作品タイトル不明
第15話
「せっかくだし……少しメンバーを分けようか。……二人きりになりたい婚約者さんもいるだろうしね」
亜夜香のそんな提案により、七人はメンバーを分けて行動することにした。
それは由弦と愛理沙のように“特別に親しい者同士”で行動したい人たちに配慮したという面もあるが……
それ以上に七人でぞろぞろと行動するのは、少し窮屈で、周囲の迷惑にもなるという判断からでもある。
「じゃあ、お土産でも見に行こうか」
由弦はそう言いながら愛理沙に手を差し伸べた。
愛理沙は小さく頷くと、由弦の手を軽く握った。
「はい」
二人で手を繋ぎながら歩き始めた。
「やっぱり、無難に八つ橋ですかねぇ……でも、どの八つ橋がいいのか……」
八つ橋の箱を手に取りながら、愛理沙は首を傾げる。
清水寺に限らず、八つ橋は京都のどこでも売っている。
そして様々なメーカーの物が存在する。
「これなんか良いんじゃないか? いろいろなフレーバーがあるみたいだし」
「あ、いいですね。面白そうですし」
愛理沙はうなずくと、由弦が見せた八つ橋の箱をカゴに入れた。
そして顎に手を当てる。
「由弦さんは何か、決めていたりしますか?」
「親戚用に八つ橋と……あと、家族にはバームクーヘンを買おうかなと」
「バームクーヘンですか?」
愛理沙は首を傾げた。
由弦は苦笑しながら頷く。
「妹が八つ橋は飽きたと……何でも、抹茶味のバームクーヘンがあるらしいから。それを買ってこいと言われててね」
「なるほど。バームクーヘン……確か、どこかで見たような……あ! あれじゃないですか?」
「……うん、多分これだね」
由弦は愛理沙が見つけてくれたバームクーヘンの箱をカゴに入れた。
そして愛理沙もバームクーヘンの箱を手に取り、カゴに入れる。
「それも買うのか?」
「私と妹用です」
愛理沙は悪戯っぽく笑った。
どうやら、愛理沙の目からも、八つ橋よりバームクーヘンの方が魅力的に映ったようだ。
一先ず、最低限買わなければならないお土産を買い終えた二人は、他に面白い物が売ってないか散策を始めた。
そしてすぐに由弦が手に取った物は……
「漬物、買われるんですか?」
「いや、買うかは決めてないけど……美味しそうだなと」
お世辞にも料理ができるとは言えない由弦だが、白米を炊くくらいならできる。
そこに漬物と、ゆで卵やウィンナーなど火を通すだけで良い物を加えれば……一食分のメニューは最低限できあがる。
「確かに美味しそうですね。困ることはなさそうですし、私も……あぁー、でも、いろいろ種類がありますね……」
一言に漬物と言っても、様々な種類がある。
使われている野菜も異なれば、漬け方も異なる。
どれを選べばいいのか悩ましいところだ。
しかし幸いにも、一部の漬物は試食が可能だった。
「うん……この柴漬け、悪くないな。……どう?」
由弦は柴漬けを一つ、口に運んだ。
それから別の爪楊枝でもう一口分の柴漬けを刺し、愛理沙の口に運ぶ。
愛理沙はそれをパクっと口に咥えた。
「ん……確かに美味しいですね。でも、せっかくなら少し変わった物を買いたくないですか? これとか……」
「んぐっ……」
由弦の口の中に漬物が放り込まれる。
歯を立てて噛むと、シャキっとした食感がした。
続けて不思議な粘り気と、柚子の風味が感じられた。
「これは……長芋?」
「はい。柚子皮と一緒に漬け込まれたものみたいです。他にもいろいろフレーバーがあるみたいですけれど……」
「へぇ……いろいろあるものだなぁ」
せっかく試食できることだし、もっといろいろ試してみよう。
そう考えた二人はお互いに漬物を食べさせ合いながら、これは良い、あっちの方が良い、あれは良いんじゃないかなどと話し合った。
最終的に悩んだ末に、それぞれ気に入った物を二種類――定番の漬物と少し変わった漬物――を購入した。
「……愛理沙。お土産、持とうか?」
由弦は愛理沙にそう尋ねた。
漬物に八つ橋、バームクーヘンと……
それなりの手荷物になっている。
由弦の提案に愛理沙は少し悩んだ様子を見せた。
「う、うーん……」
「……別に遠慮しなくてもいいけど」
「……じゃあ、その」
由弦の言葉に愛理沙は頷くと……
その白い手を由弦の手に軽く添えた。
「荷物よりも……私の手を握っててください」
愛理沙は頬を赤らめ、由弦を見上げながらそう言った。
これには由弦は少し驚いたが、笑みを浮かべて大きく頷いた。
「ああ、分かった」
愛理沙の手を強く握る。
そしてニヤっと笑みを浮かべた。
「……転んだら三年しか生きられないしね」
「あっ……ひ、酷い! 忘れてたのに!!」
どうして思い出させるんですか!
と、愛理沙は眉を上げ、怒った表情を浮かべた。
「ごめん、ごめん」
「……由弦さん、最低です。嫌いです」
「……じゃあ、握らなくていい?」
「……それはダメです」
由弦の問いに愛理沙は頬をプイっと背けながらも……ギュッと由弦の手を握り、さらに腕を絡めた。
二人はそのまま集合場所まで歩き始める。
「……由弦さん」
道中、急に名前を呼ばれた由弦は隣を見た。
愛理沙はじっと由弦の顔を見上げている。
「その……一つ、聞いてもいいですか?」
「どうした? 何か、気になることが?」
「……そうですね。少し引っかかることがありまして」
由弦が問いかけると愛理沙はしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「由弦さんは……何か、その、現状で不安とか、感じてたりするんですか?」
「不安? ……えっと、愛理沙との関係で?」
「い、いえ……まあ、その、全般的に、ですけれど」
全般的に。
とは言うものの、愛理沙との関係について聞いていることは間違いなかった。
由弦はしばらく考えてから答えた。
「まあ、特にはないかな」
愛理沙とは確かに少し価値観が違うと感じることはある。
好みが違うと感じることもある。
実際、購入した漬物の種類は違ったりする。
だが……その程度のことだ。
例えば……由弦と愛理沙の関係が、政略結婚なのか、恋愛結婚なのか。
その辺りに関する認識についても若干の齟齬はあるが、しかし深刻なことではない。
深刻なことではない……はずだ。
少なくとも由弦はそう認識していた。
「……そうですか」
「えっと……もしかして、おみくじのこと、気にしてる?」
由弦がそう尋ねると、愛理沙は苦笑した。
「え、えぇ……まあ……その、引っかかって……当たると評判らしい、ですし」
「……千春も言っていたけど、あまり気にしない方が良い。まあ、思い当たる点があって、適切だと思うことがあるなら、従った方がいいかもしれないけれど」
当たり障りのないことしか書いてないが、しかし逆に言えば書かれているアドバイスは無難な内容だ。
改善した方が良いと思うところがあるならば、そうした方が良いだろう。
おそらく、おみくじとはそういうものだと由弦は認識している。
「……そう、ですね」
愛理沙は小さな声で頷いた。