軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 無防備な婚約者

もう! 何を言ってるんですか!!

顔を真っ赤にし、由弦を睨み、そして顔を背ける。

由弦の提案に対する愛理沙の反応はそういうものだった。

由弦も半分冗談ではあったので、その時は冗談だと返したが……

チラっと由弦は自分の隣を走る愛理沙へと、視線を向けた。

亜麻色の髪を結び、真剣な表情で――少し辛そうにしながら――由弦の横を走っている。

現在、近所の公園の周りを走っている最中だ。

全力で走っているわけではないとはいえ、男である由弦と並走できることを考えると、愛理沙もかなりの体力と脚力の持ち主だ。

(……やっぱり、痛かったりするのだろうか?)

愛理沙の足の動きと連動するように、胸部の脂肪の固まりが上下に揺れている。

もちろん、スポーツブラを付けている(らしい)ので、大地震というわけではないが……

震度三くらいは揺れている。

雨の日なら土砂崩れが起きたり、びっくりしたご老人がバランスを崩して骨折したりしてしまうような……

場合によっては死者も十分、あり得る程の揺れだ。

愛理沙の小さな肩は、そんな負担に耐えられるのだろうか?

やはり婚約者として、パートナーの負担を肩代わりしてあげるべきなのではないだろうか?

などと頭の悪いことを考えていると……

「……どこ見てるんですか?」

翡翠色の瞳と目が合った。

ジト目で睨まれた由弦は、何でもないという様子で前を向いた。

「いや、別に。……大変だったらいつでも言ってくれ」

比較的、涼しくなってきた夕方ごろとはいえ……

季節は真夏だ。

気温も湿度も高い。

つまり熱中症の危険性がある。

と、まるで婚約者を労わっているというような雰囲気で由弦はそう言った。

すると愛理沙は「大丈夫です」と答え、前を向いた。

そして……

「……えっち」

小さな声で呟いた。

バレていたようだ。

さて、お互いに目標距離を走り終えると、適当な公園のベンチに座った。

そしてタオルで汗を拭う。

「暑いな……」

「……暑いですね」

拭っても拭っても、汗が噴き出てくる。

顔だけでなく、服の下も気持ちが悪い。

タオルを服の中へと入れて汗を拭きとる。

もっとも、服そのものが汗を吸収してしまっているので、あまり意味はない。

チラっと隣を見ると、愛理沙も似たようなことをしていた。

服の中に手を入れて、汗を拭っている。

別に服を捲っているわけではないので、見えることはないが……何となく、官能的な雰囲気を感じてしまう。

「何でしょうか?」

「いいや、その……」

由弦はそう答えながら周囲を確認する。

人影はなく、この場には由弦と愛理沙しかいない。

「……またえっちな目で見てましたね? 全く、もう……」

仕方がないんだから。

と、愛理沙はわざとらしく眉を顰めてみせた。

とはいえ、怒っているわけではなさそうだ。

むしろ嬉しそうに見える。

「うん、まあ……否定は、しないんだけど……」

「……潔いですね」

愛理沙をそういう目で見ていたのは事実だ。

というよりも、愛理沙をそういう目で見ないのは不可能と言える。

なぜなら愛理沙にえっちじゃない部分は存在しないからだ。

少なくとも由弦はそう思っている。

もしかしたら、愛理沙がえっちなのではなく、由弦の網膜に「愛理沙えっちフィルター」が存在し、それを通して見ているから愛理沙がえっちに見えているのかもしれないが……

まあ、どちらにせよ、愛理沙がえっちに見えるのは事実なので、どちらが真実かは重要ではない。

「ただ……その、俺が言いたいのは……」

「……何ですか?」

由弦は頬を掻き、少し躊躇してから……答えた。

「その、そういう無防備な姿は……俺と二人っきりの時だけにして欲しいなって……」

もちろん、周囲に人の目はなかったのだが……

極力、由弦としては愛理沙のそういう姿は他の男に見られたくない。

……独占欲が強すぎると思われるのは嫌なので、あまり言いたいことではないが。

「そ、そう……ですか」

一方、由弦から思わぬ言葉を言われた愛理沙は顔を赤らめ、俯かせた。

そして小さな声で答えた。

「す、すみません。気を付けます……」

