作品タイトル不明
第17話
「あ、愛理沙……一旦、お外に出ようか」
「ん……出たらキスしてくれますか?」
「うん、してあげる。ほら、外に出よう」
由弦は強引に愛理沙を立たせた。
一方の愛理沙は少しふらつきながら立ち上がり……そしてぴょんと、由弦の顔を目掛けて飛び上がる。
「隙あり、です!」
「あ、愛理沙、や、やめてくれ。ちゃんとしてあげるから……」
由弦は何とか愛理沙の接吻を避け、強引に肩を抑えつける。
愛理沙は不満そうな表情だ。
「いつしてくれるんですか」
「外に出たらしてあげる」
「外ってどこですか」
「とりあえず、バルコニーに出よう。外の空気を吸おう」
「ん……今してくれないと、ヤーです」
「そ、そう言われても……」
由弦は助けを求めようと、亜夜香たちの顔を見た。
しかし彼女たちはあくまで他人事で……
「愛理沙ちゃんって、お酒、弱いんだねぇ……」
「強そうな見た目してるんですけどねぇ」
「私、ウォッカがぶ飲みくらい、イケると思ってたわ」
亜夜香と千春、天香は他人事なのか、好き勝手に言っていた。
一方で宗一郎と聖の二人は……背を向けていた。
俺たちは見てないから。
好きにキスしてくれていいぞ。
とでも言うようだった。
「どうしても、お外に出て欲しいですか?」
仕方がないなぁとでも言うように愛理沙は言い出した。
どうやら外に出てくれる気になったらしい。
由弦は慌てて飛びついた。
「うん! 出て欲しい!! ……どうすればいい?」
「お姫様抱っこ、してください」
「それくらいなら!」
由弦は愛理沙を抱え上げた。
愛理沙は満足そうな表情を浮かべ、そして亜夜香たちは感心の声を上げた。
「と、とりあえず……外に出てくる。……亜夜香ちゃん、ドア、開けてくれないかな?」
「はいはい。行ってらっしゃいねー」
亜夜香はそう言うとガラス製のドアを開いてくれた。
由弦が愛理沙を抱えたまま外に出ると、サッとドアを閉め、それからカーテンを閉めてくれた。
これで由弦と愛理沙がバルコニーで何をしていても、内側から見えない。
「とりあえず……ほら、愛理沙。座って……んぐっ」
由弦が愛理沙を座らせようとすると……
愛理沙は由弦の頭を両手で抱え込み、その唇を塞いだ。
愛理沙の舌が由弦の口の中に入り込んで来る。
由弦は思わず目を白黒させた。
しばらく、愛理沙のされるままに身を任せ……
体感で一分が経過した。
愛理沙はそれで満足したのか、由弦を解放した。
「はぁ……あ、愛理沙。満足した?」
由弦は口元を手で拭いながら愛理沙に尋ねる。
愛理沙は首を左右に振った。
「ん……まだです」
「……どうすればいい?」
「とりあえず、座ってください」
言われるままに由弦は愛理沙の向かい側の椅子に座った。
すると愛理沙は立ち上がり……
「えへへ」
可愛らしく笑いながら由弦の膝の上に、向かい合わせで座った。
それから由弦の頭を抱きかかえ……自分の胸に押し当てた。
柔らかい感触が伝わってくる。
「由弦さん、私のここ……好きですよね?」
「う、うん……好きだけど……」
戸惑いながら由弦が答えると、愛理沙は満足そうに頷いた。
「由弦さんは私が好きだから、婚約してくれたんですよね?」
「もちろん。好きじゃない人と婚約なんかしたくない」
愛理沙の問いに由弦は首を傾げながらも頷く。
愛理沙は尚も由弦に尋ねる。
「私のことを愛しているから、結婚してくれるんですよね?」
「当然だろう。愛してない人と、結婚なんかしたくない」
何を今更……
と思いながらも由弦は頷いた。
(酔っぱらってるからかな……?)
由弦は内心で苦笑するが……
「政略結婚だからじゃないですよね?」
次の愛理沙の問いに由弦の心臓がドキっと跳ねた。
(……あの時のこと、気にしてたのか)
由弦にとって、愛理沙との婚約は恋愛結婚だ。
しかしそれは政略結婚であることを否定することにはならない。
「……由弦さん?」
不安そうに愛理沙は由弦の名前を呼ぶ。
ここで愛理沙を安心させるために、「その通りだ。政略結婚じゃない」と答えることは簡単だ。
しかしそれは誤魔化しでしかない。
それに……即答できなかった時点で、説得力がない。
ならば……由弦の正直な気持ちを打ち明けるしかないだろう。
「……俺は高瀬川家の次期後継者だ。だから高瀬川家を継ぐ使命があり、相応しい相手と結婚して、次代に繋げる義務がある」
それは高瀬川由弦という人間が生まれた意義であり、目的だ。
ただ高瀬川家の長男に生まれたという理由だけで、財力と政治力を親から相続することの条件であり、対価だ。
そこからは逃げることはできない。否、逃げてはいけない。
そして逃げるつもりもない。
だからこそ……
「俺は……君という人と巡り合えて、婚約することができて、共に人生を歩めることに……心の底から安堵しているし、幸福であると思っている。君が婚約者で本当に良かった」
由弦は最終的には誰かと結婚しなければいけない。
だから好きでない人じゃないと、愛する人とでなければ、結婚しないという選択肢は初めから存在しない。
好きでない人と愛する人でなければ嫌という気持ちはあるが、それはあくまで気持ちだけだ。
「君という、心から好きだと、愛することができる人と巡り合えたことは俺にとって人生における最大の幸運だ。そして君と結婚できる立場に……高瀬川家の人間に生まれて良かったと思っている」
政略結婚の相手が愛理沙で良かった。
そして愛理沙と政略結婚できる立場で良かった。
それが由弦の本心だ。
「……これじゃダメかな?」
「……」
しばらくの沈黙の後……
愛理沙は呟いた。
「そういうこと、ですか。なるほど……」
そして大きく頷き……
「あなたという愛する人を、幸福にすることができて、私も心の底から幸運であると思います」
満面の笑みで答えた。