軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第19話 ダイエットとご褒美

一学期が終わり、夏季休暇に突入した。

もっとも……

「十一……十二……十三……由弦さん、あとちょっと!!」

「っく……」

「十四……十五!」

「はぁ……」

体を大の字にして、床に倒れ込む由弦。

一方の愛理沙はパチパチと手を叩いている。

「これで今日のノルマは終わりですね」

腹筋ローラーを十五回、一日に二セット。

それが由弦が掲げている目標だった。

ダイエットは依然として継続中、ということである。

「……次は愛理沙の番だな」

「そ、そうですね。わ、分かってますよ? い、言われなくとも……」

愛理沙はそう言いながら、つい先ほどまでに由弦が使っていた腹筋ローラーを握った。

「っく……」

「一……二……三……三」

「え、ちょ、ちょっと! ちゃんと数えて……」

「甘いのはカウントしないというのがルールだろ。……三……四……五……」

「くぅ……!」

愛理沙は顔を真っ赤にしながら……何とか目標の八回を終わらせた。

愛理沙は一日に八回を二セットやることを目標にしている。

顔を真っ赤にして、大の字に横たわる愛理沙。

呼吸と共に彼女の大きな胸が上下に動く。

由弦はそんな愛理沙のお腹を軽く指で突く。

「っちょ、や、やめて……ひぅ!」

擽ったさと痛み、腹筋への疲労からか、悲鳴とも笑いとも取れる不思議な声を上げる。

由弦は少し面白くなってしまい、そんな愛理沙の脇腹をさらにチョンチョンと突くのだが……

「も、もう! 由弦さん!!」

バチっと、手を強く払いのけられてしまう。

そして愛理沙はゆっくりと、由弦を睨みながら起き上がった。

「全く……」

「いや、悪い悪い……ちょっと面白くて」

「……自分がやられる覚悟も当然、していますよね?」

「してはいるが、ただでやられはしないぞ?」

由弦はそう言って身構えた。

しかし愛理沙は首を大きく左右に振った。

「この恨みは明日……弱っている由弦さんに対して、晴らさせて貰います」

夏季休暇ということもあり、愛理沙は暇さえあれば由弦の部屋に入り浸っていた。

最近は自分の家よりも、由弦の部屋にいることの方が多いくらいだ。

当然、明日も由弦と一緒に腹筋ローラーを使いに来る。

その時、由弦が疲れ切っている隙を狙うとのことだった。

「明日も来てくれるなんて、嬉しいなぁ」

「そんなことで誤魔化されるほど、私は馬鹿じゃないですよ」

ジト目で睨まれてしまう。

由弦としては、明日までに愛理沙が忘れてくれることを願うばかりだ。

「さて……次はランニングか」

「筋トレだけでは、痩せませんからね」

有酸素運動と無酸素運動。

ダイエットにはその両方が必要不可欠だ。

「しかし……キツいな……」

由弦は思わず呟いた。

すると愛理沙は淡々とした声音で言った。

「八月中旬までには完成させないといけないんですから。全く……由弦さんは意外と根性なしですね」

「いや……その、ダイエットって初めてだし」

理由は二つある。

一つは純粋に太ったことがなかった。

由弦は人並み程度には食べる方ではあるが、決して大食いではない。

そして運動もしている。

縦に伸びることはあれども、横に伸びることはなかった。

もう一つはそもそも体重を気にしたことがなかったからだ。

今回、由弦が自分の体重や体型を気にしているのは、愛理沙の前でカッコつけたいからである。

以前はそのような相手がいなかったので、そもそも痩せようとか、筋肉をつけようなどという動機は薄かった。

「そ、そ、そうですか……へぇ、初めて……」

「愛理沙はダイエットは……えっと、それなりにするのか?」

「はい、そうです……と答えるとまるで私が常に体重に悩まされているみたいじゃないですか。……基本的には夏前にやるくらいですよ」

「それもそうか」

愛理沙を太っていると感じたことは一度もない。

たまに砂糖を摂り過ぎではと思うこともあるが、何だかんだで彼女はとても細い体型を維持しているのだ。

「そうです。普段からカロリーとかはちゃんと、考えてるんです」

「休日のケーキは?」

「それは……まあ、別腹ですけど」

休日のケーキとは、愛理沙が遊びに来るたびに由弦が用意しているお菓子のことである。

お菓子だけでなく珈琲……に入れる砂糖やミルクも、きっと別会計なのだろう。

「本当はあまり良くないんです。ああいうのは……カロリーも高くて……」

「じゃあ、今度からやめ……」

「やめろなんて言ってないじゃないですか。……どこかで帳尻を合わせればいいんです!」

後で補填すれば問題ないという理由で会社の金を横領する。

そんな光景が何故が由弦の脳裏に思い浮かんだ。

「しかし……やる気が減衰しているというのは問題ですね」

「別にそこまでやる気が衰えているというわけではないぞ?」

「今はそうかもしれませんが、今、放っておくと後に引きますよ」

「……それは君の経験?」

「そうですね」

愛理沙曰く、「嫌だな」という気持ちは日に日に蓄積していくらしい。

そしてどこかのタイミングで「今日くらいはいいか」となってしまい……

それが切っ掛けで決壊してしまうのだという。

「それに終わった後のリバウンドも大きくなります」

辛い、嫌だという感情は大きければ大きいほど、終えた後の解放感は大きくなる。

逆に言えばリバウンドに繋がりかねないようなこと――好きな物をたくさん食べてしまうなど――をついついやってしまうとか。

「何か、楽しみを見つけましょう。もしくは、ご褒美とか」

「ご褒美か……」

ランニングをした後は夕食だ。

当然、愛理沙の手料理であり、本来ならばご褒美であるはずなのだが……

「最近は千切りキャベツだからな……」

「由弦さんのためを思ってやっているんです」

現在は白米の代わりに千切りキャベツを茶碗に盛って食べている。

そこそこお腹にたまるし、ご飯代わりにならないこともないのだが……白米の方が美味しい。

そしてキャベツだけでなく、その他のおかずもヘルシーになっている。

もちろん、愛理沙の料理なだけあり美味しいのだが……食べ盛りの由弦としては物足りなさを感じてしまう。

「ご褒美、ご褒美か……例えば、どんなものがいいと思う?」

「え? そう……ですね。……マッサージとか? 以前も何度かしましたよね?」

「そう、だなぁ……」

マッサージは心地が良い。

しかしこの先のダイエットを、マッサージだけで乗り越えられるのかは微妙なところだ。

そもそも由弦にとって、愛理沙とのマッサージの楽しさの八割は愛理沙と触れ合うことである。

マッサージそのものをしたいのであれば、普通にお店にでも行った方が良い。

……と、そこで由弦は思いつく。

「あ、あのさぁ……」

「……何ですか?」

「その……い、いや、何でもない」

由弦は思いつきを話しそうになり、しかし途中で冷静になり、口を噤んだ。

「そういう態度を取られると余計に気になります。何ですか?」

「い、いや……本当に何でもないというか……」

「……別に怒ったりはしませんよ?」

そう言いながら愛理沙は由弦の顔を覗き込んできた。

翡翠色の瞳がパチパチと動き、亜麻色の髪が揺れる。

「ほ、本当に……?」

「本当です」

「……まあ、その、あくまでただの提案というか、思いつきではあるのだが」

由弦は少し頬を掻いてから……言った。

「ご褒美というのは……その、君じゃダメかな?」

そして由弦は愛理沙の表情を恐る恐る伺った。

すると彼女は……

「……へ?」

顔を真っ赤にして固まっていた。