「う、うん……いや、まあ、そこまで気にしなくてもいいけどね」

「……気にならないんですか?」

すると愛理沙は少し不服そうにそう言った。

愛理沙としては、気にして欲しいらしい。

「いいや、気になる」

「じゃあ気を付けます」

そんなやり取りをしていると、汗が一定の収まりを見せてきた。

そこで由弦は鞄から水筒を取り出す。

そして中のスポーツドリンクを飲む。

運動後ということもあり、とても美味しく感じる。

「……あ、あれ?」

少し困惑した声が聞こえてきた。

隣を見ると、愛理沙は自分の鞄に手を入れて、首を傾げていた。

それから鞄の中身を一つ一つ、出し始める。

……だが、水筒だけは出て来ない。

「忘れちゃったか」

「……多分、そうですね。まあ、いいです」

公園から由弦の部屋まで、そう遠いわけではない。

帰れば水でもお茶でも好きなだけ飲めるが……

「飲むか?」

由弦はそう言って自分の水筒を差し出した。

熱中症などのリスクを考えると、早めに飲んだ方がいい。

「え、でも……」

「……まあ、無理にとは言わないけど」

由弦がそう言うと、愛理沙は首を左右に振った。

「……飲みます」

そして由弦から水筒を受け取る。

飲み口をじっと見てから、口をつけ、ゆっくりと飲み始め……

「そう言えば間接キスだね」

「げほっ!」

由弦が狙いすましたように言うと、愛理沙は軽く咽た。

由弦は笑いながら、愛理沙の背中を軽く摩る。

一方の愛理沙はキッと由弦を睨みつけた。

「全く、もう……!」

「悪い、悪い……どうする? やめる?」

「……飲みますよ」

何だかんだで飲むらしい。

耳を少し赤くしながら、愛理沙はスポーツドリンクを飲み始める。

白い喉がとくとくと動く。

「ありがとうございます」

「ああ」

由弦は愛理沙から水筒を返してもらった。

すでに中身はなく、軽くなっている。

「帰りましょう」

「そうだね」

帰路に着いた。

さて、帰ってきて早々に愛理沙は言った。

「シャワー、お先に貰ってもいいですか?」

「いいよ」

由弦がそう答えると、愛理沙はお礼を言ってから脱衣室へと入った。

それからちょこんと顔を出した。

「覗いちゃダメですよ?」

「覗かないよ」

「えー、でも、由弦さんはえっちですからねー」

などと笑ってから、愛理沙は扉を閉めた。

一人残された由弦は苦笑する。

最近、愛理沙は良い意味で遠慮がなくなってきた。

由弦としては結構なことだ。

ちなみに愛理沙が由弦の自宅のシャワーを借りることは珍しいことではなくなってきたので、由弦の家には愛理沙のお風呂セット――つまり愛理沙が使うシャンプーなど――が常備されている。

基本的に由弦が使うのは禁止になっているが、たまにこっそりと使って「おぉ……愛理沙の香りがする……」というようなことをしているのは秘密だ。

さて、しばらくして白いシャツに短パンというラフな恰好で愛理沙が脱衣室から出てきた。

肌もほんのりと薔薇色に上気している。

「じゃあ、入ってくるよ」

「はい」

「覗かないでね?」

「気持ち悪いですよ」

裏声でふざけてみたら、愛理沙からは厳しい声が帰ってきた。

由弦は肩を竦め、浴室に入る。

そしてパパっとシャワーを浴びて、汗を流す。

そして体を拭き、服を着替え、脱衣室から出ると……

愛理沙が出迎えてくれた。

が、しかし……

「あ、由弦さん……」

少し様子がおかしい。

どこか、そわそわとした……そんな様子だ。

シャワーを浴び終えてからそこそこの時間が経ったにも関わらず、頬も少し赤らんでいる。

視線を右往左往させ……

そしてなぜか、正座をした。

「……?」

よく分からないが、とりあえず由弦も愛理沙の前で正座をしてみた。

すると愛理沙はビクっと体を震わせる。

それから、伏し目がちに由弦に尋ねた。

「えっと……それで、何をしましょうか?」

「……何が?」

「あ、あれですよ……あれ……」

「……あれ?」

由弦が首を傾げると、愛理沙は恥ずかしそうに、少し怒ったような声音で言った。

「か、揶揄わないでくださいよ……」

何のことだろうか?

由弦が本気で疑問に思っていると……愛理沙は言った。

「……ご褒美のことです」