問題、と言ったでしょう? あと、指摘しないでください。意識すると、普通に恥ずかしいので」

そういう愛理沙の肌は薔薇色に染まっていた。

恥ずかしいことには、恥ずかしいらしい。

「それは悪かった。……まずはどこに行く?」

「そうですね……まずはのんびりと、遊びたいです」

「じゃあ、流れるプールでも行くか」

二人は流れるプールのエリアまで、歩き始めた。